『陛下と護衛』

第1話 戻った関係






 長く、夢の中でしか見ることが出来なかった光景がある。

 とても安心する笑顔を見られなかった人がいる。

 誰よりも側にいて欲しかった人がいる。




   ◇




 朝、侍女に起こされて目が覚める。

 中々自分で起きられないのは変わっておらず、枕に埋めたくなる顔を懸命に枕から引き剥がすことから一日は始まるのだ。

 顔を洗い、寝間着からドレスへ着替える。

 最初は窮屈なばかりだった身体を締め付けるドレスには、今はそれなりに慣れた。ふと窮屈だな、と思うことは避けられないのは元の育ちが残っているからだろう。


 まだ寝ぼけ眼気味のまま鏡の前に座ると、寝ている間に乱れた髪を丁寧に櫛梳られ、肩を越え腰ほどまで伸びたストロベリーブロンドの髪は極上の艶やかさを取り戻していく。

 されるがままに身支度を整えられていく間に覚めてきた目が見つめた鏡には、仕上げに化粧を施されて完成した姿がある。


 地位上完璧な装いにするためにかけられる時間は、侍女たちが何人がかりであれ短くない時間を要する。


「さ、出来ました」


 侍女の中で最も長い付き合いにして、侍女たちをまとめる立場にある女性に言われて、リディアは椅子から立ち上がる。

 夜は窓を覆うカーテンはいつもリディアが起きるより先に左右にまとめられて、太陽の光を室内に取り込んでいる。

 どうも外はそれなりに晴れているようだ、と予想しながらも、いつまでもぼーっと外を眺めているわけにもいかない。

 時間は有限だ、とリディアが知りもせず、考えもしなかったことを言ったのは誰だったろう。

 マナーを教えてくれていた老婦人だったか、他の教師の誰かだったか。宰相はそんなことは言わない気がする。


 そんなことを考えるのはやめにして、身支度をしていた部屋から出ると、すでにその場にはリディアを待っていた姿があった。

 最も近くでリディアの身を守る役目を負う護衛の姿だ。


「おはようございます、陛下」

「おはよう、グレン」


 柔らかそうな黒い髪。黒曜石に似た輝きの、けれど冷たい印象は受けず、柔らかい輝きを秘めた瞳。

 軍服姿の男性に柔和な笑顔を向けられて、リディアは微笑んだ。




 ――国のどこにでもあるような小さな村に住んでいたが、十一のときに王の子どもとして王宮に連れて来られ、何年にも及び様々な教育を受けていたリディアはとうとう二年前に戴冠式を行い、正式に国の王位についた。

 一方一年前、理由あって六年間眠っていたグレン・ハウザーが目覚め、リディアの護衛に戻ってきた。







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