炎獄のアルカンジュ
三浦浩介
序章
ここは現世より隔絶された場所に存在する世界。空は暗く辺りには炎々と炎が舞い上がり、大地には流れ狂う溶岩がまるで生き物のように蠢いていた。
そんな、あらゆるものを焼き尽くす灼熱の地に一つの巨大な扉があった。
見上げるほどの大きさを誇る石造りの扉にはいくつもの亀裂が走っていた。
よく見ると入り口の前に一人の女性が立っていた。燃えるような赤々とした長髪をなびかせ、その美しくも勇ましい顔には爪痕のような刺青が彫ってある。身に纏う紅蓮の衣は炎を思わせ、肩、腕、足にはそれぞれ獅子の意匠が施された黄金の鎧を身に付けている。
「目覚めたか」
すると突然地揺れが起こった。次第に大きくなるそれは、まるで何かが這い上がってくるような音だった。その影響で周囲の溶岩は波打ち、扉の亀裂はさらに増える。
中からは何か黒い
彼女は目を閉じ、背中に意識を集中させる。すると彼女の背中が燃え出した。炎はやがて左右に裂け、それぞれ五枚の翼へと形を変えた。
炎の翼を羽ばたかせ暗い空に退避した刹那、扉は内側から吹き飛ばされた。間一髪で避けた彼女は破壊された扉を見ると、そこから赤黒い泥のようなものが溢れだし波打つ溶岩はその泥に触れると瞬時に黒炭色の岩になってしまう。そしてそれは徐々に形を変えていき、大口を開け無数の牙がずらりと並んだ巨大な怪物へと変貌した。
「性懲りもなく、また這い出てきたか。醜い太古の
『~~~~~~~~~~~っ!!』
侮蔑されたことに怒ったのか、或いは彼女を目にしたからか、獣は雄たけびを上げながら何語かもわからない言葉を叫んでいる。
「フッ、獣が一丁前に吠えるじゃないか。だが…」
そう言いながら彼女は右腕を横に広げる。すると彼女の腕に炎が集まりその手に一振りの黄金の大槍が形成された。身の丈を優に超える長さを持つ柄には炎が脈打ち、その湾曲した刃には彼女の翼と同じ炎を纏っていた。
「偉大なる〝大いなる主〟よ、汝が子に祝福を与え給へ」
大槍を横に構え祈りを捧げる彼女。
そんなことなど知らぬと言わんばかりに、獣は巨大な口を広げ彼女に迫ってくる。難なく避ける
獣の頭上を取った彼女は槍に炎を収束させ灼熱の火球を生み出し獣に撃ち出す。火球を受けた獣は苦しみ、体の向きを彼女と反対の方向に向け距離をとる。
ぐるっと辺りを一周すると再び獣は彼女を飲み込もうと大口を開けて突っ込んでくるが、再び火球を受け更にその槍で直接斬られてしまう。
苦悶の叫びをあげる獣。その後も獣は執拗に彼女を喰らおうと向かってくるも、槍から放たれる火球に成す術も退く撃退され、たまらず獣は出てきた扉へと再び戻っていった。
これ以上の追撃は無いと判断した彼女は崩壊した広場の端に降り立ち翼を仕舞う。獣が飛び込んだ大穴を見る彼女の顔は訝し気なものであった。
「幾たび這い出てこようと、この身滅びぬ限り貴様をこの外に出すつもりはない」
すると美しい赤髪の一部が灰色に染まる。
「……だがそれも、いつまでもつか」
ギィィィン、と。
金属と地面がこすれる音が辺りに響いた。彼女は扉の前で黄金の槍を大地に突き刺す。すると扉の周囲に炎がゴウゴウと噴き出し、壊れた個所を覆った。
扉と共に炎に包まれた彼女は一言、小さな声でポツリとつぶやいた。
「レンガ……」
それが誰の名なのかは分からない、しかしその名を口にした彼女の顔先程のような勇ましいものではなく、わが子の未来を憂う母親のようであった。
こうして、一人の天使と一匹の怪物の戦いは一時の幕を下ろした。だがこれは今後訪れる壮大な戦いの序曲に過ぎなかった。
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