第24話 宵待ち草 3
もう、後には引けない。
フィーアは仕方なく、落ちていた剣を拾う。
全長七十センチほどのそれは、意表をつく軽さだった。
下級貴族の経済状態を表しているようだ。おそらく、品質が良くて軽いと言うよりは、鋼の量を減らし、混ぜ物でもしているのだろう。その証拠に所々、刃こぼれしている。
貴族の体裁を守るための、お飾りの剣だった。
という事は、相手の男の剣もその可能性が高い。
フィーアは改めて剣を構えなおすと、すぐに金属がぶつかり合うが空に響いた。
いくら酔っぱらっているとは言え、やはり男の方が力がある。フィーアは手首にしびれを感じた。
このろくでもない戦いは、何のための戦いなのか。
そして、決着はどうつけるのか。
まさか相手が死ぬまでってことはないわよね。フィーアは不安になりながら、相手の剣を受け流す。
幼いころに身を守るためにと、剣技を少しだけ習っていた経験がこんな所で役にたった。
フィーアは相手の攻撃を受け流すだけだったから、体力の消耗はそれほどではなかったが、男はそうではないようだ。
何回目かの剣がぶつかる音。一瞬男はよろめき、フィーアはすかさず男の剣を払い、スカートをブワッと跳ね上げて男の背中を思い切り蹴りつけた。
「まだやりますか」
ちょっとはしたなかったかしら。
野次馬からは、「いいぞねーちゃん!」「男のくせに、だらしねーぞー」などと、無責任な声が飛ぶ。
土を削る派手な音をたてて地面に口づけした男は、
「手加減してやったのに!もう許さねぇ!ぶっ殺してやる」
剣を拾うと、フィーアめがけて剣を振り回しながら襲いかかってきた。
やけになりすぎて、隙だらけだ。フィーアは攻撃を難なくかわし、男の手元めがけて渾身の一撃をくらわす。
カーン!
辺りに響いわたる金属音。はじかれた男の剣は宙を舞い、そして地面に落ちた。
「くそっ」
剣を拾おうとした男の背に「そこまでだ」声がかけられた。
声の主はひらりと馬からマントをひるがえし地面に降り立つと、素早い動作で男を後ろ手に拘束した。
「我が領内で、目に余る狼藉だ」
ギリギリと男の腕を締め上げる。
「痛てぇ。た、助けてくれっ」
何とも情けない声をあげた。
「ファーレンハイト、こいつを牢にぶち込んでおけ」
「はっ」
ファーレンハイトと呼ばれた青年将校は、騒ぐ男を手際よく縄で縛りあげると、男を連れて姿を消した。
一連の素早い行動に、フィーアはあっけに取られていた。
一部終始を白馬上から見ていた人物から、
「済んだか?」
と、重く低い威厳のある声がかけられた。
「へ、陛下っ!」
辺りにいた野次馬たちは一斉に地面にひれ伏す。
なんとそこには、カールリンゲン皇帝ゲオルグ三世の姿があった。
「さすがエルンスト、造作もなかったな」
「我が領内にて、御見苦しいものをお見せいたしました」
エルンストはゲオルグの馬の前まで来ると、ひざまずく。
「良い良い。我が領民どもよっ」
ゲオルグは声を張った。
「余の帝国で無益な殺傷は許さぬ」
「へへーーーっ」
野次馬たちはこれでもかと、地面に顔をこすりつけた。
「時に娘、怪我はないか?」
「恐れ多いことでございます、陛下」
自分に話題が振られ、フィーアに緊張が走った。
下げていた頭を、更に下げた。
「おもてをあげよ」
「陛下っ」
エルンストだった。
「この後、皇妃様と観劇の予定がございます。急ぎませんと」
「おお、そうであった。皇妃は遅刻にうるさいからな。娘、そなたの剣さばき、見事であった」
ゲオルグはエルンストに先導されて騎士団を引き連れながら、蹄の音を残して去って行った。
良かった。フィーアはホッと胸を撫で下ろした。
ここで自分の身分がバレる可能性は低いだろうが、念には念を入れたほうがいい。おそらくエルンストもそう思い、機転を利かせてくれたのだ。
無言で一行を見送ったフィーアは、服の埃を払い、買い物かごを手に取ると、再び歩きだしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます