第21話 レールリッジと列車の事情
レールリッジ駅の二階にある大きな食堂。
突き抜けるように高い天井が、広い店内により一層広々とした印象を与えている。
壁は重厚感のある暗い色で統一されているが、並んだアーチ窓から入ってくる白っぽい陽光が、店内の雰囲気を優しく和らげていた。
店内にはいくつものテーブルと椅子が並んでおり、どのテーブルにも真っ白いテーブルクロスがかけられている。
「美味しかったあ〜!」
窓際のテーブルに座るロズは、幸せいっぱいの気持ちでそう言った。
料理はすでに完食されており、ロズの前に置かれた皿はすっかり綺麗になっている。
「ジャムが絶品だったよ……」
ロズが注文した料理は、ミートボールにマッシュポテトが添えられたものだった。
ミートボールにはベリー系のジャムがかけられており、
しかも、このジャムはマッシュポテトに絡めても美味しい。完璧だ。
「シチューもすごく美味しかったわ」
テーブルを挟んで向かいに座るアレックスも、満足げにそう言った。
ちなみにアレックスが注文したのはシーフードシチューであり、こちらも綺麗に完食されている。サーモンの切り身がゴロゴロと入った、贅沢な一品だった。
「この駅で食事をするのは初めてだったけど……手頃な値段で安心したわ」
アレックスはテーブルの上に置かれた伝票を見て、嬉しそうに目を細めた。
「ん? もしかして、アレックスはこの駅に来たことあるの?」
食事をするのは初めて、という部分に反応し、ロズはアレックスに尋ねた。
思い返してみれば食堂を探している時も、アレックスは駅の構造にどこか馴染みがあるような様子だった。
「そうよ。だってわたし、ハリエッキに引っ越すことになるまでの間、レールリッジに……この街に、住んでたんだもの」
アレックスはあっさりと打ち明けた。
「えっ、そうだったの!?」
ロズは思わず身を乗り出した。
テーブルがガタッと音を立てる。
「短い期間だけよ。だから街のことにも、この駅のことにも、詳しいわけじゃないわ。これまでこの駅に来たのは二回だけ。この街に着いた時と、この街を出ていく時。つまり、これが三回目ね」
思わぬタイミングで新たな事実を聞かされ、ロズは目を泳がせた。
「そうなんだ……ハリエッキに来る前はレールリッジに……」
アレックスがレールリッジにいたのは、クリフディールからタハティニアに移ってきたばかりの頃なのだろう。
その時期について色々と聞いてみたいことはあるが、どこまで踏み込んでいいのか分からない。
「……さあ、食後の紅茶を飲み終えたら切符を買いに行きましょう。寝台の数には限りがあるんだから、早めに買いに行かないとね」
動揺するロズを横目に、アレックスは紅茶のカップを手に取った。ふっと軽く息を吹きかけてから、ゆったりと口をつける。
「あ、うん……って、熱っ!」
急いで紅茶を飲もうとしたロズは、予想外の熱さに驚きの声を上げた。
──食事を終えた二人は駅の一階に戻り、長距離列車の切符売り場へと向かった。
売り場には、切符を買うための窓口が四つも設置されていた。
レールリッジから出発する長距離列車の路線は複数あり、切符売り場の中はそこそこ
ロズは売り場の入り口に掲示されている予定表を眺めた。
レールリッジからウェルアンディアまでの列車は、一日に二本しか走っていない。次の列車は、夕方の六時に出発するものだった。
「えーっと、午後六時に出発してウェルアンディアに到着するのは……ええっ!? 明日の午前十一時!? うわあ、列車でもそんなにかかるんだ……」
ロズは目を丸くした。
「驚くようなことじゃないわ。タハティニアの南から北まで移動するんだから。それに、いくつかの停車駅ではその先の安全性を確認しないといけないの。だから時間がかかるのよ」
「その先の、安全性?」
キョトンとするロズを見て、アレックスは『知らないの?』とでも言いたげな顔をした。
「あのね、ロズ。列車は基本的に、魔力の多い場所を避けて走ることになってるの。でも、長距離列車の場合はそういうわけにもいかないのよ。目的地まで、すごく長い距離を走るでしょ? 魔力の量が規定値を超えている場所を、どうしても避けられない時があるのよ」
「規定値……?」
ロズは懸命に話を聞いているが、その頭上には疑問符が浮かんでいるようだった。
「人間にとっての『適量』と言える魔力の量を示しているらしいけど……実のところ、わたしも詳しくは知らないの。だけど、規定値を超えてるっていうことはつまり、それだけ魔力の量が多いってことなんでしょうね」
