異世界行ったら嫌われ美少年の犬になりました

花果唯

第1話 社畜の生活

「朝の光が沁みる」


 現在、午前六時。土曜日から日曜日になり、空はもう明るい。

 こんな時間に帰宅だなんて、オールで遊んで朝帰り……というわけではなく、単純に仕事が終わらなかったからだ。


 神代佑真、二十七歳。自他共に認める社畜だ。

 同僚達は日曜休日を確保しているのだが、俺にはそれがない。

 何故なら同僚達が土曜日までにできなかった仕事を、俺が捌いているからだ。


 こんな有様になったのは、新婚なのに滅多に家に帰れない後輩が可哀想で、残りの仕事を受け持ってやったことがきっかけだ。

 俺と後輩のやり取りを見ていた周囲が、俺に何かと頼んでくるようになったのだ。

 俺は同僚達とは違い独身だし、帰りを待っている人もいないからいいけど……。


「さすがに毎週末これはきついって……。でもまあ、転職するのも気が重いんだよなあ」


 仕事内容は嫌いじゃないし、今取りかかっている企画を放り出すわけにもいかない。

 もう数年お金を貯めて、二、三年働かなくても生きていける貯金額になったら、会社を辞めてしばらくのんびりしようか。

 両親はもう他界しているが、地元に戻って実家をDIYで綺麗にしてみるのもいいかもしれない。


 そんなことを考えていたら少し元気が出て来たが、今はとにかく眠い。


 マンションに着き、エントランス前にあるポストを開ける。

 郵便物を回収していると、エレベーターから子犬を抱いた人が出てきた。


「あ、神代さん! おはようございます」

「……おはようございます」


 子犬を抱く姿も絵になる爽やかなイケメンに挨拶され、軽く会釈をした。

 彼は隣の部屋の住人で、マンションや周辺で時折遭遇する。

 えっと……頭が働かなくて名前が思い出せない……。


「神代さんは、今お仕事帰りですか?」


 くたびれたスーツ姿の俺を見て、イケメンは察してくれたらしい。


「ええ。そちらは散歩ですか? 朝、早いですね」


 彼の腕には、ちゃんと世話をして貰っていることが分かる綺麗な毛並みの子犬がいる。


「はい。陽が昇ると暑くて可哀想なので、いつもこの時間と夕方に散歩するんです」

「そうなんですね……」


 間違いなく俺よりも気遣われて大事にされている。

 人じゃないのに、俺よりも人権がある。


「では。お引止めしてすみません。ゆっくり休んでくださいね!」


 そんな優しい言葉と笑みを残し、イケメンは去って行った。

 その背中を見送りながら呟いた。


「あのイケメン、俺のことも飼ってくれないかな……」


 飼われるなら、会社に飼われるよりあのイケメンに飼われたい。

 彼なら甲斐甲斐しく世話をしてくれるだろうし、絶対に美味い飯を与えてくれる。


「俺、生まれ変わったらあの犬になろう」


 そう呟きながら自分の部屋の鍵を開け、扉を開けた。


 すると――。


「…………!?」


 1DKの寂しい独身男の部屋に戻ってきたはずなのに、そこには真っ白な空間が広がっていた。


「部屋、間違えたか?」


 とりあえず、一旦閉めてみるかと動き出したところで、真っ白な空間が広がり始めた。


「眩しいっ! …………? 何、……だ?」


 顔を背けた瞬間、くらりと眩暈がした。

 やばい、と思ったその時にはもう、体が倒れかかっていて、俺はなす術なくその場に倒れ込んだのだった。

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