13

「すまないな、車を出してもらって」

「なあに! 学校の怪談を解決すんだろ。俺たちにも一枚かませろってんだ。さすが魔法使いニシ様だ」

魔導士・・・だ」

 運転席=トウマ/実家の工務店の社名入りツナギのまま/時間が空いていたらしく協力してくれた。

「もう、アキのことが心配じゃないの? まだ目を覚まさないんだよ」

 後席=ナツミが釘を刺す/ハルヒコが仕事で抜けられない、ということで代わりに呼んだらしい。

「つったてよ。もしかしたらスゲー魔法のバトルが見られるかもしれねーんだぞ。ワクワクするだろふつー」

「もうしないって。まったくこれだから男子は。ね、ニシ?」

 ふてくされたトウマ&昔と同じく真面目なナツミ。

「あーうん、そうだな」適当な言葉を探す「スゲー魔法のバトルなら、街の半分が吹き飛んでしまうぞ。トウマ、それでもいいのか?」

「あ、いやー、それはちょい困る」

「なるべく穏便に解決するつもりなんだけど、相手の魔導士がどう出てくるか、分からないんだ」

 ニシはヤマセンからもらった生徒のリストに目を落とした/今はほとんど見かけない固定回線の電話番号/隣町の住所。最初に自殺した双子の水原妹/校庭で姿を見かけたという双子の水原妹。

 この怪談騒動が古代魔導の呪詛に原因がある/その術士もまた古代魔導の使い手=勝てるだろうか。

「なあ、ふたりに聞きたいんだが、学校以外でも不審死とか失踪事件とか、そういう出来事はこの街でなかったか?」

 ちょうど赤信号で停車中/師たるジジィにも聞いてみた質問=トウマが身を捻ってナツミを見た/しかしナツミも首をかしげただけだった。

「さあ、どうだろうな」=トウマの困惑

 車が地面を滑るように発進した。

「あったかもしれないし、なかったかもしれないわ」=ナツミの否定。「いつからかしら。5年前の第三次大戦あれから元通りになったころから。新東京は安全で清潔、それに光熱水費も無料だからここから移り住む人が多かったの。浜松から真鶴岬の新東京なんてそう遠くないしね」

「そういや、そうだな」=トウマの肯定。「ずっとあちこちで葬式だの追悼式だの毎日あったせいで。正直、誰かが魔法か何かで突然死したとしても記憶に残らねぇかも」

「殺伐すぎないか、少し」

「ガハハハ、でも家族は無事だし、じーさまもばーさまも元気そうだし、俺みたいな凡人が気遣えるのはそのくらいだけだ」

 ニシ/言葉にならない返事=反論できず。

「ここの番地は、33-1、33-2──もうすぐ着くぞ」

 車が路肩に寄って停車/後続の車両が通過するのを待って下車。

 平成初期の古いデザインの住宅街/人気ひとけがない。遠くに高速道路の高架が新市街地とを隔てている=茶色っぽい町。

 目的の家=枯れた雑草の間から背の高いブタクサが黄色い花をもたげている/植木鉢はなかば自然に返ってぎっしりと細い葉の雑草が生えていた。

 くすんだ窓ガラス=レースの薄いカーテン/窓際においてある藤のラタンチェア/薄気味悪い人形が外を見ながら変わらない笑みを振りまいている。 

「人、住んでないよな」

 住所リストとスマホアプリのGPS情報を見比べる=間違いじゃない。

 しかし錆びた門扉もんぴは音もなくなめらかに開いた=蝶番ちょうつがいが錆びていない/誰かがここを定期的に出入りしている?

「ニシ、気をつけることだ。あの学校の呪詛と同じニオイ・・・がするぞい」

 前触れもなく3人の背後に出現した大男/オールバックの金髪/花柄のアロハを来た湘南男/これでも自称・神。

「おいカグツチ、現れるときはひと声かけろっていつも言ってるだろう。ふたりがびっくりして死にそうな顔をしている」

「うむ、そうか。それは悪いことをした。人の子よ。そう恐れることはない。我は、いい神であるぞい」

 節くれた樹木のような両腕を組んだ仁王立ち=神というより強面&屈強な極道。

「神様、ってことは私のお願いを叶えてくれるとか? 今年のボーナス倍増とか」

 ナツミ=柏手かしわでを打つ&財布から5円玉を出した。

「うむ、叶えたいのはやまやなのだが、ぼーなす、というものは分からんしましてや万能というわけでもないのだ」

 しょんぼりするナツミ=意外と適応力がある? 一方のトウマは引きつった顔のままカグツチと間合いを取っている。

「これもニシの魔法、なのか」

魔導・・だ。意図して得た力じゃないけど、一応そういうことになる」

「昔、たまーにニシが見えない誰かと喋ってたのを見たことがあるけど、これだったのか」

「うーん、隠してたつもりだったんだけどな」

「すまん、俺、てっきり想像上の友だちと話していると思ってた」

 まさかの告解/高校生の頃の周囲の目=魔導士だからあれが普通?

「魔導で呼び出しているのだから、“想像上”というのは間違いじゃないが……カグツチは呪詛については勘がいい。ふたりとも、ちょっと離れててくれないか? 学校でも危うくヤマセンも呪いに飲み込まれるところだったから」

 顔を見合わせる2人/道の反対側まで駆け足で離れていった。

「懐かしの友人との再会。うむ、すばらしい。我もあのふたりは見覚えがあるぞ」

「マナの感応力も無い一般人をお前が見分けれたとは知らなかった」

「人とは、2つの存在がある。己の魂と他人に宿る魂だ。人は1人で存在しているわけではない。他人が認識し記憶に留めるからこそ、人は存在することができる」

 カグツチにしては淀みない言葉/はっきりと発せられる言葉。

「今日はよく喋るんだな」

「ぬはははは。神代かみよに聞いた誰かの言葉だろう」

 カグツチの過去=知らぬ存ぜぬ。尋ねても曖昧な返事だけ/そもそも神は過去という時間の概念すら理解しづらい。彼の混沌とした記憶から神代の記録を引き出すことはほぼ不可能。

 高速詠唱。声なき声を唱えた。

 ニシの両腕にエメラルド色に輝く魔導陣が出現/それぞれが反時計回りにゆっくりと回転する=瞬時に攻撃/防御魔導を発動可能。

「さてと、怪異だか魔導士だか呪詛だか、退治するわけだが──カグツチ、そう力むんじゃない。旧東京と違って派手にドンパチできるわけじゃない」

「うむ、ではまた我の武器をくれぬか」

「この前、あっけなくやられたじゃないか。あの神器の召喚はかなりマナを使うんだぞ」

「ヌハハハ、我も学ぶ。油断大敵、ということであろう」

 楽天的な神/負けても死なないせいか緩みっぱなし。

「A型怪異程度なら武器もいらないだろ。そのでかい腕は何のためにあるんだ」

「うむ、現し世うつしよでの姿は、だがニシが我に与えた姿ではないか」

 そうだったか/無意識な召喚のせい=たぶん。幼少期に筋肉もりもりマッチョマンなヒーロー映画ばかり見ていたせいだろう。

 ニシは錆びた門扉を指先で押して開いた/罠のような魔導の設置=なし。雑草だらけの狭い庭に歩を進めた。

「古代の魔導だと、結界のようなものが使えるんじゃないのか。例えば、特定の侵入者を阻んだり、範囲内に独自の魔導陣を形成したり。古い文献を読んで見たことがある」

「ふむ、面白い」カグツチは家の外を見ながら言った。「たしかにこれは結界だ。ほれ、外からは入れるが中からは出られないようになっておる」

 カグツチ=ニタニタ笑いを隠さず見えない魔導の膜をつついてもてあそんでいる。

「なぜ先に言わなかった!」

「我は、ニシはこれにもう気づいていると思ったが」

「古代の魔導はいま俺たちが知っているものと全く違う。というか水原姉がどうして古代の魔導を───」

 ふたりの頭上に影が出現した=薄汚れたボロ布をまとった女性/やせ細っているせいで少女のような面影だった。

 ニシは背後を振り返った。

