第19話 街道にて、練習とひと休み

 ハリエッキから隣町『ビギンズメロウ』へと伸びる、のどかな街道。

 真っ直ぐな砂利道じゃりみちが草原を突っ切り、二つの町を繋いでいる。


「えいっ!」


 砂利道から外れて芝生の上に立ち、人が座れそうな大きさの石に向かって魔法を放っているのはアレックス──ではなく、ロズだ。


 その角張った大きな石があるのは砂利道の脇で、周りに通行人はいない。誰かに魔法が当たってしまう心配はなかった。


 石めがけて飛んでいくのは、ロズの作り出した小さな炎。

 炎は石の表面に当たり、ジュッという微かな音と共に消えていった。


「へえ……ちゃんと使えてるじゃない」


 ロズの横に立って様子を見ていたアレックスは、感心した様子で頷いた。


「あはは……感心されるようなレベルじゃないと思うけど……」


 ロズは照れ臭そうに笑い、緊張で固くなっていた体から力を抜いた。


(あ〜よかった! 暴走しなかった……!)


 ハリエッキと同じで、この街道に宿る魔力の量は少ない。ロズにはよく分からないが、魔力の状態も安定しているとのことだ。

 つまり、初心者でも安全に魔法を使える環境と言えるのだが、ロズは不安で仕方なかった。昨日の失敗が、頭から離れないのだ。



 二人がハリエッキを出発してから、約三十分が経過している。


 ここは街道の真ん中あたり。

 道の脇に大きな石を見つけたアレックスが、魔法を使ってみてほしいとロズに頼んだのだ。


 アレックスはこれから旅をするにあたり、ロズの技量を把握しておきたかった。

 もちろん何かあった時には全力でロズを守るつもりだが、ロズが少しでも魔法を使えるのなら、それに越したことはない。



「小さいけど、ちゃんと炎を作り出せてるし……狙った場所に当てることもできてる。安心したわ」


「だけど、こんなんじゃ戦うことはできないよね。威力弱すぎだし……」


 ロズは恨めしそうに自分の両手を見つめ、肩を落とした。

 できることなら、せめて自分の身は自分で守れるようになりたい。


 昨日のような戦闘になった時、もうアレックス一人に戦わせるのは嫌だった。


「魔法教室では基礎しか習わないんでしょ? 仕方ないわよ。それに威力が弱くても使い方を工夫すれば、いざという時に身を守る手段になるかもしれないわ」


「だといいんだけど……」


 ロズはチラリと、腰のベルトから吊り下がる短剣を見た。


(この短剣を使って戦うとか……ううん、駄目。この短剣はきっと、大事な物なんだから。勝手に使って傷を付けちゃったら大変だもん。そもそもわたし、剣術なんて習ったことないし……)



