第十六話 また転がってきた

「転んで怪我したのか?」

 由貴が渚の膝を手当てしながら尋ねた。渚の白い脚を見て、由貴は少しドキドキしていた。


「リップクリームを落としたの。拾おうとしたら、目の前で何か白いものが動いて、それが気になって追いかけたの。そしたら最後に……ズコーって転んでしまったのよ。30歳の大人がこんなことになるなんて恥ずかしいわよね」


 虹雨は少し驚いた表情で答える。

「膝から血が出てるし……誰も助けてくれなかったのか? それに、スマホは?」

「スマホは持ってたわ。ちゃんと電話もしたのに……」


 由貴が自分のスマホを確認すると、確かに渚からの着信があった。


「あ、すまん。気づかんかったわ」

 渚は消毒液が染みて、少し顔を歪めた。


「車はたくさん通ってたけど、人はあまりいなかったのよね。でも、たまたまタクシーが通りかかって助かったの」


 虹雨は何かに気づいたように言った。

「ちょっと待って、さっきの話をもう一度詳しく聞かせて」

「どこから?」

「リップクリームを落としたところから」

「……リップクリームを落として、白いモノが目の前で動いて、それを追いかけて……」

「その白いモノって、もしかして図南高校の……」

「あ、そうそう! 図南高校の今日来ていた生徒さんとの打ち合わせだったの。怪奇部でなくて学園祭でカフェをやるクラスとの予定で……」






 その後、由貴の運転で図南高校の通学路の坂に向かう。

 近くのコンビニに車を停め、2人は現場を調査した。通学路の看板が目に入る。


「この坂、車通りが激しいな。タイミングが悪ければ、本当に車道に転がり出て事故になる可能性がある」

 虹雨は坂を見回しながら呟く。特に幽霊の気配は感じられなかった。


「白いものについて……渚さんに描いてもらったんだけど」

 由貴がメモ帳を見せる。虹雨はサングラスを上げて、じっくりとその絵を見る。


「これ、白い綿?」

「綿というか、こういうふわふわしたマスコットみたいな感じ」

「マスコット……ねぇ。でもどう見ても綿だよね」


 由貴は熱心に言った。

「僕はこの綿の正体を解明したい!渚さんが怪我した原因だし」

「結局、由貴も綿だと思ってるじゃん」

「いや、そういう問題じゃなくて……!」


 その時、坂の上から

「ああああーっ!」

 という叫び声が聞こえた。


 虹雨と由貴が振り向くと、女子高校生が転がり落ちてきたのだ。後ろには誰もいない。


「大丈夫か?!」

 体の大きい由貴が、転げ落ちてきた女子高校生を抱きとめた。

「……ありがとうございます……痛い」

「動かないで……すぐ病院に行ったほうがいい」

「は、はい……。でもそれよりもさっきの白いふわふわ……」

 女子高生もその白い綿を見ていたようだった。自分の怪我よりも綿を気にするのかと思いながらも女子高生の体を起こし、念のため怪我人に遭遇するであろうと由貴が持っていた救急バッグで軽い手当てをする。


「安心してください、一応昔僕バイトでライフセーバーの仕事もしてたこともあってそれなりの講習は受けているので……」

「ありがとうございます」

 と由貴の意外な過去はさておき。


「どの辺りから追いかけたんだい?」

「うーん、あの辺りかな。可愛く動いてて……それを追いかけたら、足を引っ掛けて転げ落ちちゃった。そんなに急な坂でもないのに、おっちょこちょいだなぁ、私」


 虹雨と由貴は顔を見合わせた。

「……渚さんと同じだ」

「え? なんですか?」


 虹雨は驚いた様子で返した。

「いや、なんでもない。ところで、その白い綿の噂を聞いたことはある?」

「はい、追いかけちゃいけないって。でも、いけないって言われると追いかけたくなりますよね」

「まぁ、そうだな……」

「だって、可愛かったし」


「噂を知っていたのに、つい追いかけてしまったんだな……渚さんも同じように知らなかったけど追いかけてしまったんだな……」


 その後、女子高生は親に電話し、2人は説明をした。最初は見知らぬ男2人が、と怪しまれたが、女子高生が助けてもらったと説明したことで、なんとか納得してもらえた。

 由貴も財布に医療講習をしたカードを持っていたためそのおかげでもある。


「なんか不思議の国のアリスみたいやな。ウサギを追いかけたらメルヘンワールドに行っちゃった感じ……」

「でも、追いかけたら怪我をしたり、事故に巻き込まれる可能性もある。俺たちがここにいても、その白い綿は出てこないし」

「怪我した人や絡んだ人たちの共通点を調べるしかないな」


 先ほどの女子高生と渚の共通点を考えると、女性であること、小柄であることくらいしか浮かばない。


「でも、渚さんってアラサーだけど、童顔だから高校生に見えるよな」

「……やっぱり、由貴もそう思ってたか。本人は喜ぶか知らんけど」


 2人は坂を上る。途中、先ほど転んだ女子高生と同じ制服を着た生徒たちが下っていく。


「髪型も自由になったもんだなぁ」

「茶髪にしたら全校生徒の前で説教されて、白髪染めを渡されて黒く染めてこい! だなんて言われてたもんなぁ」

「多様性ってやつか? スカートじゃない女子生徒もいるし」

 とあれやこれや話しているうちに図南高校までたどり着いた。

 特に何もなかった。


「なんもあらんやん」

「……おかしいな、また下るか?」

「えー、この坂道きつい!!」

 虹雨はスタスタっと降りていく。由貴は息を切らしてついていくのにやっとである。

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