第六話 これ以上は……


「にしてもびっくりだな」


 由貴は動画を編集している。しかし、アクティブな登山の影響で全身に湿布を貼り、部屋にはツンとした湿布の匂いが漂っていた。


「あのまま除霊していたら、かすみさんは死んでしまう、本当あれ1番厄介なやつや」


 バスローブを着た虹雨が風呂場から出てきた。毎晩塩風呂に入っているが、今日は疲れが取れると聞いた炭酸の素を入れた風呂に入ったため、その匂いも相まって部屋の中には独特の匂いが漂っていた。


「生まれ変わりではなくて乗り移りか……。髪の毛だったら切られたら終わりだし、皮膚や目玉も同じだよな」

「目玉に乗り移るケースは聞いたことがあるけど、筋肉に乗り移るってのは初めてやな……」


「筋肉に乗り移った藤澤さんは、自分の声を聞いているのだろうかって言われた時は……『筋肉に声をかけてみてください』って言おうと思ったけど……さすがにねぇ」


 すると、由貴が腕を捲り上げて言った。

「おい、この筋肉! 筋肉痛はいつまで続くんだいっ!」


 虹雨はその光景を見て大笑いした。

「そう、それそれ! あそこでは言えなかったけど!」


「意識がないから、聞こえないだろうけど、意思疎通ってどうなるんだろうなぁー」

 と、今までにないことで盛り上がった。


「それよりも由貴、湿布貼ってくれー」

 と、虹雨がバスローブを脱ぎ、すっぽんぽんになった。由貴は驚いた。


「パンツくらい履けよ」

「炭酸風呂、体がすごく暑くなるなぁー。あれでも疲れが取れん! ふくらはぎがパンパンだから、早く!」


 虹雨はうつ伏せになり、由貴は

「ハイハイ」

 と湿布を貼る。


「ついでに腰も揉んで」

「ハイハイ……って、お前そのだらしない体、なんとかしろよ」

 由貴は虹雨の体を見て笑った。


「除霊師もいつどこで何があるか分からないから、筋トレが必要だなぁ。やるか、明日から。桐生さんにジムを紹介してもらったら、安く済むかもしれんぞ」

「がめついな。でも、明日からか、お前の明日からは、はるか先の話だな……」


 由貴はそう言いつつも、自分の体もダルダルでお腹も出ている。そのお腹を虹雨につままれた。


「お前も言えないじゃん」

「うるせー! そういう家系だ」


 確かに、幼馴染同士だから由貴の家族のことはすぐに思い浮かび、虹雨は納得した。


「残念だが、あのお美しいかすみさんには不釣り合いだね」

 由貴はムッとした。

「筋トレ好きの元彼と、山岳救助隊のマッチョだもんな……婚約してるなら諦めがつく」


 どうやら由貴はかすみに一目惚れしていたようだ。しかし、かすみは桐生に夢中で、結婚も決まっているため、無理な話だ。


「筋肉に乗り移って、今の彼氏と触れ合うって、心中複雑だろうな」

「まぁ、知ったこっちゃない」


「キスする時も、まだしも、ねぇ」


 2人は見つめ合った。筋肉はさまざまなことに使われる。体全身にわたって。


「……」


 2人は深く考えないことにした。

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