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「君の前前前世から僕は君を探し始めたよ────」

 大合唱───ワゴン車の車内はさならがカラオケボックス/壁や扉に仕込まれたスピーカーが空気を揺らす/窓ガラスが軋む。

 聞き覚えのある青春ソング=サビなら知ってる。ニシはワゴン車の最後列でひとり盛り上がっているフリをしておいた。

 車の持ち主=ハンドルを握っているのはトウマ/たくましい骨格/実家の工務店を引き継いだらしい/かつては喧嘩っ早い問題児=魔導が使えたニシだけには手を出さなかった思い出。

 車好きなトウマのこだわり=内装/音響/ショックアブソーバー=ニシの感想「確かに軍用車よりは乗り心地がいい」/バイク乗りにとって車は門外漢/前後左右に揺れるのが気持ち悪い。

 助手席は昨日誘ってくれたハルヒコ/ニシの記憶の中では内向的な少年=今はトウマと一緒に青春ヒットメドレーをノリノリで歌っている。

 中央席にはアキとナツミ/こちら2人は記憶の中と同じ/ギャルのまま成長したアキ/おっとり静かなまま成長したナツミ=アキは派遣社員、ナツミは保育士らしい。

「このたびは、こんな私を選んでくれてどうもありがとう────」

 曲が切り替わる/音楽プレイヤーにフラッシュメモリーが刺さっている/トウマが選んだ西野カナのアルバム。

 再び車内は大合唱=しかしニシは後席のヘッドレストに隠れるようにして顔を下げた。

 朝イチ=両親と朝食を食べ、サナの様子を見に森野邸へ向かう/その足で級友たちと合流した。

 地元のノリ・・=生まれてずっといっしょだった人たち/地元を離れることができる歳になったとたんとっとと東京へ出ていった自分=一緒には盛り上がれないな。

 ニシを縛っている言葉=善人たれ/師匠のジジィの言葉。

 人生を楽しんでいる友人たち/かたや最高位の魔導士顔、子どもたちの保護者の顔を使い分けている自分=欠けているピース/人生を楽しむ自分の顔が無いことに気がつく。

 ゆっくりと流れる車窓からの景色は思い出の中のまま/しかしもうこの景色には相容れない変化を迎えてしまった。

 音楽が途切れた/シンッと静まり返る車内=魔導セル仕様のEVカーならではの静穏さ。

「ニシ、成人式もほっぽこさして、何いてた?」

 トウマ/バックミラーでニシを見ながら遠州弁で疑問を投げてきた。

 すると助手席にいたハルヒコがトウマを小突いて、

「ニシは東京にいたんだからしょうがないだろ」

「つったってよー帰ってくればいいじゃん」

 帰ると言ってもこの街を連想することはない/家は利根川沿いの更地の中/築年数が昭和な木造アパートを改装した住まい。

「俺もいろいろあったんだよ」

 とりあえずぼかしておいた/楽しげな雰囲気を壊すのも気が引ける。

「常磐で働いてんだろ? んで魔法使いっつうことは化け物退治か?」

魔導士・・・だ。確かに、5年前からなし崩し的に常磐で働いているけど。あとはその、子供たちとか」

「はぁー子供たち? いつの間に作ったんだに?」

「潰瘍の被害者の孤児たち。訳あって5年前から預かってるんだ」

「じゃあもうお父さんけ?」

「お兄さんだ。養子じゃないから」

 若さゆえ/経験不足ゆえ=父ではない。年齢も父子ほど離れていはいないため未だに「兄」として振る舞っている。

「ねーどんな子たち? 写真があるの?」

 ナツミ=興味津々/疲れた顔の保育士。

 ニシはスマホを取り出しさっと写真フォルダを閲覧/最適な写真=先月みんなで海へ行ったときのもの。

 ナツミ&アキ=きゃーきゃー騒ぎながら食い入るように写真を見た。

「かわいいー。みんな魔法使いなの? ジュースのコップが浮かんでるんですけど。うけるー」

 アキ=相変わらず学生の時のような感想。

魔導士・・・だ」

「いち、にい、さん……こんなに大変じゃないの?」ナツミ=保育士として思うところがあるらしい。