「常磐と警察に連絡を! あとなるべく遠くに逃げて」

 なるべく大きな声を張り上げた/ふたりには届いたよう=ナツミとトウマは青い顔をして走り去った。

「ニシ、来るぞ!」

「わかってる」

 予兆なしで怪異が直近で出現/見える範囲で2体/カグツチと背中合わせで水原姉が召喚した怪異と対峙する。

 しかし/潰瘍でいつも目にする怪異よりも人の形に近かった=顔と思しき場所に兜を被り、手には短刀も握っている=まるで古代の戦士。

 ニシ=魔導陣を消費/両手に無骨に光るマチェットを召喚/半歩だけ間合いを詰めて怪異の武器/鎧ごと両断する。

 左から更に怪異が接近&刃を突き出してくる。半身でかわすと返す刃でマチェットを怪異の脳天から正中線にそって叩きおろした。

 5秒あまりの白兵戦/怪異の残滓が黒い粒子となって霧散した=難なく捌いた。

「カグツチ、やられてないよな」

「ガハハ、なんのこれしき」カグツチの周囲で黒い粒子が舞っている。「懐かしい。ニクヅクリノケイ。かつての魔導士が軍団と対峙したときに使う術。ニシ、お主も覚えておいて損は無いぞ」

 怪異の召喚=できなくはない/したことはある/しかしどれもあくまで幻影=見かけだけの虚像は戦うことはできない。

 隠すことのないマナの奔流を感じた=空中に浮遊する水原姉の次の一手/マナの流れをもはや隠そうともせず。

 高速詠唱。声なき声を唱えた。

 ニシの周囲に水銀色に輝く球体が3つ 出現/それぞれがかえし・・・のついたもりに変化/標的は生きた人間/同じ学校の見知らぬ後輩。ヤるなら今しかない=ためらったらだめだ。短い呼吸で心を落ち着かせる。

 それぞれがタイミングをずらし鈍い音を立てて飛翔/水原姉の回避&防御に合わせて魔導銛の軌道をずらす。1発目=見えない壁に当たって霧散/2発目=そこにあるであろう魔導障壁で爆発/3発目=弱まったはずの魔導障壁を貫通した。

 しかし水原姉は銛を手でつかんで止めた=意外。触れただけでも破壊作用があるはずなのに。

 水原姉は冷たい視線を虚空から落とす/さらに魔導が発動/怪異の兵士がさらに召喚された。

「ヌハハハ、ニシ、ためらったな」

「気になるんだ」マチェットを振り上げて怪異の攻撃を受け止める/跳ね返す/叩き割る。「これは、本当に彼女がやっていることなのか」

「今、しているだろう」

「そうじゃなくて!」

 水原姉の暗い顔に精気が宿っていない/夢遊病のように意識がないまま。

「クグツ、そういった術があったなそういえば。他人を操れるのだ。ヒトノケ、今の言葉でいうとそうだな……自我を支配するわけだが生きながらに四肢が腐っていく。だがマナに感応力があるヒトであれば無事なはずだ」

「じゃあ、どこかに犯人が?」

「どこか、ではなくここだ。クグツノジュツは遠くから操作できぬ」

「探せるか」

「たまには神として、威厳ある姿を見せねばならない」

 威厳? 龍や金剛力士のような姿に変化するのか?