アレックスは気を取り直すように咳払いをした。
「──それでね、そういう場所を通る前には、一番近くにある停車駅で安全性を確認することになってるの。その先で
「つまり……安全確認をしながら走らないといけないから、到着までの時間がすごく長くなるってこと?」
アレックスが頷き、パチンと、器用に指を鳴らした。
「正解よ。ちなみに何か問題があった場合、鉄道会社の特別な職員が問題の処理にあたることになるわ。処理が終わるまで列車は出発できないから、所要時間は更に長くなるの。つまり、予定より大幅に遅れる可能性もあるってこと」
それでも他の移動手段に比べればずっと早いし、ずっと安全だ。だから、列車の旅はとても人気がある。
その時、ロズはビギンズメロウ駅でのことを思い出した。
「! それじゃあ、ビギンズメロウの職員さんが心配そうにしてたのは、ウェルアンディアまでのルート上で何か問題があったからなのかな……」
「……さて、どうなのかしら」
そう言いながら、アレックスは切符売り場の中を見渡した。そしてある一点をじっと見つめると、そちらに向かってツカツカと歩いていった。
「? アレックス?」
ロズは戸惑いつつ、アレックスの後を追う。
アレックスが向かった先には、制服を着た若い職員が暇そうに突っ立っていた。
その若い職員が制服に付けている腕章には、大きな文字で『案内係』と書かれている。
アレックスは迷うことなく職員に声をかけた。
「すみません、ちょっといいですか?」
「あ、は〜い、どうしましたぁ?」
案内係と思しき職員は、のんびりとした甘い声で返事をした。
ロズやアレックスよりも二つか三つ年上に見える女性で、制服に付けられた名札によると、ナタリーという名前らしい。
アレックスは率直に質問することにした。
「わたし達、ウェルアンディア行きの列車に乗る予定なんです。ウェルアンディアまでのルートって、今のところ特に問題はないんでしょうか?」
ナタリーは一瞬、不思議そうな顔をしたが、何か思い当たることがあったらしく、すぐに「あ〜もしかして」と口を開いた。
「お二人は、噂を聞いて心配してるんですか?」
「噂?」
アレックスは
「あれ、違いましたぁ? ここ最近、噂が流れてるんですよ〜。列車がウェルアンディアまで走る途中、不気味な音が聞こえたとか、客室の中に一人でいたのに誰かに見張られているような視線を感じたとかぁ……そういうやつです。なんだか、いや〜な感じですよねえ」
ナタリーはのんびりと、しかしペラペラとよく喋った。
列車の良くない噂について、職員がそんなに話してしまってもいいのだろうか。
と、そんなことを気にする様子も見せず、ナタリーは呑気そうに笑っている。
「でも、大丈夫ですよ〜。最近の長距離列車は、とーっても安全なんです! 車両にも線路にも……えーっと、なんでしたっけ? そうそう、安全を守るための魔法がかけられてるんですって〜。だから、安心してくださいねぇ」
それを聞き、アレックスは顔をこわばらせた。
「安全を守るための、魔法? それって……列車に防御系の魔法をかけたうえで、その効果を持続させるってことですか?」
ナタリーは考え込むような顔をして、人差し指をあごに当てた。
「うーん、そういうことなんじゃないですかあ? わたしは駅舎の中でしか働いてないから、正直よく分からないんですよね〜」
「でも……それって、かなり技術が必要なんじゃ……」
「あ〜それなら、なんか技術者が協力を……って、これは話しちゃいけないことかなぁ? あははっ、ごめんなさい。聞かなかったことにしてくださいねえ」
ナタリーはようやく、ペラペラと話し過ぎたことを自覚したようだ。だが焦っている様子は全くない。
「ともかく、わたしが言いたかったのは、列車がとっても安全ってことなんですよ。だから、旅を楽しんできてくださいね〜」
そう言って、ナタリーは一方的に会話を打ち切った。
「……そうですか。ありがとうございます」
納得したようにはとても見えないが、アレックスはナタリーに礼を言い、さっさとその場を離れた。
なんだか様子がおかしい気がする。ロズは首を傾げた。
「……アレックス?」
すると、ロズの視線の先で、アレックスは立ち止まることなくスタスタと切符売り場から出て行ってしまった。
「ちょ、アレックス? どこ行くの!?」
ロズは素早くナタリーに頭を下げ、大慌てでアレックスを追いかけた。
(急にどうしたんだろう? まだ切符買ってないのに……)
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