第78話 暴かれた過去~そして~ 5

「ゲオルグ陛下」


 激しく燃える瞳で、フィーアは問いかけた。


「フォーゲルザンクの王政が復活すると聞きましたが、何故ですか?」

「どうしてそんなことを知りたいのだ」

「我が国と関係がありそうだからです」

「うむ。案外馬鹿でもないのだな、フィーア」


 ゲオルグは楽しそうに語り始めた。


 フォーゲルザンクの皇太子に王政の復活を認めると打診した。その条件として、シュタインベルグに攻め入ること。

 王女フィーアは殺さず、奴隷商に売ること。

 そして、帝都の奴隷市でフィーアを人知れず買い上げるつもりだった。

 奴隷商人には、フィーアを売らない条件で金を渡していたのだが、どういうわけかエルンストに売ってしまったこと。

 

 すべて自分の手のひらで起きたことだと、ゲオルグは自慢げに話したのだった。


「役に立たない奴隷商は、今頃鎖に繋がれていよう」


 フィーアの心は激しく乱れた。


「元をただせば余の求婚を断ったそなたが悪いのだ。計画は失敗したが、そなたにはそれ相応の報いを与えてやっただけのこと」


 求婚を断ったから――。たったそれだけの理由で両親は死に、私は国を追われた。


 ゲオルグは笑っている。


 私が憎いのならば、私に報いを与えればいい。 

 国を混乱させる必要は無かった。


 許せない。神に代わって天罰を与えてやるっ。


 メイド服に忍ばせていた短剣を取り出すと、ゲオルグに襲いかかった。

 

 エルンストが止めに入ったが一瞬、間に合わなかった。

 突然のフィーアの行動にゲオルグも驚いて尻もちをつく。


 心臓にとどめを刺そうとした時だった。


「あっ」短い声とともに、短剣は床に落ちた。


「あなたのお気持ちは分かります。けれど、あなたを皇帝殺しの罪人には出来ません」


 ファーレンハイトだった。


「離して下さいっ!どうせ殺されるのですっ!」


 フィーアはファーレンハイトに後ろ手を取られていた。


「閣下」


 そして、エルンストに引き渡された。


「どうして黙っていたのだ」


 穏やかな口調で問いただす。


「奴隷となった時から、祖国は捨てていました。それに奴隷が実ははお姫様だったなんて、誰も信じるはずありません」


 そんな二人の耳に、冷ややかな声が届く。


「どうしてその娘を縛らぬ。余を殺そうとしたのだぞ、エルンスト。お前の任務は余の命を守ることであろう。すぐに牢へぶち込まぬかっ!」


 ゲオルグの残虐性が発揮されようとしていた。

 苦い表情をしたファーレンハイトが「閣下」と静かに呟くと、フィーアの腕を掴もうとした。


「フィーアは渡さぬ」


 ファーレンハイトの手を払う。


「閣下っ!」

「この命に代えてもフィーアは渡さぬ」


 エルンストは剣を抜くと、ファーレンハイトの喉元に突きつけた。

 近くで見ていたコンラートの足はガタガタと震えている。今にも失神しそうだ。


「ファーレンハイト何をしておるっ。さっさと捕えんかっ。でないのなら、外で控えている衛兵を余が自ら呼んでくるぞっ!」


 ファーレンハイトの喉に突きつけられた剣は微動だにしない。


「許せ、ファーレンハイト。俺は今ここでお前と陛下を刺し、フィーアを連れて逃亡すらやってのけるぞっ」


 そんなエルンストにファーレンハイトが耳打ちする。


「冷静になれエルンスト。どう考えても形勢は不利だ。今は俺の言う通りにするんだ。フィーア殿も悪いようにはせん。機会を伺うのだ」


 ファーレンハイトはゲオルグの様子を盗み見ながら話しを続ける。


「もしここでお前が逃亡したら、それを追うのは俺が率いるシュバルツリーリエだ。分かるな」


 エルンストにとって苦渋の決断だった。

 ゆっくりと剣を収めるとフィーアを引き渡す。


「心配するな。俺が必ず助ける」


 フィーアにささやきながら、その頬に唇を寄せた。


「生きてこそだ。お前の恨みも晴らせるだろう」


 そしてエルンストは皇帝の命により、自宅で軟禁されることになったのだった。

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