「最初は大変だったけど、もうみんな大きくなったし上の子2人が面倒を見てくれているから手はあまりかからなくなった」

 あとはカグツチを召喚して子守もさせている。

「あ、見てみて! 誰だろこの人? もしかしてニシのカノジョ?」アキ=好奇心旺盛な猫のよう/勝手に写真をスライドさせて他の写真を眺める。

 いつの間にか撮られていた写真=食べ物を並べているニシと、パレオ&瀟洒な麦わら帽を被ったカナ。

「カノジョだ」「彼女?」「彼女? じゃあ本当にお父さんだ」

 他3名も連鎖反応。

「彼女じゃないから。ただの同僚」

「えーでもただの同僚と海に行く普通? しかもビキニだよビキニ」アキ=食い下がる。

「普通、じゃないのか?」

「当たり前でしょ! きっと脈アリなんだよ」

 脈アリ=隠語:恋人になれるチャンス。

 しかし/そうとも思えず。カナは徹頭徹尾インテリだし仕事と勉強こそ人生の伴侶という堅物。そんなヤワなことを考えてはなさそう。

「ニシはこの人のこと好きじゃないの?」ナツミ=質問攻め。

「好きとか嫌いとか、同僚だし思ったことはない」

 違和感=カナは十分に評価に値する/人として/魔導士として。

「もーニシは奥手だなあ。昔っからそうだけど。人を好きになんのは複雑なことじゃないの。会って話してそしたらスキーって気持ちが自然と湧いて出るのよ」

「そんなもんなのか」

 違和感。

「そう。普通そう」

 違和感=好きという感情があるべきなんだと思い出した。

 子どもたちも同僚も大切にするべき人たち/守るべき人たち=他者への気持ちはそれで全て。誰か特定の誰かを好きになる必要なんてあるのか。好きになったことはある=かつての自分/高校生の時の自分。遠くに過去の自分の姿が見えている=まるで他人のよう。

「そろそろ学校につくから。花はまだしおれてないよね」ハルヒコが助手席から体を半分ひねりながら後ろを見た。「ヤマセンにはもう連絡しておいたから玄関で待っていてくれるはず」

「ヤマセン、ってあの山沢先生?」

「そうそう」ハルヒコがうなずく「この前たまたま、保険の更新で行った家がヤマセンで、そこから今回の訪問の話になったんだ」

「そういえばまだ学校に行く目的を聞いていなかったな。先生に会いに行くだけじゃないのか?」

 アキが花束を抱えている=菊、ユリ、紫色のはたぶんリンドウ。どれも墓に供えるような花ばかり。

 魔導セル仕様のEVワゴン車は滑るように学校入り口の駐車スペースに収まった。それぞれがバラバラな歩幅で学校へ向かう。18歳まで毎日のように通った昇降口ではなく来客用の玄関へ回った/やや薄暗い=来客用の合皮のスリッパが丁寧に並べてあった。

「きゃーヤマセンだー老けたじゃん」

 アキ=いつものギャルギャルしいテンション。

「おいおい、いきなりそれはないだろう」

 苦笑=しかしかつての教え子の来訪を喜んでいるヤマセンこと山沢先生/白髪とシワが記憶の中の姿より増えたが未だ背筋が真っすぐ伸びた中年男性の数学教師/ニシは高3の数学は半分しか理解できず担任の山沢先生に苦労をかけた=若干の後ろめたさ。

 合皮のスリッパに履き替えた/冷たいタイルの感触が伝わってくる。スリッパをペタペタ鳴らしながら懐かしい校舎を歩く/先頭はヤマセンが案内をしている。

「で、学校訪問の理由は? あの仏花でだいたい察しはつくけど」

 ニシはハルヒコに小声で訪ねた。

「自殺だよ。ま、公には一応そういう事になってる」

「一応?」

「俺たちが卒業した次の年、だから4年前だな。3階の空き教室で生徒が亡くなっているのが見つかったんだ。当時高3の生徒だったから俺たちの1年後輩なんだけど、双子の姉妹がいたろ?」

「うーん、いたような気もするけど。全然知らなかった」

「その妹のほうが亡くなったんだ。あの災害がやっと落ち着いた頃だったからニシが知らないのも無理はないよ。浜松もその時はまだまだ慌ただしくて。警察も状況証拠から自殺と判断して捜査は打ち切り。実際防犯カメラには誰も写っていなかったからそれを疑う人もいなかったけど」

