第15話 嫌われ美少年と犬のこれから

 一瞬、意識が途切れ、頭がぼんやりしたが……目を開けるとはっきりしてきた。

 真っ黒だった空が、スーッと晴れていくのが見えた。


 それに合わせて、黒い獣になっていた俺の体が人型に戻った。

 あ、全裸……! と焦ったが、ドリアードが駆けつけて、簡単に着られるローブをくれて事なきを得た。

 外で人化する機会が出てくるかもしれないと思い、作って貰っていてよかった。


「ありがとう。ドリアード」

「神なる獣の王が元に戻ってよかったです……本当に……うぅ」


 心配させて申し訳なかったと思うが、露出度の高いに君に抱きつかれると大変困るので離れてね。


「リアムを助けてくれてありがとう」

「王より頂いた力を使い、すべきことしたまでです」

「それでも、君のおかげで俺は主を失わずにすんだ。本当にありがとう。ゆっくり休んでくれ」


 改めてお礼を言いドリアードに力を分ける。


「身に余る光栄……!」


 よほど嬉しかったのか、感激の涙を流している。

 その様子に苦笑いしつつ、黒い獣になって暴れている俺に、必死に呼びかけてくれていたリス子を呼んだ。

 他の動物たちも集まってくる。


『おうさま~! もうこわいのやだよ~』

「ごめん、もう大丈夫だから。ありがとな。お前たちの声、聞こえたぞ」


 喜んでいる動物たちに感謝を伝えたあと……俺はリアムの元へ歩き出した。


「レオ……よかった……戻ったんだね……」


 いつもの人化した姿に戻った俺を見て、リアムが安堵の涙を零している。


「リアム。よりにもよって、こんなときに久しぶりに『犬』って呼ぶなよ」


 守れなかった申し訳なさと、生きていてくれてよかったという気持ちと、感情がぐちゃぐちゃになってまとまらない。

 照れ隠しのような苦笑いを浮かべてそう伝えると、リアムはムッとした。


「だって……! 僕、必死だったんだからな! すごい痛いし、気がついたらレオが化け物みたいになっているし……うっ」

「! おい、リアム!」


 無理をして立っていたようで、リアムは蹲ってしまった。


「まだ傷がじゃんと塞がっていないんだろ? 無理をするな……」

「うん、ごめん……」


 血が多く流れてしまっているし、早く完全に治さないと……。

 回復魔法はまだやったことがないけれど、俺ならできるはずだ。

 絶対にリアムの傷を治す!


 リアムに生命力を与えることをイメージして、魔法を行使する。

 ドリアードの魔法の痕跡があったから、それを感じ取って、傷を癒す……。

 少しすると、レオニーさんに抱きしめて貰ったときのような、温かくて柔らかい光が、リアムの体を包んだ。


「温かい……痛みが消えていく……」


 リアムの血色も、急激によくなった。

 俺は神獣の力であっという間に、リアムを回復することができた。

 はあ……今までで一番緊張した!


 とても疲れた……。

 ドリアードに力を分けたときも感じたが、頭ははっきりしているのに、眠いような……不思議な感覚がする。


「……やっぱりレオはすごいね、ありがとう!」


 飛びついて来たリアムを抱き留める。

 ああ、リアムが生きている……本当によかった……。


「あれ? レオ、泣いてるの?」

「そりゃあ泣くだろ……」

「ふふ。レオってもしかして泣き虫?」

「それはお前だろ? 俺は虫じゃない。強くてかっこいい神獣様だ」

「あはは、そうだね。確かに」


 和やかな空気が流れる俺達の元に、憔悴した様子の王がやって来た。

 俺が睨むとリアムの方を向き、バタッと倒れるように再び土下座をした。


「リアム……本当にすまなかった。許してくれ……。王妃とアベルには、ちゃんと罪を償って貰う」


 離れたところで、王妃とアベルが騎士に拘束されているのが見えた。

 でも、リアムは沈黙したまま、王を見下ろしている。

 今まで散々見放してきたのに、急にこんなことを言われても困るよな。


「リアム、無理に答えてやらなくてもいい」

「……うん」

「おい、王。今の言葉、俺は覚えておく。破ったらどうなるか分かっているだろうな?」

「はい! 神獣様に誓います!」


 よかった。

 これでリアムが『隣国の残虐女王の王婿になる』とかいう、わけの分からない話もなくなるだろう。


「…………ん?」

「レオ? どうしたの?」


 頭がくらりとして、貧血か? と思ったのだが……違う。

 この感覚は本能で分かる。


「あ、やばい。俺、神界に強制送還されるっぽい……」


 そう言うと、リアムはもちろん、ドリアードや動物たちも驚いた。


「え!? どういうこと? 神獣って何もしなくても、こちらにいられるんじゃないの!?」

『そうって聞いたけど……!』


 あたふたしているところに、空から優雅にアベルの聖獣――鳥が舞い降りて来た。


『暴れて力を使い過ぎたからよ。あちらで体を休めなきゃ。わたくしも契約を切ったし、一緒に帰るわ』


 こともなげに言うが、一緒に帰るとかどうでもいい!

 俺は帰りたくないのだが!

 でも、強制送還を止める術がない……。


「リアム! 俺、神界で休まないといけないらしい……!」

「そんな……! レオ! 僕を一人にしないでよ!」


 俺だって一緒にいたい!

 でも、体がどんどん透明になっていく――。


「リアム! 必ずまた俺を呼び出してくれ!」

「でも! 再召喚なんてできるの!? 人生に一度だけだって――」

「お前ならできる! 必ず、必ず召喚してくれよ!!」

「レオ――!」



 リアムの姿が見えなくなった瞬間、見覚えのある雲一つない青空と草原が目に入った。

 爽やかな風に、長く育った草が、波打つように揺れている――。


「リアム……」


 あっけなく俺と主人は引き離されてしまった。


「突然の別れ過ぎるだろっ!! 無慈悲っ!!」


 俺はその場に崩れ落ちた。

 つら過ぎる……せめて心の準備をする時間が欲しかった!


「仕方ないじゃない。あなたが冷静に対処しないからでしょ。あなたは、大きすぎる力を持つには、精神が未熟だったのよ、未熟」


 本当にアベルとの契約を切ったようで、一緒に戻ってきた鳥が、地面に伏して大泣きする俺の前に立った。


「打ちひしがれている俺に、その追い打ちはひどくない?」

「だって、事実だもの。厄神にならなかっただけでも、よかったじゃない」

「厄神? 俺ってそんなものになりかけていたのか? リアムを殺されたと思って、頭に血が上って……」

「それが未熟だったと言っているの。結果的にはよかったけれど、反省することね」

「ぐぬぬ……」


 確かに、俺のせいで救えたリアムを死なせてしまっていた可能性もある。

 リアムに再召喚して貰えるまで、反省しよう。


「それにしても、こんなことになるとは……」


 王妃とアベルは罰せられるだろうし、王に言いたいことも言えた。

 だから、すっきりはしたのだが……。

 リアムにしばらく会えなくなるなんて寂しすぎて死ぬ。


「まあ、気長に待ちなさい」

「なあ、鳥。再召喚って難しいのか? さっきリアムが言っていたけど、どうして人生に一度なんだ?」

「それは人が作ったルールよ。不可能なわけじゃないから安心しなさい。あの子ならきっと周囲を説得して、あなたを呼んでくれるでしょう。信じなさいな」

「……そうだな。ありがとう」

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