一緒にランチしませんか?〜新米言語聴覚士編〜

@suwwsann

第1話 プロローグ

4月上旬だというのに、街路樹に植えられている桜は咲いておらず、冷たい風が首をなぞる。


秋頃から春の初めにかけて、近くにある山の山頂に滞留している冷気が街へと流れ込んで来る為、心地よい春の風を感じられるのは、もう少し先である。

幾分か、天気のいい日中は、太陽のお陰で暖かいと感じる日が多くなってきたが、朝晩は冷える為、コートや上着が手放せない。


窓からふと見上げた空が、ブルーアワーとなっていた為、おおよその時間を把握した私は、だいぶ長い昼寝をしていた事に気付き、深く濃いため息をついた。


最近、職場の近くにある寮に引っ越してきたのだが、昼夜問わず救急車が出入りしている為、気付かぬうちに、寝不足気味になっていたようだ。

眠りの深さには定評があり、国民的アニメのキャラクターである、眠りの名探偵さん並みに深い眠りに落ちれる為、ちょっとやそっとの物音では起きない事が自慢であったが、慣れない環境では、その強みを発揮できないようだ。


思いもよらない長い昼寝をした悲壮感と、身体の気怠さを感じながらも、トイレへと立った私の目に入って来たのは、医学書が散乱しているテーブルの上に置いてある、電気料金の支払い票だった。しかも、本日が振り込み期日のもの。


電気料金の支払いを先延ばしにしていた自分自身に落胆しながらも、トイレを済ませ、ヨレヨレの部屋着の上からコートを羽織りながら靴を履き、冷たいドアノブを回し、立て付けの悪い扉を開けた私の視界に飛び込んで来た世界は、濃いオレンジや青黒い色が混ざり、一部は紫色に変化していた、ブルーアワーの世界だった。


私は、この空が1番好きだ。


昼寝をしすぎた事や、電気料金の支払いを期日まで引き伸ばしていた自分を、

自然と許容してあげれるくらい、心穏やかになれる。


身体の酸素全部が、一度で入れ替えれるのではないか?と思う程の大きな深呼吸が、自然と出来てしまう。

身体と心が浄化されているような感覚に陥る。


深呼吸を数回繰り返した後に、私の視界に飛び込んできたのは、

私の戦場【職場】だった。


明日からの勤務を考えると、さっきの浄化作用を打ち消すほどの深い溜め息が生まれる。


ブルーアワーに見惚れ、すっかり身体が冷えてしまった私は、「夕飯はコンビニおでんにしよう」と自炊を諦め、コンビニへと足速に向かった。

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