第5話 かくれんぼwith護衛




 おかしい。とリディアはちょっと混乱していた。


 「じゃあ殿下、隠れてくださいね」と言われグレンと別れて、一番いい場所にある生け垣に身を潜めて待つこと二分。


「見つけた」


 と大きな影が落ちてきた。

 膝を抱えて座っていたリディアが声と自らを囲む影に顔を上げると、生け垣の向こう側からグレンが覗いていた。

 起きていることが理解できていない内に一回目は終わりを告げたのだ。


「もう一回!」

「いいですよ」


 そうして二回目。

 何かの間違いだ。あんなに易々と見つかってしまうなんてとリディアは本気を出すことにした。十分に場所を吟味して隠れた。

 でも。


「殿下」


 また、同じような時間で見つかってしまった。


 要求した三回目。四回目。五回目。

 何度やっても一分足らずで見つかる。

 癪に触るが、特別ルールを付け加えることにした。本来であれば一分経っても返事がなければ探し出してもよいというルール (隠れてから返事すれば居場所が割れるため) だったが、五分以内に返事がなければ探してもよいということにしたのだ。

 かくれんぼにだって勝敗はある。日暮れまで見つからなければリディアの勝ちなのだ。

 このままでは終われない。


 迎えた六回目。リディアは走っていた。


 グレンは特別耳がいいのかもしれない、と芝生を踏むと微かな音が鳴る靴を脱ぐ。

 それでも足を包む布一枚があり、布越しに地面の固さと少しごつごつした感触が伝わってくる。石がごろごろ転がる場所を裸足で走ってさえいたこともあるのだから、この程度なんともない。

 とにかく遠くへ行こう。五分以内にできるだけ遠くへ行って隠れよう。その考えを念頭に、リディアは風を切って全速力で走ってスタート地点から遠ざかっていく。


 これまでかくれんぼでは敵なしだったリディアからしてみれば一日に、それどころか三十分未満で六回目など前代未聞だ。

 経験したことのない「敗北」に躍起になってくるというもので、全速力で走っている内にあることを思いつく。

 いっそ城の外に行こうか。

 出てはいけないと言われているが、少しならいいのではないだろうか。


 そういうわけで、門はどっちだったろうとリディアは首を巡らせる。

 大きな門は向こうだったと思うけれど、果たして通してくれるだろうか。頼み込めば通してくれる可能性はあるだろう。ちょっと外に出るだけだ、遠くにはいかない。と思うが早いかリディアはそのままの速さで門への直行する。


 大きな門より先に小さな門を見つけて足を止めた。

 裏門の類か。ひとまず素早く壁に身体を張り付かせ、息を大きく吸って吐いてあらかた整えてから……門の辺りの様子を窺う。

 門番の後ろ姿が少しだけ見える。

 なに、何食わぬ顔でいけばいい。と一人うなずきリディアは手に持っていた靴を履く。準備はできた。よし、とリディアは走ったことにより湿る程度に出てきた額の汗を拭って、いざ――


「――城外は駄目だと言ったはずです」


 歩みは三歩で止まらされた。後ろから伸びてきた二本の腕に囲われ、前に進めなくなったのだ。

 それも重要だったが、何よりその聞きなれてきた落ち着いた声に音がしそうなくらい機敏にリディアは振り向いた。


「なんで!?」


 これまでと同じく音もなく後ろにいたのは、紛れもなくグレンだった。

 あり得ない。この計ったようなタイミングで出てくるとはこれは――まるで見ていたようではないか。リディアの中で疑惑が固まった。


 ずるしてる! と憤慨したリディアはグレンを置いて走って城の中へと帰ってきていた。

 「よほどのことでない限り走ってはなりません」と言い含められた言葉が頭の隅っこで思い出されたが、知ったことか。これはよほどのことだ。

 今やグレンが後ろからついてきていたとしか思えないのだ。

 もしやこれは自分を勉強に戻らせるための策略か。と思い当たる。


 よって、リディアは手始めに共謀の疑いある宰相を問い詰めることにした。

 グレンとは異なる様子で柔らかい笑顔をするユリシウスは勉強部屋に戻る前に見つかった。

 柱の一本一本が立派で、壁に走る模様が優美な廊下に出て誰かと一緒にいる姿。


「グレン・ハウザーとかくれんぼなされても殿下に勝ち目はないのですがね」


 さすがに話の邪魔をするのはまずいと考える冷静さは残っていて、門に行ったときと同じく小走りになって壁に寄っていこうとしていたときに。そんな言葉が聞こえたものだから、リディアは思わず飛び出した。