 短剣を見ていると、あの不思議な紋様と、そこから現れた光の水流のことが頭に浮かんでくる。


 アレを使いこなせれば大きな武器になるのだろうが、あの力はあまりに不可解であまりに強烈だった。なんと言っても、家全体を包み込んでしまったのだから。

 人気ひとけのある『普通』の場所で使う気にはなれない。


 それに、あの不思議な力を再び発動できるのかどうかも分からないのだ。旅の道中は短剣に頼るのではなく、自分の力でなんとかするしかないだろう。



 その時、ロズは良いことを思いついた。


「そうだ! アレックス、わたしに魔法の使い方を教えてくれない?」


「え?」


 ロズはキラキラと目を輝かせる。


「ほら、アレックスは魔法を使いこなしてるでしょ? もしも魔法を使うコツとかあるのなら、教えてもらえないかな?」


「それは……」


 アレックスは、魔法を修得した経緯について尋ねられた時と同じように、言葉をにごした。


 居心地悪そうなアレックスを見て、ロズはハッとした。


「ご、ごめん! 教えてだなんて、そんな軽々しくお願いすることじゃなかったよね」


 アレックスは首を横に振った。


「別にいいのよ。わたしだって、教えられるなら教えたいもの。だけどね、なんていうか……わたしの使う魔法は、あなたの使う魔法とは少し勝手が違うの」


「? それって……?」


 アレックスはしばし躊躇ちゅうちょしてから、ゆっくりと口を開いた。


「……ロズは聞いたことある? せいれ──」


「こんにちはー」


 アレックスが何かを言いかけた時、砂利道の方から誰かが声をかけてきた。


 驚いてそちらを見ると、荷車を引いて歩く行商人の姿があった。

 その行商人はたくましい体つきの中年男性で、ビギンズメロウ方面からハリエッキ方面へと向かっているようだった。


 荷車の上には、新鮮な果物の入ったかごがいくつも積まれている。

 結構重そうだが、行商人は平気な顔をしていた。


 ハリエッキへ果物を売りに行くのだろう。ロズは、彼がハリエッキで商売をしている姿を何度か見たことがある。


「あ、こんにちは!」


 ロズは慌てて挨拶を返した。

 二人の近くで足を止めた行商人は、不思議そうな顔で首を傾げた。


「お嬢さん方はハリエッキの住民さん……ですよね? 街道でお会いするとは珍しい。ビギンズメロウまでお出かけですか?」


「え〜っと、ちょっと用事がありまして……あ、ちゃんと町長から許可をもらってるんですよ。無断外出じゃありません!」


 焦った様子で弁明するロズを見て、行商人は朗らかに笑った。


「そうでしたか。街道にけものの姿はないようですが、道中くれぐれもお気をつけくださいね。今日は天気も良いし、絶好のお出かけ日和ですよ」


 気遣いの言葉をかけられ、ロズは元気よく礼を言った。


「ありがとうございます!」


「それでは、わたしはハリエッキへと向かいますので」


 さわやかに手を振り、行商人はハリエッキ方面へと去っていった。


 荷車の上のリンゴは艶々つやつやとしていて、いかにも美味しそうだ。行商人を見送る間、ロズは呼び止めたいのを必死に我慢した。


「リンゴ、美味しそうだったな……って、そんなことより! アレックス、さっきは何を言いかけてたの?」


 ロズはアレックスの方を振り返った。


「なんでもない。気にしないで」


 アレックスは肩をすくめると、聞こえないくらいの小さな溜息をついた。


「……とにかく、わたしがあなたに魔法を教えるのは難しいってことよ。悪く思わないでね」


「そっか。それじゃあ仕方ないね……」


 無念そうなロズに、アレックスは厳しい目つきを向けた。


「安心して。アドバイスくらいならできるから。あのね、練習あるのみよ。回数をこなせば、自然と魔法の威力は上がっていくわ」


「へっ?」


 ロズは目を丸くした。

 果たして、魔法とはそういうものなのだろうか。


 アレックスは周囲を見回すと、満足げに微笑んだ。


「今なら街道もいているし、ここで少し練習していけそうね。後五回……いや六回、さっきと同じ魔法を使ってみて」


 ロズはゴクリと唾を飲み込んだ。


「り、了解ですっ……!」


────────────


 ロズは言われた通り六回、炎を作り出し、大きな石に向けて放った。

 そしてノルマをクリアした時、ロズはひざに手をつき、肩で息をしていた。


「はあ……はあ……」


 魔法を使うと、気力だけではなく体力も消費される。初心者であればあるほど、気力と体力の消費は激しいのだ。


(つ、つかれた……)


 威力が上がるどころか後半になると炎は弱々しくなる一方だったが、六回も発動させているとさすがに、緊張で体が固くなるということはなくなった。


 魔法を使うことに慣れてきた──のだろうか。


「お疲れ様。悪くなかったわよ」


 アレックスがロズに近寄り、優しく声をかけた。


「あ、ありがと……」


 褒められたのは嬉しいし、アレックスが練習に付き合ってくれたのも嬉しい。

 ロズはえへへと表情をゆるめたが、これからビギンズメロウまで歩くことを思い出し、一瞬で顔を引きつらせた。


「……」


 すると、項垂うなだれるロズの前に、アレックスが無言で手を差し出した。

 その手には、どこからか取り出したらしい小さな包みが握られている。


 ピンク色のリボンが結ばれたその包みに、ロズは見覚えがあった。


「これって、オリエルベーカリーの……?」


 ロズは顔を上げ、不思議そうにアレックスを見つめた。


「そうよ、オリエルベーカリーのクッキー。カレンさんが持たせてくれたの」


 オリエルベーカリーではパンだけではなく焼き菓子も販売している。

 アレックスの手にあるクッキーの包みは、ロズも買ったことのある物だった。


「これを食べて、ひと休みしていきましょう」


「うんっ!」


 二人は芝生の上にちょこんと腰を下ろし、クッキーの包みを開けた。中には数枚の小さなクッキーが入っていた。


 ロズは上目遣うわめづかいでアレックスを見た。

 

「本当にわたしも食べていいの?」


「もちろん、いいわよ。二人で食べなさいって言われたから」


「やった、ありがとう!」


 ロズは包みの中から、中心に赤いジャムの乗ったクッキーを取った。


「いただきますっ!」


 クッキーをパクッと口に入れる。


 ホロッとした食感のクッキーに、ちょうどいい存在感のジャム。これはいちごのジャムだろうか。

 優しく甘い風味が口に残り、幸せな気持ちになる。


「ああ、美味しい……」


 ロズは溜息混じりにささやいた。

 魔法を使ったことによる疲労感が、スーッと体から抜けていくようだった。


 温泉にでも入ったような表情を浮かべるロズの横で、アレックスもクッキーを一枚取り出した。こちらはチョコチップクッキーだ。


「……うん、美味しい」


 クッキーをパクッと食べたアレックスは、ロズと同じように顔をほころばせたのだった。


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