第2話 リアルなゲームの世界へ閉じ込める悪役

銀色小鳩様からいただいた設定:

②「ねぇ……一緒にゲームやろうよ……」と誘い、自分の作った緻密なゲームをやらせてハマらせる。「そのゲームを舞台にした箱庭作ったんだけど入ってみない?」と誘い、一緒に入るふりして相手だけ入らせ、神の視点で外から眺めては観察日記をつけ、たまに箱庭の世界に洪水起こしたりして遊ぶ。

https://twitter.com/rLYde3rus2cjqSd/status/1591054544997580802?s=20&t=UelNN10t8i9PsnPLmUIItw


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 大学というのはモラトリアムの時間なんだと、私は居酒屋ぶんちゃかでみんなに熱弁を振るっていた。どうせ4年もしたら社会というろくでもない場所にぎゅっと押し込められる。なら、いま遊ばないのは損だ。

 だからこうして、ましろの部屋にあがりこんで、だらだらとした日々を続けていても、私に何ら問題はない。誰も許さなくても、私は許す。


 ベットに腰かけて何か本を読んでいるましろの膝を枕にして、どうでもいいゲームを遊んでいた。安っぽい快楽が私の頭を満たしてくれる。

 でも、それももう限界……。

 ぽいと手にしていたコントローラを床に投げる。


 「ゲーム飽きた……」

 「先輩はわがままさんですね。人んちに来て、それですか」

 「だってさ……」

 「なら、これ、やりません? こないだゲーム会社へインターンへ行ったときに作ったんです」

 「おお、すっごいリアルだ。画面がきれいだね。あ、これ、大学の周りだ。ここよく行くお弁当屋さんだよね。よくできてる……」

 「ねぇ……、一緒にゲームやろうよ……」

 「なにそれ」

 「このゲームの登場人物です。こんなふうにプレイヤーへ甘えてくれたらいいなって」

 「ギャルゲーかなにか?」

 「いえ、箱庭ゲームです」

 「ああ、ましろが前に作っていたよね。あれ、おもしろかったなあ。なんでもできるし」

 「先輩はアリの巣をいじめるように遊んでましたね」

 「デバッグだよデバッグ。で、これはVRかなにか?」

 「ちょっと没入感を高めるために、目に機材をつけます」


 私は起き上がった。わくわくしながらましろに言った。


 「なんでもいいよ。早くやろう。ましろもやるんでしょ?」

 「はい、もちろん。では、このゴーグルをつけてください」


 手渡されたスノボで使うようなゴーグルをつける。

 まっくらで何も見えない。スイッチどこだろう。手で探っているときだった。


 とん。


 何かに背中を押された。踏み外す。足元に感覚がない。落ちていく。


 「私はやめときます、先輩。このあと何が起きるのかわかっていると面白くありませんから」

 「おい、待て。なんだよ!」


 私の叫びは虚空に消えていく。

 次の瞬間、すさまじい音が私を襲う。ひっかく音、壊れる音、誰かの喋り声。怖くなって耳をふさいで目をつむる。


 地面にふわりと当たった感じがした。


 閉じていた目を開く。

 誰もいない、見知った町がリアルに広がっていた。




 1か月経っていた。

 コンビニはある。食料は勝手に補充されるらしい。腐ることもなく、そこにあり続けていた。

 あれからましろの接触はない。ただ見られているなと思うことはいくつかあった。

 私の誕生日だった日にはバースデーケーキがなぜかコンビニにあったりしたし、ましろとよく行った講堂の屋上は、あのときと同じ夕陽にあわてて切り替わった。


 手かがりを探そうとましろの部屋に行く。本棚をひっくり返し、机の引き出しを開けてみた。


 「日記……」


 それは私の観察日記らしい。あの日からずっと毎日書き続けられていた。

 先輩はやはりきゅうりの一本漬けが好きなんだ、とか、次はビールを飲んでもらえるようによく冷やしておこうとか。

 私を眺めて楽しんでいることがよくわかった。


 私はへたりこんだ。


 「どうすればいいんだ、これ……」


 ページの最後にはこう書かれていた。


 ――先輩と同じことをしてみましょう。デバッグですから。




 翌朝、雨音で目を覚ます。そのままましろの部屋で寝てしまったようだった。目をこすりながらカーテンを開ける。

 バケツをひっくり返したような大雨が窓を叩きつけていた。


 私があのとき何をしたのかはわかっていた。あわてて適当な袋へ目についた荷物を詰めていく。観察日記も入れておいた。

 すぐに水があふれてきた。床を歩くたびにぴちゃぴちゃと音がする。

 雨具を着込むと、意を決して扉を開ける。

 横殴りの雨が、あらゆるものを飲み込んでいた。

 もう外は川のようになっている。

 洪水が起きていた。あのゲームで私がしたように。


 アパートの2階へと急いで階段を上がる。息をつく間もなく、水がせり上がってきた。廊下の奥の非常用のはしごを降ろして、滑りそうになりながら屋根へと上がっていく。

 吹きすさぶ雨と風の中、私はテレビアンテナにしがみつきながら、叫んでいた。


 「くっそ、ましろの奴! あとで覚えてろ!」


 寒さと疲労が限界に達したとき、ようやく雨が止んだ。

 ゆっくりと慎重に、その場に立ち上がる。

 街は水の中にあった。水面から突き出た屋根や木の先だけが、雲の合間から差してきた陽の光に照らされていた。


 私は生きてしまった。

 屋根の上で笑った。

 ひとしきり笑ってから、抱えてた荷物をまさぐる。いろいろなものが袋から落ちていくがかまわない。ようやく欲しかったものを手に取る。


 「まさか自殺するとは思わないだろ!」


 私は首に包丁を素早く押し当てる。

 その瞬間、ぼろっと包丁が土くれのように崩れた。


 「はは、なんだよそれ……」


 足元に落ちた観察日記に目を止める。風でページがめくれていく。最後の何もないページに文字が浮かんでいく。


 ――それもプログラミング済みです。敷かれたレールからはみ出たかったのでしょう? 大人達がいやだったのでしょう? ここならずっとモラトリアムです。


 「ここだってお前が作った世界だろうが!」


 ――なら、早く、創造主に刃向かってきてください。せんぱい♡


 ハートマークかよ……。

 お前が甘えてどうするんだよ……。


 「このバカッッッッ!! 二度とお前とはゲームしてやんねーッッッ!!」


 私は水に浸った街へ、観察日記を力いっぱい放り投げた。

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