 ふうん=久々の学校を素直には楽しめなさそう。

 4年前といえば、常磐と市役所の仕事を掛け持ちして怪異を倒して回ってた日々=私生活では子どもたちを預かりやったこともない育児と魔導の指導をしていた/故郷を顧みる余裕もなかった。

 階段をペタペタ足音を響かせて登る/遠くからはよく声の通る教師の声が複数聞こえてくる/ピアノの音は音楽の授業だろうか。

「着いた。ここだ」

 古い机と椅子が積み上げられている/今では旧式化した黒板と古いプラズマテレビが天井からぶら下がっている。しかしホコリが積もっている様子もなく整然としていた。

「あの事件以来この教室は使われていなくてね」

「その割には掃除もきちんとしているみたいですね」

 ニシの素直な感想=しかし他の人の表情が曇る/聞こえなかったふうにアキとナツミは手近な机の花を置き、ハルヒコとトウマも手を合わせた。

「掃除してないに。それなのにきれいなんだ」

 ヤマセンは言葉少なに理由に口を閉ざすと備えられた花とかつての教え子たちの輪に近寄った。

 不気味な怪談話=だからなんだというんだ/魔導士持ち前の余裕=お化けなんて五感の錯覚にすぎない。

「ニシ、気をつけることだ」

 突如背後から声をかけられた/思念伝達と聴覚とが半分ずつ=不可視化した自称・神/カグツチ。

「気をつけるって何を? お前も心霊現象だとでも言うのか? 神の霊体を召喚しておいてなんだが、お化けなんていないぞ。どれも見間違いや勘違いだ。この教室だってきっと誰かがこっそり掃除でもしているんだろ」

「うむ、ヒトの精神構造とやらはわからんが。この場所は妙だ。妙だがしかし懐かしい感覚でもある」

「で、どんなふうに?」

「うむ、この気持ち。そう昨日の月九ドラマで見たぞ。『もどかしい』という気持ちだ。ヒトの言葉ではうまく説明できぬ。できぬが、我の知っている言葉であえて言うなら、呪詛だ」

「呪詛?」聞き慣れない言葉/記憶のページを遡る=ジジィの土蔵で見た禁書の中にあった。「たしか平安時代ごろの魔導だろ。んなものとっくに失われた技術だ」

「我はしかと忠告したぞ」

 存在感覚が消える/再び姿を消し子守に戻ったか。神代の自称・神の存在はありがたい/一方で強力な魔導士や怪異にはあっけなく負けてしまう/肝心なところの魔導の知識が引き出せない。

「ニシは、何かわかるけ? 魔法使いなら何か見えるけ?」

 ナツミ=ホラーじみた怪奇現象は苦手そう。

魔導士・・・だ。一応言っておくが、魔導と怪奇現象はまったくの別物だしそれに幽霊はいないからな」

 ニシ=その後ろに続くナツミの反論を首を振って否定/左腕の白い腕輪=最高位の魔導士を監視するためのGPSデバイスが揺れた。

「宿直の先生たちも気味悪がっている」ヤマセンもやや興奮気味で「物音が聞こえたり人影が見えたり」

「誰かがイタズラをしたんじゃないですか? あとは仕事のし過ぎとか」

「過労は、うむ、否定できんな」

 ニシは教室を四角く歩く/特に意味はなし/注目が集まる。

 高速詠唱。声なき声を唱えた。

 魔導探知──簡易な方術/隠れた付術エンチャントや怪異を見つけるためのもの。

「妙な違和感か。カグツチが言っていたのはこれか」

 何も反応がないのが異常だった。まるで落とし穴を掘った後きれいに真砂土をふりかけたかのように/自然すぎて不自然だった。

 ニシは教室の中央で意味ありげに膝をつく/しかし、

「よくわからないってことで」

「おーい、期待させておいてほっぽかすに?」

 トウマ=遠州弁まじりのヤンキー口調。

「俺だって魔導の全てを知っているわけじゃない。違和感はあるんだが違和感としか説明ができない。念のためこの教室自体に人を入れない方がいいです」

 皆の顔が青ざめるのが見えた/気休めでもそれっぽい御札でも貼っておこうか。一般人の目に見える形で光る魔法陣なんてのもいい。

「ただし本当に被害が出るようでしたら常磐にすぐ連絡をしてください。対策チームが本格的に調査をしますので」

 ニシ=仕事口調。もっぱらど派手な攻撃魔導ばかりのニシでは、魔導をイタズラや犯罪に悪用したとしても原因究明まではわからず/しかしヤマセンは苦い顔をした/空き教室の鍵を締めながら淡々と口を開いた。

