転生前の記憶が戻ったので、お嫁さんたちを助けます 〜モラハラDV夫は異世界でも〜

@Miazu3

第1話


「おい、お前今日1日何してたんだ! パートの分際で家事すら満足にできないのか!」


 また嫌なものを思い出してしまった。

 ある日突然転生前の記憶が戻った私は、こうやってときどき嫌な思い出が蘇ってくる。


 転生前の私はしがないパート主婦。夫は家事育児には無関心だったが、なんとか二人の子どもを育て上げた。

 当時そんな言葉は浸透していなかったけど、今考えると夫はモラハラというやつだった。


 転生してからはそんな生活とも無縁で、周囲も羨むような結婚生活を送った。しかし夫は先の大戦で戦士、私は現在前公爵夫人として未亡人となりそれなりの余生を楽しんでいる。

 領地は息子と義弟に任せているので、王都のタウンハウスには私と数人の使用人たちしか住んでいない。


 今日は少しお買い物にでも出掛けましょうか。

 たまには外商からではなく、直接出向くのも楽しいかもしれない。

 私は呼び鈴を鳴らして、使用人に街への支度をたのむのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「夫人、ありがとうございました。今度は私のほうから伺い致しますね」


 お得意の宝飾店で買い物を楽しんだ私は、店主の開けたドアから雑踏へ歩を進める。


「たまにはこうやって街を眺めるのも楽しいわ」


 雑踏を歩くのもほんの数メートル。すぐに馬車に乗り込んだ。

 馬車をゆっくり進めてもらいながら街を眺め、めぼしい店を探す。


「次は屋敷の皆に菓子でも買いたいわ。あと領地の方にも少し日持ちするものを届けたいわね」

「奥様。それでしたら、すぐ近くに最近人気のお店がございます」


 じゃあそこにお願い、と御者に指示を出す。

 角を曲がったところで馬車が停止した。


「あら、もう着いたの? 本当にすぐ近くだったわね」

「いえ、もう少し先のはずなのですが……」


 そういうメイドは御者に止まった理由を尋ねてくれる。


「あ、あの奥様……実はですね、道が混んでると言いますか……。その、前に停まってる馬車がどうも揉めているようでして……」


 御者は状況が掴めないのだろうか、歯切れの悪い返答を返す。

 揉めている? 一部の市民は悪徳貴族と呼ばれるような人たちを恨み、進行を妨害することもあるけれど……。

 それにしてはあまりにも静かすぎるのではないだろうか。民衆の怒声は聞こえてこない。


「いいわ、私が降りて見てきます。揉めているのであれば仲裁ができるかもしれないわ」


 そう言って馬車を降ろしてもらうのと同時に、前方に停まっていた馬車の扉が開く。


「もうお前など知らん! 勝手に帰れ!!!」


 そんな怒声と共に馬車から転がり出てきたのは紺色のドレスを纏った女性だった。

 高さのある馬車から突然押し出されたのだ。綺麗に着地できるわけもなく、地面に叩きつけられる。

 馬車は勢いよく扉を閉めて走り去って行った。

 チラッと見えた家紋はモランタル男爵家のものだった。


「ああ、旦那様……! そんな、ここから帰るなんて……」


 降ろされた女性は呆然と馬車の走り去った方向を眺めている。

 それもそうだろう、男爵家はこの王都の中心から少し外れた場所に邸を構えているからだ。地の利がある健脚でも一〜二時間はかかるだろう。

 ドレス姿の女性の足ではそれこそいつになるか分からない。


「もし? 大丈夫ですか?」

「えっ? あっ、はい……わたしは大丈……。あ、あなたは、ピオニー夫人!!」


 女性は私を認めると急いで立ち上がり淑女の礼をとる。


「ごきげんよう、今は礼儀は気にしなくて大丈夫よ。ええと、あなたはモランタル男爵夫人ね」


 何度か夜会で見かけたことのある顔だ。

 いつも自信なさげに男爵の三歩後ろをついて回っていた。


「は、はい。エネメール・モランタルでございます。先程は大変見苦しいところをお見せしてしまいまして……」


 男爵夫人はそう言って先程のことを思い出したのか、俯いてしまった。


「とりあえずエネメール様、とお呼びしてよろしいかしら? 私の邸にいらっしゃいません?」


 男爵夫人はなかなか首を縦に振らなかったが、どうにか承服させて邸に連れ帰った。

 使用人に湯浴みの準備と汚れて破れてしまったドレスの繕いをお願いする。


 馬車の中で、男爵夫人はぽつりぽつりと話してくれた。


「私が悪いんです」

「いつも旦那様を怒らせてしまう」

「行く先のない私を拾ってくれたんだから」


 そう呟かれる言葉はどれも自分自身に言い聞かせるような内容だった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「すみません、こんなに良くしていただいて……。こんな高価なドレスまで……」

「いいのよ。そのドレスは昔の私の着てたものなの。少し古いデザインで捨ててしまおうか悩んでいたものだから、思いがけず役立って嬉しいわ」


 そのまま庭へ連れていく。庭は既にティータイムの準備が整っていた。


「お掛けになって。差し支えなければ、どうして馬車を降ろされてしまったのか教えてくださる?」


 そう微笑みかければ、男爵夫人はおずおずと教えてくれた。


「今日は旦那様の杖と夜会服を買いに出掛けたのです……」


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 旦那様は常日頃から、妻は家を影から支え慎ましく、夫の三歩後ろを歩くべきだと仰っておられました。


 私は貧乏な子爵家の出ですので、もし離縁されても実家に戻るなんてことは出来ませんし、実家にも旦那様にも……うちの使用人にも迷惑がかかることになってしまいます。


 今日は旦那様も機嫌がよくて、妻が一番夫の好みを知っているんだから買い物に付き合えと仰いました。

 ブティックを何件か回ってお洋服や杖をご提案したのですが、旦那様の気に入るものは見つからず……。

 どんどん不機嫌になってしまわれたのです。


 値段が高ければ私を浪費家と言い、お手頃な価格ですと貧乏子爵家の出だからと……。

 何をお勧めしてもだんな様のお眼鏡に叶わず、結局は馴染みの店を邸に呼ぶことになりました。


 結局は旦那様を連れ回しただけという結果になってしまって、馬車の中で申し訳ございませんと申し上げたのですが、それが更にお気に召さなかったようでして……。


「今ここで、すぐに馬車を降りろ!!!」


 と突然馬車をお止めになりました。

 さすがに馬車を身一つで降ろされてしまっては帰る手だてがございません。

 使用人たちは旦那様に逆らえませんので、私に付き添うことはしませんでしょう。それにお金は全て旦那様が管理なされていますので、辻馬車を拾って帰れたとしてもお支払いいただけないと思います。


 必死に今馬車を降りることだけはお許しくださいと申し上げたのですが、旦那様には聞く耳を持ってもらえず。


 ……あとはピオニー夫人のご存知の通りですわ。


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「本当にお恥ずかしい話でございますわ。私が至らないばかりに……」


 そう俯く男爵夫人はそっとハンカチで目元を押さえた。

 私はその姿をみて、転生前の在りし日の私を思い出していた。

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