第5話
ビル一階の隅にあるコーヒーチェーン店の横で所在無さげに佇む久遠あずさに近づき声をかける。
「悪いね、こんなとこまで」
「あ、いえ、こちらこそ。お仕事お疲れ様です」
そう答えた久遠あずさは若干緊張の面持ち。スタンドカラーの白いシャツにジーンズとスニーカーというラフなスタイルで、先日家に乗り込んできた時の落ち着いたワンピース姿とは随分印象が違う。
「今日仕事は?」
「有給とりました。ごめんなさい、貴重なお昼休みなのに時間もらっちゃって」
申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、いいよ。どうせ昼飯は食わなきゃだし。あ、イタリアンでいい?すぐそこ。ここの向かいなんだけどランチ安くて旨いから」
そう促して返事を聞く前に歩き出す。
「イタリアン好きです」
そう答えながら久遠あずさは早足でついてくる。
「話って何?陽介からなんか言われた?」
信号待ちの間に単刀直入に問う。
「いえ、陽介とはまだちゃんと話してなくて、あ、連絡はとれてるんですけど」
「そうか。まぁ、ちゃんと話し合った方がいいよ。あいつあんなんだけど、話せないやつじゃないから。……久遠さんの方が付き合い長いしよく知ってると思うけど」
信号が青に変わり再び歩き出す。
「どうですかね」
ワンテンポ遅れて久遠あずさが口を開く。
「何で?長いでしょ。十年くらい?」
わざとぼんやり問いかける。
「十二年目、ですかね」
「長いじゃん」
店についたので話を中断し、案内された席でオーダーを済ませる。
「デザートいる?ここ、チーズケーキ旨いよ。嫌いじゃなければ」
「いただきます」
デザートを追加して、メニューを隅に片付ける。一息ついたところで先程の話を続ける。
「十二年は長いよなぁ。俺が陽介と知り合ってから八年だからプラス四年か。高校からでしょ?すごいよ。あいつ、友達だってそんな続いてるやついないんじゃないの」
「やっぱりそうですよね?」
やっぱりがどの部分を指しているのか判然としなくて適当に相槌を打つ。
「陽介って人当たりよくて誰とでも仲良くなるんですけど、どちらかというと広く浅くっていうか、環境変わると縁も切れちゃうタイプなんですよね。だから深い付き合いの友達っていないんですよ、多分。高校の友達とも疎遠だし。だから、桧山さんは不思議だなって思って」
「え?俺?」
不意を突かれて思わず動揺しそうになる。
「友達と一緒に住むって聞いたときもビックリして。一緒に住むほど仲良い人が居るなんて聞いてなかったし。そんな人がいるなんて思ってもみなかったから。だから、今回の件で女の人かもって思ったりしたんですけど」
バツが悪そうに言う。
「ああ、うん。まぁ、でも俺も頻繁に連絡とってた訳じゃないし」
「そうなんですか?」
「そうだよ。大学出て就職してからは半年に一回飯行くくらいだったし。たまたま転職先が俺んちに近かったから転がり込んできただけで、別に」
思わず一瞬言いよどむ。
「俺が特別なわけじゃないよ。……だから俺の話聞いても陽介との仲戻すヒントにはならないと思うけど。そもそも恋人と友達じゃ違うしな」
「そうですか」
久遠あずさはそう言うと、一拍なにやら思案して再び口を開く。
「おふたりは大学時代のバイト仲間だったんですよね?」
「そう。居酒屋ね。あいつ人当たりいいからオーナーからは好かれててさ。皿割りまくるくせに。なんかムカつくんだよな」
「ああ。わかります」
「俺なんて酔っぱらい嫌いだから、あ、久遠さんお酒は?」
「まぁ、嗜む程度ですかね」
「そっか。うん。で、まぁたちの悪い酔っぱらいに絡まれるとさ、たまに、喧嘩になっちゃって。で、陽介があの調子で間に入って丸く収まめてくれるわけ。なんか最後は酔っぱらいと仲良くなってさ。で、オーナーはますます陽介を可愛がるんだよ」
「桧山さんは?」
「めちゃくちゃ怒られる」
「でも皿も洗えないんだぞ?ほんとすっげー割るんだから」
「うちの皿も割られました」
そう言って笑う。
「穏やかそうで無害な感じだからみんな寄ってくけどさ、何にも考えてない中身空っぽのポンコツじゃん。普通、離れたら追っかけてまでわざわざ友達続けようって思わないのよ」
言ってから、しまった、と思ったが、久遠あずさは特に気にする様子もなく笑っている。
「結構言いますね。すごいわかるけど!」
「良いんだよ。それくらい言わなきゃやってらんないよ」
安堵の息が漏れそうになるのをなんとか耐えた。
「ですかね」
「そうでしょ。久遠さんが一番よくわかってんじゃないの」
「まぁ、そうかもしれません。……なんか、もっと他にいい人いるだろうって思うんですけどね」
揺れているんだろうな、と思う。先日の、潮時、といったときの諦念の顔が浮かぶ。
「そりゃ、いい人なんかいっぱいいるだろうけどさ、理屈じゃないでしょ、こればっかりは。簡単に諦められたら苦労しないよ」
最後はもはや、誰に対して言っているのか自分でもわからなくなって誤魔化すように続けた。
「だから、後悔しないようにちゃんと話し合った方がいい」
「ですね。そうします」
短いランチを終えて店を出る。
久遠あずさは、呼び立てたのは自分であるから代金は全額自分が負担するといって聞かないので、仕方なくこちらが折れた。
「女の子にごちそうになるなんて初めてだよ」
せめてもの苦情を申し立てる。
「そんな感じします」
そう言いながら楽しそうに笑う久遠あずさを見て、だったらそっちが折れてくれよ、という言葉は飲み込んだ。
地下鉄で帰ると言うから一番近くの入り口まで案内すると、そういえば、と思い出したように言う。
「この間お家にお邪魔したとき名乗る前に顔見てわたしのことわかってくれたじゃないですか。あれ、不思議だったんですよね。お会いしたことないのになって」
久遠あずさの視線が真っ直ぐに刺さる。
「ああ、まぁ、写真見ことあったからね」
「写真、ですか」
「営業やってるとさ、人の顔と名前覚えるの得意になるのよ」
人差し指で自分の頭をトントンと指しながら言う。決して、嘘じゃない。
「そうなんですか、すごい、特技だ」
それから数日後、仕事から帰ると、珍しく先に帰宅していた陽介が、ちょっと、あの、と不明瞭なことを呟きながら俺の回りをデカイ図体でうろちょろまとわりついてくる。鬱陶しい。
「なに?なんなの?」
「次の土曜日、仕事ないでしょ?暇?」
「仕事はないし予定もない」
極めて簡潔に答える。
「実は、その日あずさがここにくることになって」
ああなるほど。決着をつけるきか、と合点する。
「いいよ別に。おれは適当に出とくから呼べば良いじゃん」
そう答えると陽介が慌て出す。
「いや。そうじゃなくて」
「あ?なによ?」
「宏樹に立ち会ってほしい」
「は?」
「だから、あずさと話し合いするから、二人が感情的にならないように宏樹に間に入ってほしい。あずさもそうしてほしいって言ってる」
ふざけんな。なんでだよ。ふたり揃ってなに言ってんだ。
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