第三章 世界最強の魔法使い、封印術師の里へ赴く
第十一話 新しい旅
グレーターデーモンの出現から数日。調査のため一時立ち入りが禁止されていた西の平原が開放され、日常が戻りつつあった頃。
ギルドに呼び出された俺は、ギルドマスターを名乗る人物から異例の昇格を言い渡される。昇格後の冒険者ランクはB。昨日までFランクだったので、四段階の飛び級と言うことになる。これはひとえにグレーターデーモンを討伐したことが理由とのこと。グレーターデーモンの単独討伐は、冒険者としては前例がないとのことで、俺をどのランクに
この昇格により、割りと高難易度の討伐系の依頼が受けられるようになった訳だが、依頼の貼られた掲示板を見る限り、そもそもここロンタール付近には大した討伐対象はいない。せいぜいがワイルドシープの外敵になるような魔獣の個体数の調整のための討伐くらいのものである。少し遠出をすればそれなりの魔獣などはいるようだが、グランポーションの件も含め、今は金には困っていないし、無理に依頼を受けるほど緊急性は高くないだろう。
一方のラキュルはと言うと、Eランクへの昇格試験を再度受け直すために、別の試験官とともに今は平原に行っている。調査によれば、俺が使用した魔法のせいで平原そのものが
さて、そうなると問題になるのは、先日から考えている今後の身の振り方だ。最前線に戻るとしても、どの地域を拠点とするべきか。一口に最前線と言っても範囲は広い。北の大陸の山脈地帯から物量に任せて放射状に侵攻を進める魔王軍に対し、勇者パーティーは最も距離が近いここ東の大陸の北部に拠点を置き、反抗作戦を行っていた。聖剣を手に入れるために一時西の大陸に渡ったこともあるが、それ以外は最前線に入り浸りだ。つまり、このまま再び北部を目指したところで勇者パーティーとかち合うのは必死。クビを言い渡された身で共闘などという訳にも行かないだろう。とすれば、中央大陸か、西の大陸どちらかと言うことになる。
今のところ一番接敵が少ないのは北の大陸から一番距離が離れた中央大陸。次点が西の大陸である。最も攻防の激しい東の大陸を勇者パーティーに任せるとするなら、俺は西の大陸側から攻めるのがいいかも知れない。俺が抜けた後の勇者パーティーがどの程度戦果を上げているのか俺にはわからないが、特に訃報も届いていないし、それなりに奮戦しているはず。
西に渡る準備でも進めておくか、などと考えながら宿屋で食事をしていると、ラキュルが帰ってくるのが見えた。彼女は俺の姿を見つけるなり、トコトコと駆け寄ってきて一枚の紙を俺の前に差し出す。
「ディレイドさん。昇格、無事に出来ました」
彼女の言う通り、差し出された紙にはラキュルの冒険者ランク昇格の旨が記載されていた。これで彼女の冒険者ランクはE。簡単な討伐依頼程度なら受けられるようになった訳である。
「お疲れ様。どうだった?」
ラキュル曰く、一番苦労したのは発見したワイルドシープに接近するまで。グレーターデーモンの一件で警戒心が増しているのか、発見しても近づこうとするとすぐに逃げられてしまって、なかなか角の採取にまで辿り着けなかったらしい。最終的には、俺が教えた自前の罠でワイルドシープを捕らえることで、試験を達成したとのこと。足が引っかかるように草同士を結んでおくと言う単純な罠だが、群で行動する分動きが制限されるワイルドシープのような魔獣には効果てきめん。一頭が転べば釣られて転ぶ個体も出てくるので、後は先に考えた作戦通り。麻痺毒を使って動きを封じ、角を採取するだけである。
「ちゃんと使いこなせてるじゃないか。大したもんだ」
「ディレイドさんの教え方がよかったんです。私が覚えるまで、こと細かに説明してくださったので」
「それでも現地で考えて、状況に合わせて実践したのはラキュルだろ? そういう応用力は大事だからな」
俺はラキュルの頭をわしわしと撫でた。出会った時はボサボサだった髪も、今では綺麗に整えられており、手触りもいい。俺は一人っ子だが、妹がいたらこんな感じだったのだろうか。
「そういつまでも撫でられていると恥ずかしいです、ディレイドさん」
「そうか? そりゃすまない」
俺はすぐさま手を引っ込める。すると、ラキュルは少し寂しそうな顔をした。
「何だよ。不満か?」
「ああ、いえ、そうではなくて……。その……」
彼女自身よくわかっていないようである。恐らくだが、こんな風に優しくされるのが、彼女にとっては久しぶりなのだろう。だからどう反応すればいいものかわからないのだ。
「まぁ、また機会があったら、頭の一つも撫でてやるよ。もちろん俺でよかったら、だけどな」
「……それでは、その――。その時はよろしくお願いします」
こんなことをしながらも、俺はいつ西行きをラキュルに切り出すか決められすにいた。ようやくこの町に慣れつつあったのに、別の場所、それも魔王軍との戦闘の最前線へと赴こうと言うのだ。いくら彼女が奴隷精神で俺に付いて来ているとは言え、その仕打ちはあまりにも酷いのではないか。そんな風に考えてしまう。
