第3話  ウマなの? ねえ、俺、ウマなの? #3

 舌なめずりして周囲を見回すと、自分が馬群につつまれていることがわかった。


 ウマの目は350度を見回すことができるっていうが、本当だね。後まで、よくわかる。


 レースは三コーナーから四コーナーに入るところ。


 右には、例のでかいウマ。左には芦毛がいて、動くに動けねえ。


 これは、様子を見るしかない。


 この競馬場は元の世界と同じトラック型で、走っているのは芝のコース。


 俺たちの時代に比べれば、整備されてはいねえが、それでも大きな問題はない。


 流れだって変わらねえ。


 そう。我慢して直線で馬群が割れたところで、勝負に出る。一瞬の切れ味でぶっちぎる。それだけの能力が俺の身体にはあった。少なくともあると思っている。


 それまでは、じっと我慢だ。


 俺は包みこまれながら、四コーナーを回る。


 直線入口。レースが動いて、大外からまくった青毛が前に出た。


 それにあわせて、例のでかい奴が内で伸びていく。


 騎手が大きくアクションし、鞭を振るう。


 前に出るウマと遅れるウマとのギャップで、内側に隙が出る。


 よし、そこだ。行くぞ。


 俺が突っ込もうとしたところで、騎手が強引に手綱を振る。


 外に持っていこうとしている。


 はああ、何を考えているんだ。外に持ち出したら、間に合わねえだろうが。


 内だ、内。あの一頭分だよ。そこを突くんだ。


 俺は頭を向けるも、騎手は逆らって、あくまで外へ引っぱろうとする。


 痛え。くそっ。何、無茶しやがる。


 仕方ねえ、こうなったら、やるしかねえ。


 俺は騎手の指示に従うふりをして、外に向かう。


 だが、大外までは行かない。例の白毛と鹿毛の間に隙間があって、そこに無理矢理、鼻面をねじ込んでいく。


 狭くて、馬体がぶつかる。


 白毛のウマが身体をふくらませて、怒りを露わにする。


 わかってるって。だが、勝つにはこれしかねえんだよ。


 いいから、どけ!


 気力をふりしぼつて、俺は前に出る。

 騎手が激しく鞭を振るい、尻が痛む。


 くそっ、こいつ、本気で叩いていやがる。鞭を打つときは、軽くなでるぐらいで十分なのに。


 ひどく息が苦しい。足に力を込めるが、なかなか前に行かない。

 

白毛と並んでかわすが、左隣の鹿毛がなかなか下がらない。並んだままだ。


 くそがっ!


 俺は、思いきり頭を沈めて、前へ出る。

 呼吸を止めて、ただ走ることだけを考える。


 鹿毛は振り切った。あとはどいつだ。どこに敵はいる。


 視線を右に向けたところで、白い板が視界に飛び込んできた。


 ゴール板。と思った時には、俺はその前を駆け抜けていた。


 騎手が手綱をゆるめて、スピードを落とすように指示を出す。


 回りを見ると、他のウマも速度を落としつつ、一コーナーに向かっていく。


 俺を追い越していくウマもいるが、ちょっと前までの緊張感は薄れている。


 レースは終わった。


 結果はどうなった。勝ったのか、負けたのか。


 おい、騎手、何とか言えよ。


 俺だって勝った時には、首筋ぐらいはなでてやったぞ。おい、どうなんだ。


 首をひねって、馬上を見るも、赤と黒の服を着た男は反応を見せなかった。ごつい顔はひどくひずんでおり、怒りすら感じられる。


 何なんだよ、おい。俺が何かしたか。


 荒々しく手綱を引っぱられて、俺はコースを引き返した。


 一コーナーの手前あたりからコース外に出る場所があって、そこまて行くと騎手はウマから降りた。自分の手で鞍を外すと、その先の部屋で、正しい重量で乗っていたかどうかの検量に入った。


 そこまで一言もなし。これ、ひどくね?


 俺がぼんやりしていると、奥から、短い髪の女の子が姿を見せた。茶色の皮の服を着ていて、首には引き綱をかけている。


 いつも見ているその顔が笑っている。今までにない、いい顔だ。


「やったね。クロン。よくがんばったよ」


 お、弾んだ声だ。もしかして。


「勝ったよ。ぎりぎりで。よくあんなせまいところを抜けてきたね。偉いよ!!」


 女の子が、俺の頭を思いきりなでる。

 

 それで、自分がきっちり仕事をしたことを知った。

 よし、勝った、勝ったぞ。

 これで未勝利脱出だ。


 やっぱり一着でゴールするのは気持ちがいいね。ざまをみたか。


 ちょうど騎手が帰ってきたところで、俺は思いきりにらみつけてやった。


 そいつの顔は強ばっていて、視線も前に固定されたままだった。目は吊りあがっていて、口元も大きくゆがんでいる。


 なんだよ、その顔は何を怒っているんだよ。


 まったく。勝ったウマを褒めないなんて最低だぜ。


 騎乗も下手くそだし。もう少ししっかりしてくれよな。


 他のウマを尻目に、俺がスピードを落として、コースから出た。


 これで、やることは終わった。きっちり勝ったから、義務も果たした。最低限だけどな。


 ふふんだ、これが実力ってやつよ。


 これで、しばらくはのんびりできるだろ。なんて言っても勝ったんだからな。


 俺、偉い。




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