第6話 魔獣と魔法と驚きと その2

 明らかにがっかりしているコールを見て、ロズは必死に弁解した。


「もうっ、仕方ないでしょ! 一般人が使える魔法なんてこんなものなんだから!」


 ロズが作り出したのは、ランタンののように控えめで小さな炎だった。

 野生のけものを追い払うことくらいはできそうだが、魔獣まじゅう相手にしてはかなり心許ない。


「た、たぶん、牽制けんせいくらいにはなるはず……」


 ロズは、その小さな『炎』を魔獣の方に向けようとした。


 下手に攻撃して魔獣を刺激すれば、状況を悪化させてしまう。だから、あくまでのつもりだったのだが──。


「うわあっ!?」


 突然、手の上の炎がブワッと大きくなった。


 驚いたせいで、ロズはすっかりコントロールを失ってしまった。小さなランタンの灯から一気に燃え上がった『大きめの炎』が、手元から吹っ飛んでいく。


 その先には──魔獣がいた。


「やばっ……!」


 炎はベチッと音を立てて、魔獣の顔にぶつかった。

 魔獣はわずかにのけぞったが、あまりダメージを受けている様子はない。


「わわわわ、どうしよう。当てるつもりなかったのに! いきなりコントロールが……」


 ロズはそこでハッとした。


『魔力が充満している場所で未熟な者が魔法を使おうとすると、魔法が暴走してコントロールできなくなる』


 そんなことを、魔法教室で教わった気がする。


 ハリエッキ周辺は魔力の量が少ないはず。だが、この場所──この『家』は例外で、多量の魔力が宿っているのかもしれない。


「ひょっとして、ここには魔力がたくさん……って冷静に考えてみれば当然だよ! 存在しないはずの道の先にある怪しい家で、しかも魔獣まで出てきちゃうんだから! こんな不思議な場所、魔力の量が少ないわけないじゃん! も〜うっ!」


 ロズは頭を抱え、あたふたとしながら自分自身にツッコミを入れた。


 一方、魔獣は低いうなり声を上げ、再び攻撃の姿勢をとっていた。ルビーのように真っ赤な目が、先ほどよりもするどくなったように見える。


 コールが後ろから文句を言ってきた。


「あれじゃ牽制じゃなくて挑発だよ! ほら、めちゃくちゃ怒ってるじゃん!」


「だってコントロールができなくなったんだもん! ていうか何よ、さっきから文句ばっかり! あの魔獣が出てきたのは、コールが木箱を取ったせいなんだからねっ!」


 二人が言い争っていると、魔獣が再び赤黒い球体を発生させ、ロズに向けて勢いよく放った。先ほどの一発目よりも球体が大きい。


「ひゃあ!」


 ギリギリで気づいたロズはなんとか身をかわしたが、完全にけることはできなかった。

 球体がロズの肩をかすめ、衝撃と痛みが走った。


「ツッ……!」


「ロズ姉ちゃん!」


「大丈夫、ちょっと痛かったけど……かすっただけだから」


 魔獣はまた頭を下げ、ツノを突き出している。今度は連続で攻撃してくるつもりなのだ。

 ロズは血の気が引くのを感じた。

 球体の直撃を何度も受けたら、命が危なくなるかもしれない。避け続けることができるだろうか。


 コールを、守り通すことができるだろうか。


(どうしよう……)


 ロズは、一人でコールを探しにきたことを後悔した。


 大人と一緒なら、コールが木箱を取るのを止めることができたかもしれない。

 もっと上手に魔法を使える人がいれば、魔獣が現れてしまっても、うまく追い払うことができたかもしれない。


(まさか、こんなことになるなんて……)


 軽い気持ちで行動した自分が嫌だったし、今更後悔している自分がもっと嫌だった。


「やっぱり、わたしって無責任だ……」


 魔獣のツノとツノの間に発生した球体が、ジワジワと大きくなっていく。

 コールの手を引いて走って逃げようかと考えたが、おそらく動きを見せた途端に、魔獣は球体を放ってくるだろう。


 ロズはコールの前に立って両手を広げ、ぎゅっと唇を噛んだ。


(絶対に、コールに怪我はさせない……!)


 襲い来る衝撃を覚悟したその時、大きな声が聞こえた。



「ロズ、せて!!」



 ほとんど反射的に、ロズはコールを引き寄せて姿勢を低くした。

 次の瞬間、視界の端にまばゆい光が映り、ロズは姿勢を低くしたまま顔だけをそちらに向けた。


「!!」


 そこには信じられない光景が広がっていた。

 魔獣を中心に、大きなうずが発生しているのだ。渦はあっという間に魔獣を飲み込んでいく。

 そして渦の中心から、炸裂さくれつするように水が打ち上がった。


 ロズは呆然とつぶやいた。


「す、すごい……」


 水の嵐が過ぎ去ると、渦と共に魔獣の姿も消えていた。


「……こんな怪しい場所には近づいていないだろうと思ったんだけど、一応見にきてよかったわ」


 そのりんとした声には聞き覚えがあった。


「えっ?」


 恐る恐る立ち上がったロズは、広間に入ってきた人物を見て仰天した。


「アレックス!」


 そこにいたのはアレックスだった。もうエプロンはつけていないが、その点をのぞけば、オリエルベーカリーで別れた時と同じ格好をしている。


 アレックスは構えていた右手をスッと下ろし、溜息をついた。


「なんだか、面倒なことになっているようね」


 ロズとコールは二人そろって、ポカンとした顔になっていた。

 派手な魔法を目撃したことによる衝撃と、目の前の魔獣がいなくなったことへの安堵あんどで、頭がまだぼんやりとしている。


 アレックスがロズに尋ねた。


「その子が、コール?」


「え? あ、うん」


「怪我は……していないみたいね。よかった」


 素っ気ない態度で言いつつも、アレックスはコールに向けて小さく微笑んだ。それに気がつき、コールは照れくさそうに顔を伏せた。


 ロズが食い入るようにアレックスを見つめた。


「今のすごい魔法……アレックスがやったの?」


 魔法教室で習ったものとは威力の次元が違う。同い年の少女が発動させたとは、信じられなかった。


「……他に誰がいるっていうのよ」


 アレックスはなんてことないようにそう言ったが、彼女はどことなく、つらそうに見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る