第十四話 南の島へ

 ラキュルが口にしたのはこうだ。


「私の故郷の里に行けば、何かわかるかも知れません」

「故郷って……。いいのかよ。ラキュルは里にいるのが嫌で抜け出してきたんだろ?」


 その後の経緯はともかく、ラキュルにとって故郷は居心地のいい空間ではなかったのは間違いない。それは今でも変わらないはずである。


「幼い頃の私は、こんな術に意味はない、そう思っていました。でも、ディレイドさんの話を聞いていたら、こんな術にも意味があると言うのなら、私は知りたいです」


 詳細は知らされていないラキュルの故郷。そこに、この謎を解く鍵があるのなら、絶対に行くべきだ。俺の知的好奇心は置いておいても、それだけは確実に言える。


「場所はどこなんだ?」


 使い方如何いかんでは世界を滅ぼしかねない封印術師の里。いったいこの世界のどこに、その里はあるのだろうか。


「南の諸島群です」


 北の大陸同様、年中雪と氷に包まれていると言う南の諸島群。確かにそんな地ならば、今まで発見されていない理由も納得が行く。


 とりあえず次の行き先は変更だ。向かうは南の諸島群。その地でどんな真実が俺達を待ち受けているかはわからない。それでも、少なくとも俺は引くつもりはなかった。その背景に何があるにせよ、人が住むのには適さないに極寒の地に、わざわざ隠れるように暮らしているのだ。それに足る理由が、絶対に存在しているはずなのだから。


 さて、極寒の地へと向かうのであれば、防寒対策は必須。もっと北にある町ならばそれなりの値段で買えるものでも、南に来れば来るほど輸送コストの影響で高値になる。しかし、それでも装備を妥協するという選択肢はない。幸い手持ちの金銭には余裕がある。何せ最も高額なプラチナ硬貨をたんまりと持っているのだ。全く、グランポーション様々である。


 四人分の防寒具ともなるとかなりかさ張ってしまうが、こればかりはいたしかたないだろう。向かう先が先なので、荷物持ちを雇う訳にもいなかい。とりあえず俺の負担を一番多くする形で荷物を分担し、レディンスベルから南に向かう船へと乗り込んだ。


 何本か船を乗り継ぎ、数日かけて、とりあえず東の大陸の南端まで到着。問題はここからどうやって南に諸島群に向かうかである。大まかに南の諸島群と呼んではいるが、実際にはいくつか島があるらしいという情報があるだけで、実際に航路が確立されている訳ではない。ラキュルの話によると諸島群の方角から大陸に向かう海流があるらしく、出るのは容易いが向かうのは難しいとのこと。海が凍っているので、一番近い漁村の人間ですら、諸島群の方には近づかないと言う。


 俺達は手持ちの金で四人が乗れるサイズの船を買って、風系統の魔法を使って一気に海を渡ってしまうことにした。それが間違いだと気付いたのは、辺りに氷塊が浮かび始めた頃。突如魔法が効力を失い、船が海流に乗って流され始めたのだ。


 スフレとノルは少しばかり動揺した様子だったが、俺はむしろ確信する。これは封印術の影響だ。以前ラキュルの手によって封印術を受けた時と、同じ感覚がする。手漕ぎに切り替えようかとも思ったが、周囲には無数の氷塊。氷塊というのは水に浮かぶ際、水上に現れる部分はほんの少しだけだ。九割以上は水の下にあるのだから、見た目で判断するのは難しい。魔法を使った時ほど細かい舵取りが出来ないだろう状況では、下手に進めば衝突の危険もある。


 パッと周囲を見渡してみても、まだ島らしきものは見えていない。いったいどれだけ広範囲に封印術が張り巡らされているのか。しばらく海流に流されていると、封印術の効果範囲から外れたのか、再び魔法が機能し始めた。


「参ったな。これじゃあいつまで経っても目的地に辿り着かないぞ」

「一応遠くに、歩いて渡れそうなくらいの氷の平原みたいなものが見えるが、そこまで辿り着くのも難しそうだな」


 流石はノルと言ったところか。俺の目では捉えきれない遠方まで見渡せるようだ。もちろん魔力による補正も込みなのだろうから、近づいたら見えなくなるのかも知れないが。


「どうする? 一旦戻る?」

「戻ったところで対策が練れる訳じゃない。何とかその氷の平原とやらまで辿り着かないと」


 すると、ラキュルがこんなことを言い出す。


「一時的にでも封印術を停止させることが出来れば、行けるでしょうか」

「出来るのか?」

「封印術の術式に個人差はありませんから、介入自体は出来ます。どの程度介入出来るかは術者同士の力量次第ですが……」

「つまり、ラキュルが相手よりも力量があれば、封印術を破ることも可能な訳だ」

「はい、理屈上は。しかし、恐らく完全に打ち消すのは無理でしょう」


 そう言って、ラキュルは遠くを見詰めた。


「この術式を展開しているのは、たぶん里長さとおさです。私が術式に介入したところで、そう長くは持ちません」

「時間との勝負って訳か」


 俺達が氷の平原に到着するのが先か。里長とやらが崩された術式を立て直すのが先か。どちらにせよ、鍵となるのはラキュルである。


 ラキュルは黙って杖を取り出し、船底をトンと叩いた。それが術式干渉の合図なのだろう。詠唱待機状態の魔法を複数個用意し、タイミングを計る。


「スフレとノルはしっかり掴まってろよ。念のため、ラキュルを支えるのも頼む」

「わかった!」


 ラキュルが杖を構えてから十数秒後。不意にラキュルが声を上げた。


「今です!」


 それを聞いて、俺は一気に待機してた魔法を発動する。推進力を生み出す風系統魔法に、水流を操作し舵取りを補佐する水系統魔法、そして万一氷塊にぶつかった際に船を守るための土系統魔法。それらを組み合わせて同時に操作するのは骨が折れるが、これでも元勇者パーティーのウィザードである。三属性同時行使くらいはこなせなければ、世界最強と呼ばれる資格はない。