「なんでグレンは私のこと簡単に見つけちゃうの!?」

「殿下、いつからいらっしゃったのですか……!?」


 宰相は驚いた様子でどうでもいいことを聞いてきた。だからリディアは走って行って謎を解くべく問い詰める。


「どうして、グレンとかくれんぼすると私に勝ち目がないの」

「それは――」


 宰相は次は何かに気がついたように言葉を途中で切った。それから、いつものように微笑む。


「ああそうでした。後にお話するとお約束していましたね」

「約束?」


 何の約束をしただろうか。リディアは宰相を見上げたまま首を大きく傾げる。


「はい。詳しくはグレンが戻って来てからと思っておりましたが……申し訳ございません、私としたことが失念していました」


 もう一度謝られ、ますます首を捻っていると宰相の水色の目が小さなリディアから離れた。

 追って後ろを向くと、いつ来たのかやっぱり分からないグレンがそこにいた。


「殿下、彼は妖精なのです」


 「妖精」? 出てきた思わぬ言葉にリディアは呆気にとられその発言をした宰相を見上げ直し、聞き間違いないということを無言の肯定で示され、今度は後ろを向く。

 優しい光を宿す緑の瞳が笑みの形になり、彼は「殿下、靴下取り返えましょうか」と言った。




   ◇



 妖精の姿は、国で最古の資料ではすでに王の隣に描かれていた。ゆえに、いかようにしてその関係が形作られたのか、少なくとも人は知らない。

 「お伽噺とぎばなし」に語り伝えられているようなものはいくつものパターンがあることからも分かるように、本当にあったことかどうか分からないという「お伽噺」という域から出ることはない。

 数少ない資料から述べるに、妖精の姿は常に王の側にあり、王宮にあり、昔は王のいる場所は常にまばゆく美しい光景であったという記述から、数多くの妖精がいたのだろう。


 しかし妖精も現在ではこの世にはわずかばかりが残るだけ。

 時代と共に姿を消していった妖精の内、「最後の妖精」と呼ばれる王の側に侍る妖精が残ったのだとか。


「最後の、妖精」


 ところ変わって場所はリディアの部屋になっていた。


 リディアはテーブルの上の皿に並べられたお菓子の中で、小さな丸い薄紅色のクッキーを少しかじったところだった。甘酸っぱくておいしい。

 お菓子だけでなく繊細なカップにお茶も用意されているティータイムを兼ねている時間、宰相が向かいで話してくれていることに耳を傾ける。


 宰相が「約束」とさしたのはリディアが王宮に連れて来られた折、事情の説明を受けたときのことだった。

 リディアの父にあたるというこの国の王が亡くなり、王を立てなければならないが王の血筋は辺りを見回してもいない状態に陥っていた。

 しかし捜索人がリディアを見つけたという話だった。


 けれど、一連の流れでの疑問はひとつ。なぜ血筋はいないはずだとしていたのにわざわざ探させたのか、ということ。普通「外」にいるなど思わないではないか。


 すべての疑問を解決してくれるのが、「妖精」という存在だった。


 王が亡くなって次なる王の選考に重臣が他の国につけこまれる前にと大慌て、ついには頭を抱えはじめていたとき、妖精が言ったそうだ。

 王の血筋はまだ生きている、と。

 この妖精こそが「最後の妖精」と呼ばれる存在でありこの妖精は、


「『王』の気配が分かるのです」


 と宰相は種明かしをした。

 王の気配を掴んだ妖精が、つまり実は王の子で、王位を継ぐ血筋のリディアの気配を察したために人が探しに行った。結果王と同じ色彩をもつリディアを見つけた。


「どうして妖精が王様の気配が分かるの?」


 リディアの率直な問いに、今まで語りを担当していた宰相はリディアの傍らに控える護衛に目を向けた。リディアも同様にグレンを見上げると、今度は彼が口を開く。


「妖精の意思、と俺たちが漠然と呼んでいるもののおかげです。この地に最も深く受け継がれる血を持つのが王なので、地に深く根ざす妖精は自動的に最も善なる、この地に恵みをもたらすはずの血を感じるのです」