「なぁ、ラキュル。俺がこの町を離れると言ったら、どうする?」
「どこかに用事があるのですか? 依頼か何かでしょうか」
「いや、そうじゃなくて、拠点を移すとしたらって話だ」
ラキュルはしばらく考え込む素振りをしてから、何かに気付いたように顔を上げる。
「それはつまり、ディレイドさんが勇者パーティーに戻ると言う旨の話でしょうか」
あたらずとも遠からずと言ったところだ。なかなかに賢く、鋭い洞察力の持ち主である。
「いや、勇者パーティーに戻るつもりはない。ただ、俺の能力をこのままここで遊ばせておくのはどうなのかって思ってな」
それがそう言うと、ラキュルは服の裾をぎゅっと掴んだ。
「……その場合。私はお払い箱ですか?」
恐らく見捨てられると思ったのだろう。彼女の顔は悲しげで、しかしどこか諦めたような様子でもあった。
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ」
出来るだけ言葉を選ぶ。これは彼女に命をかけろと命令するに等しい。せっかく自由と安心を当てえてやれるかと思っていたのに、この
「俺はこれ以上ラキュルに危険な目にあって欲しくないし、ラキュルの能力も出来れば使わせたくない。あれはこの世界にとって相当厄介な力だ。使い方を
「私は構いません。元々故郷の里自体が世界から隔離されたような場所でしたし、それが嫌で抜け出したのがそもそものきっかけなんです。それに――」
ラキュルは一度言葉を区切って、何か記憶を振り返っているような素振りを見せる。
「私には幼少時に見た夢が、ただの夢だったとは思えないのです。あの女神様は本物だったのだと思います。そして、私はその声を聞いた。それは無意味なことではないのではないでしょうか」
女神アルヴェリュートが出てきたという夢。俺もそれは不思議に思っている。ただの夢だと流してしまうには、ラキュルの夢との共通項が多い。偶然と言うにはあまりにも出来過ぎている。
「ラキュルは怖くないのか? この前のグレーターデーモンみたいなやつと、戦い続けなきゃならなくなるんだぞ?」
「……今はまだ、正直言って少し怖いです。でも、ディレイドさんはこれからも戦おうと思っているんですよね?」
「ああ。俺にはそれが出来るだけの力があるし、それでみんなの役に立てるなら、それは本望だ」
「だったら、私はディレイドさんと一緒に行きます。一緒にいるのがディレイドさんなら、私の能力だって何かの役に立つかも知れません」
確かに、人間を遥かに上回る魔物の力の源も魔力なのだから、それを打ち消せる封印術には有用性があるのかも知れない。魔力による強化がない状態でも、魔物の身体能力は人間よりも高い訳だが、今の俺には常人を遥かに超えた身体能力が備わっている。場合によっては、魔法を捨てて肉弾戦を挑んだ方が分があるのではないか。
「でも魔法が使えなくなったら、俺もラキュルを守る方法がない。その時は自分で身を守ってもらう必要が出てくるぞ?」
「そうですね。なので、これから私を鍛えてください。今の技量では無理でも、いずれお役に立って見せます」
どうやら決意は固いようだ。そういうことなら、俺も考え方を変えて、ラキュルを育てる方法を模索した方がいいだろう。冒険者ランクはこの際度外視して、戦闘面に振り切った育成をした方が、効率はいいはずである。
「それじゃあとりあえず、拠点を西の大陸に移す。戦闘面の指南は道中で随時
中央大陸にまで行けば、魔獣の類もここよりは種類が多いし、それぞれに合わせた戦闘法を学んでいけば、自ずと戦う力は付いて行く。いずれは魔物と戦えるだけの力と知恵を身に付けてもらうしかない。移動しながらになるのであまり多くの時間は割けないが、それでも達成してもらわなければ、その先にある最前線へ辿り着いたところで犬死にするだけなのだ。
「わかりました。出立はいつになさいますか?」
「資金は充分にあるし、数日中に旅支度を終わらせて出よう。長距離移動になるから荷物は増えるけど、背負えそうか?」
「世界を救う役目を背負うんですから、荷物くらいは背負って見せます」
「そうだな。そのくらいの気概は必要だ」
そうと決まれば善は急げ。ラキュルが食事をしている間にギルドに行き、近々町を出る旨を伝える。グランポーションの支払いがまだだと言われたが、全額受け取ったところで持ち運ぶ余裕はない。必要な分だけ受け取るので、後は近場の孤児院にでも寄附して欲しいと
旅支度を二人がかりで着々と進めつつ、空いた時間には筋力トレーニングや模擬戦闘をこなし、いよいよ旅に出る日がやって来る。滞在日数はそう多くなかったが、何かと濃い日々だった。若干後ろ髪を引かれながら、セレーネさんに見送られつつ、俺達は港町のある南を目指す。直接西の大陸に向かう船もあるのだが、俺達がまず向かうは中央大陸だ。そこでラキュルの
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