 氷塊を避けながら進むこと数十秒。ラキュルが苦しげに顔を歪める。見た感じ、そろそろ限界だ。それでも、目標であった氷の平原まであと少し。そこまでたどり着くことが出来れば、後は歩くだけである。しかし――。


「ディレイドさん、すみません。ここまでです……」


 後一歩のところで届かない。魔法の効果は消され、目の前には巨大な氷塊。船でそれを避けるすべは、最早残されていない。


「だったら!」


 俺は女性陣を荷物ごとかつぎ上げ、船底を蹴った。魔法の解除によって封じていた身体能力が開放された俺の一蹴りで、船は轟沈ごうちん。その反動で飛び上がった俺は氷塊を飛び越え、そのまま氷の平原へと落下する。何とか三人を担いだまま着地をすることに成功したものの、勢いと衝撃までは消しきれない。氷の平原の表面を滑っているうちに、踏ん張りが効かなくなり、転倒。四人でもみくちゃになりながら転がる羽目になり、止まったのは着地地点からだいぶ内陸に入ったところだった。


 俺は氷に打ち付けてしまった頭を押さえながら、自分の身体を見下ろす。あれだけの勢いで転がってきた割には怪我らしい怪我はない。多少の打ち身はご愛嬌と言ったところか。厚手の防寒着を着ていたのがこうそうしたのだろう。


「みんなは……」


 自分に問題がないとわかれば、次は仲間だ。周囲を見渡すと、そう離れていない地点に三人が散らばって転がっていた。それぞれが起き上がる素振りを見せているので、どうやら大事はなさそうだ。


 集まってお互いの無事を確認し合う。どうやら荷物の中に詰まっていた毛布などがクッションとなったことで、受けるダメージを軽減出来たようである。念のため回復をと思ってポーションを取り出したが、流石に衝撃で割れてしまっているビンが多く、残っていたのはグランポーションが一本だけ。流石にこの場でグランポーションを使ってしまうのは無駄使いだと言う話になり、回復は見送り。先に進むこととなった。


 ラキュルの案内で氷の平原を渡り歩く。雪が降っているのであまり遠くまで視界が利かないが、とりあえず見渡す限り同じ景色が続いているように見えた。


「こんなところに人が住んでいるとはね~」


 俺は思わず口にしたが、かすかにだが俺達以外の人の気配らしきものは感じる。見晴らしのいい氷の平原に人の姿は見られないものの、誰かに見られているという感覚はあった。


「ノル、どう思う?」

「風の音が邪魔で動きまでは把握出来ない。けど数は十人ってところか」


 こういう場合、ノルが見立てを外すことはほぼないので、恐らく包囲されていると言うのは間違いない。


「ラキュル。周りにいるのが誰かわかるか?」

「申し訳ございません。誰なのかまでは把握できません。しかし里の人間であることは間違いないかと」


 ラキュルの住んでいた里の人間だというのなら、さっさと出てきてもらって交渉した方が早そうだ。俺はその場に立ち止まり、両手を上げて敵意がないことを示す。


「突然の来訪で申し訳ない。訳あって封印術師の里を訪れるためにここまで来た。敵意はない。どうか顔を見せてはもらえないだろうか」


 俺の呼びかけに反応したからか、雪で霞んで見える風景の向こうから、白兵武器で武装した十人の男が現れた。誰も彼も体格がいい。こんな過酷な地に住んでいるくらいだから、恐らく体も丈夫なのだろう。今の俺の身体能力ならば何があっても対処は可能だろうが、出来ればことを構えたくはない。


「里長の術式に干渉など、誰かと思えばラキュレイか。今更どの面を下げて戻って来た」


 十人の中でも特に体格のいい男が声を上げる。それにしても大きい。身長はラキュルの倍くらいはありそうだ。


「お父様……」


 この男性がラキュルの父親か。はっきり言って似ていない。きっと母親似なのだろう。


 ラキュルは言葉を選ぶように視線を泳がせてから、父親の目を見据えた。


「どうしてもお聞きしたい話があって戻ってまいりました。それが終わればまたすぐに出て行きますので、どうか里に入れてもらえないでしょうか」


 それを聞いたラキュルの父親が何を思ったのかはわからない。それでも、彼は左手を上げて周囲の男達に武器を下げさせる。そして何も言わずに振り返り、のっそのっそと歩き始めた。「付いて来い」と言うことか。


 ラキュルとアイコンタクトを取ると、彼女がこくんと頷いたので、俺達は大人しく彼らに付いて行くことにした。

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