「グレンが、最後の妖精なの?」

「殿下の存在をはじめに察したのは俺ではありません」


 王のより近くに侍る妖精には、百年ほど前に便宜上爵位が与えられ、妖精公爵と呼ばれているのだとか。

 現在、この「妖精公爵」にあたる存在がリディアのことを知らせた、とグレンは言う。だが。


「その後『妖精の意思』を引き継いだ俺が殿下をお迎えにあがらせていただきました」

「えっ」


 「妖精の意思」たる次期王の血が分かる不思議な力は引き継ぎ式なのか、と思いもしたが、次に明かされたことにリディアは驚いた。


「グレンが?」

「はい。もう少し早ければ殿下が怪我をされる前だったのに、すみません」


 村で急な傾斜を転げ落ちた自分を見つけ王宮に連れてきたのは、「妖精の意思」なる気配を感じ唯一リディアを探すことができるために探しにきていた彼だったのか。

 リディアは知らない内にグレンと会っていたらしい。


「グレンは妖精なのね」


 リディアがひとまず把握したことを確認するために口に出すと、すべてが穏やかな彼はにこりと笑んで──「妖精」はにわかに腕を伸ばした。

 何だろうとリディアが目を瞬かせるより先に、グレンのその手のひらから表れるものあった。


 淡い、桃色の小さな花びらがひらひらとはらはらと降り注いでくる。

 目にした瞬間は目を見張ったリディアだったが、明らかに仕込みではなく何もない場所から表れる花びらに琥珀色の瞳を輝かせる。

 花びらにを受け止めようと手を差し出すと、ヒラリと舞い降りてきた小さな可愛らしいそれは手のひらに触れた一秒後ふっと消える。

 床を見てみると、積み重なっていると思っていた花びらはない。よく見ると床に落ちる寸前で先から先から宙に消えていっている。


 なんと不思議な光景か。

 そう、それは村で聞いていた「お伽噺」が出てきたような光景。

 リディアは「まるでお伽噺の体現」をするグレンを見上げる。


「すごい!」

「信じてもらえましたか?」

「うん」


 別に疑っていたわけじゃないよ、と慌てて付け加えることは忘れなかった。決して疑っていたわけではないのだ。

 グレンが手のひらを閉じると花びらはすべて消えてしまう。残ったのは花びらの桃色が欠片も残っていない元通りの部屋だった。

 話だけではいまいち実感が湧いていなかったリディアはしばらく興奮が冷めなかった。

 しかし、頭の中でピンと閃いた。


「だからかくれんぼのとき!」


 ようやく繋がった。

 そもそもの話はかくれんぼから始まっていたのだ。かくれんぼの達人と自負するリディアをなぜグレンが易々と見つけてしまうのか、後をつけていたとか不正を疑っていたけれど……


「殿下の気配が門の側にあると分かりましたから。少し、慌てましたよ」


 ずるをしていたわけではなかったと分かり、少し反省をする。

 王都から遠く離れた村にいるリディアのことが分かるというのだから、王宮の敷地内では明確な位置を割り出すことも容易なことなのかもしれない。


「あ! ねえねえ、じゃあえぇっと、妖精公爵はどこにいるの?」

「彼は邸にいます」


 何やら邸から出られない状態にあるらしい。それもあってリディアの気配を追う役目もグレンに移ったのだから。


「会える? その妖精公爵に」


 妖精が病気になるのかは定かではないが、出られないというのはリディアにしてみれば由々しきことだ。

 お見舞いに行っても良いものだろうか。という思いが半分。もう半分は妖精公爵への好奇心からだった。


「ええもちろん。嬉しがると思いますよ」


 それにと、彼は小さな声で付け加えた。


「正確には本当の最後の妖精は俺の『父』なんです」


 妖精公爵がグレンの父親であって、父親と息子であるのならグレンが最後の妖精ではないのだろうか。リディアは首を傾げたが、当のグレンは「あとから詳しく教えますよ」と言うのみだった。


 そうして急遽、妖精公爵邸への訪問が決まった。


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