「実はこの4年間で生徒の不審死が6件続いたんだ。不審死、というのは病状がないのに突然死したということだが。当時の校長も教育委員会も災害後の精神性ストレス障害による心不全ということで手を打ったんだ」

「それこそ常磐が調査すべき案件です」

「大人の事情、世間体というやつだ。校内の自殺者が出た上に連続不審死が明るみになると生徒募集に差し支える。新東京に引っ越す人が増えてこのあたりもずいぶん子供が少なくなってしまったからね」

 反論しようも不手際はヤマセンのせいじゃない/現に最高位の魔導士のニシでさえ原因が判然としなかった。

 ニシと4人の級友は応接室に戻り革張りのソファに座った。待っているとヤマセンがドリップコーヒーを入れて戻ってきた。

「わーヤマセンやっさし―。わたし、砂糖はたっぷりね」

 アキ=マイペース。

「こらこら、そのくらい自分でしなさい」

 和気あいあい=他愛もない思い出話ばかり。忘れていた記憶が友人たちと話すうちに蘇ってくる。勉強、テスト、受験、文化祭に体育祭。部活やら運動は魔導が扱えるせいでずっと見学だった=疎外感と特別感の同居/思春期特有の混沌ケイオスのアイデンティティ。

「そういやニシ、あれできるに? 魔法の──」

魔導・・

 ニシはトウマの言葉をわざわざ遮った=譲れぬポリシー。

「そう魔導。文化祭のとき、お前の魔導で色々作っただら?」

「ああ、2年のときか。釘の打てる食品館とかいう名前で。釘の打てるバナナ、釘の打てる豆腐、釘の打てるこんにゃく……魔導障壁の付術エンチャントで」

「あれはかなり人気だったな」ハルヒコが相槌を打つ「文化祭のテーマと合ってなくて生徒会長から嫌味を言われたけど」

「で、釘の打てるプリンだけはだめだったっけ。手がベタベタになって不評だった。なつかしいけど、トウマ、そんなに楽しかったのか?」

「いやいや、あのときお前、何でも作り出せるって言ったら?」

「何でもは無理だけど、分子構造が単純な物なら」

「じゃあれはどうだ? 金とか」

 ニシ=目を細める/トウマの思惑を察する。

 高速詠唱。声なき声を唱えた。

 ニシが手のひらを上に向けた/虚空から砂金が出現し中央へみるみるうちに集まっていく/ソフトボール大の金塊が出現。

「ウォーまじで! キンタマだ」

「もう、わかってても言わないでよ」=ナツミが口を曲げた。

 トウマは待ってたとばかりに金塊に手を伸ばす/しかし手を触れる直前に換送=虚空に消えた。

「見るだけだ。換金できる物質は作らないようにって子供の時から警察に言われてたから」

「でも常磐はなんでも作るだら? 銅もアルミも今や1kg1円だし、ダイヤだって」

「それは工業用だろ。魔導で物質を作ると若干のマナを帯びるんだ。工業製品ならまだしも貴金属じゃ天然物100%じゃないと価値が無いんだぞ」

 トウマ=口を尖らせる/興味の向く先が大人=職人っぽい。

「ほほうそれなら──」ヤマセンが唸る。「学校に銅像を建てるならニシに頼んだらいいわけだ」

「さすがにお金をもらいますよ」

 もちろん冗談=みんなも笑ってくれた/魔導=人ならざる素質/事実を認めながらそれを受け入れてくれた周囲。

 人には魔導の天才だと言われるけれど/さんざん行く先々で言われたけれど=同じ人間として受け入れてくれた周囲の存在があってこその魔導士だと思う。

「あれ、わたし──」アキが左手の掌底を覗き込む「ヤマセン、バンドエイドない? ちょっと手のここ、切っちゃった。いつの間に怪我したんだろ」

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