 しかし/カグツチはその体のまま廃屋の窓を突き破って室内に突入した。窓枠がひしゃげる/ガラスが飛散する/4年分のホコリが舞って輝いた。

 呆れ/納得=いつも通りだ。

 ニシ=再びマチェットを構える/三度の怪異の兵士の召喚。ぐるりと周囲を囲まれた。

 攻撃=左右の後ろから。身体強化=動体視力も強化/身をかがめて回避=魔導陣を地面に設置。

 高速詠唱。声なき声を唱えた。

 エメラルド色の輝きがニシを中心に広がる/怪異の兵団を包み込む。

 召喚=地面から水銀色に鈍く輝く杭が空に向かって突き刺さった/身の丈ほどある杭が怪異の兵士を貫く/突き刺す/引き裂いた。

 対峙=もうもうと怪異の残滓がたなびく中でニシは空中の水原姉を見上げた。

 水原姉の繰り出す魔導=まだ対処できる/まだこちらのほうが強い。

 しかし/一方で=試されているかもしれない/次の魔導は対処できないかもしれない。

 対策/手立て=唯一の策。

 魔導を展開=開陳/召喚。銛/槍/大弓/穿孔爆薬付きの榴弾=ありとあらゆる飛び道具がニシの周囲に出現した。

 リン=戦いのプロの教え「質でかなわないなら物量で勝負するのよ」

 おそらく=1つでも当たれば木端微塵になる物量/これで勝てなければ手段は残っていない。

「ヌハハハ、ニシ、あったぞ!」

 場違いな笑い声/ガラスや木片をがちゃがちゃと踏み鳴らしてカグツチが廃屋から出てきた。

 その周囲=怪異の兵士が噛みつく/短刀で突き刺す/しがみつく。

 カグツチの、野球グローブのような巨大な手の中=古びた木片があった/どことなく人の形に見えなくもない/その中央に巨大な翡翠ひすい が埋め込まれている。

 にわかに水原姉の髪が逆立つ/巨大な魔導の気配。

「長い人生だっただろうが、いや惜しむ心は残ってないであろう」

 カグツチは巨大な手をぎゅっと握った。その手の中で人形ひとがたの木片が細かく砕ける=途端に周囲を覆っていた重い空気が消えた/怪異の兵士も霧散した。

 空中で水原姉の体が揺れる/そして落下した。

 ニシは魔導で強化した脚力で走る/滑り込む=地面に激突する前に水原姉を受け止めることができた。

「やっぱり操られていたのか」

 ニシは静かに寝息を立てている水原姉を見やった。

「ウツシミオンマジナイ」カグツチは手のひらに着いた破片を見ながら言った「人の命とは短い。神代の魔導士もそれを知っていた。宇宙の真理を探究するのにはあまりにも短い。ゆえに、自身の人格と記憶を定義し、人を模したヒトガタにそれを移した」

「今日は、その、よくお喋りになられるのですね」

 慣れない敬語=慣れ親しんだ神への敬意。

「なーに、そうしゃっちょこばらんでもいい。少しばかり郷愁の念に苛まれただけよ」

 カグツチはパンパンと手を払うと、古代の木片&宝石は風に乗って飛んでいってしまった。

「その、今言っていた神代の魔導は、成功したのか。寿命を超えて真理の探究はできるのか。その、単純な興味だ。永遠の命に興味はない」

「人語が話せるヒトガタなぞ存在せんだろう。神代の魔導士とは言え、人格というものを定義できなかったゆえに術は成功しなんだ。結局、ヒトガタに残ったのは怨念だの因縁だのそういった負の感情だった」

「じゃあ、その怨念が水原姉を操って?」

「うむ、そういうことになるだろうな。家の中を見てみるか。なかなか凄惨な状態だったぞ」

「死体が積み重なっている、とか」

「そうではない。魔導陣、符文、魔導の依り代が散乱しておった。魔導の秘術でも鍛錬しておったのだろう。ニシ、魔導士として見ない手はないだろう?」

「うん、いや、いいや。たぶん、俺がそれを見たところで何か新しい技術が手に入るわけでもない」

 魔導を発動=シーツを一抱え召喚して水原姉にかけてやった/ボロボロの衣類だけではいろいろと見えてしまっていた。

「カグツチ、お前は大丈夫なのか。あちこち穴だらけだぞ」

 戦いの傷=血が流れているわけではない/裂けた服と皮膚の間からは漆黒の闇が広がっていた=あくまで体は現し世にとどまるための器にすぎない。

「少々、マナを分けてくれればすぐにこんな傷、回復できるんだがな」

 逡巡──戦いはこれで終わったか/丸々2日はマナが枯渇しそう。

「いいよ。もってけ」

 カグツチの傷が治るにつれマナがグイグイと吸い取られる/そしてどっと疲労感が押し寄せてきた。

「これで元通りだわい。懐かしい魔導も見れてこれだけワクワクしたのは久しぶりだぞ」大男が巨大な伸びをした/地響きが鳴った。「我は神だが人の子の幸福のため働くのも悪くはない。我は命短い人の子を一人ひとり覚えられなんだが、ある司祭はよく覚えている。ニシと同じ高度な魔導が扱えたが常々戒めの言葉を吐いておった。今の言葉遣いに直すと、そう『力ある者は善人たれ。力なきものを善人たらしめよ』だ」

 ニシが首を傾げた=師のジジィから聞いたと思っていた言葉。

「聞き覚えがある」

「ヌハハハハ。我を召喚したのだ。我の記憶が多少移っていても些末さまつ!」

「だったらもう少し高度な魔導を知りたいが」

「神代とは言え我自身が魔導を使っていたというわけではないからのぉ」

 冗談なのに=カグツチは真剣な表情で悩み始めた。

 ニシはそんなカグツチの膝をポンポンと叩いた。

「これからもよろしくな、神様」

 サイレンが近づいてくる──赤と青のパトランプ/警察と常磐興業の魔導対策チームが到着したらしい。故郷の危機を救えた/少しだけこの世界が良くなった。

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