第2話 ようやく見つけました!

 大学でも美女として名の通っている東条さんに告白してからい一ヶ月が過ぎた。

 最初こそ失恋のショックで満足に食事が喉を通らなかったけど(けして二日酔いではない)今ではすっかり吹っ切れている。

 さすがに五十回もフラれれば、立ち直るのも早くなる。


「なぁ葵、オレに足りないものってなんだろう?」


 千葉県にある工業大学三年に通うオレたちは、次の講義まで余った時間を有効活用するために二号館の展望ホールで自習していた。

 いつもつるんでいる翔太と勇気は抗議中なので、今はオレと葵の二人だけだ。


「お金」

「いやいやそうじゃなくてだな、わかるだろ?」

「経済力は大事よ。とくに今後の人生は」

「そりゃそうだけどオレが聞きたいのはそうじゃない。てかまだ学生だし」

「って言ってももう二十歳越えたからね、あたしたちも。学生だけど大人だし」

「そりゃな。でも聞きたいのはあくまでオレに足りないものだ」

「だからお金」

「だから違うっての」


 このまま続けても無限ループになりそうだ。


「なんて言うの? 男としての価値というか魅力ていうか、女性を魅了するもので何が足りないのかが知りたいんだ、女性目線で!」


 こんなこと言わせるなよ、恥ずかしい。

 てかお金って現実的でロマンチックの欠片もない。


「う~ん……イケメン度?」


 ずっとノートを書き込んでいた葵は顔を上げてオレの顔を見てきた。

 いやいや、今更そんなマジマジと見なくとも知ってるだろ。

 お前、オレとどれだけ長い付き合いだと思ってんだ。


「お前……親から受け継いだオレの容姿に文句があると」


 ちなみに自分の評価では、可もなく不可もなく、まさに平均的な位置だと思っている。

 特別モテるわけでも、特別嫌われるほどでもない。いや、モテたことはないんだけどな!


「自分から聞いたくせに。言っておくけど、女子だってイケメンが好きな子多いからね。美女が好きなあんたと同じで」

「そりゃまぁ……わかるけどよ」

「あとは話してて面白いとか、この人なら自分を守ってくれるって感じられる瞬間があったりとかじゃない?」

「おっ、その二つなら少しは自信あるぞ」

「えっ?」


 葵が何言ってるのこのバカ? って顔をする。


「ちょっと待て、それを否定されるのはさすがに変だろ。オレのことをフっていった女性たちは大抵オレのことを『真面目で頼りがいのあるいい人』と評価してたぞ」

「それは必要以上に傷つけないために配慮してくれてるだけでしょ。いい人って大抵どうでもいいって意味だから」

「えっ、そうなの?」

「そんなのもわからないから、あんたは五十回もフラれるのよ。もっと養いなさい、目を」

「…………」

「それに頼りがいがあったとして、守ってくれるって感じられるかは別ものでしょ。あとあんたの会話はそれほど面白くないしぃ」


 ぐうの音も出ない。

 フった女性ですら配慮してくれてるのに、この幼馴染みは全く配慮してくれない。

 長い付き合いだからこそ、率直な意見をくれていると言えなくもないが、もうちょっと優しくてもいいんじゃないですかね?

 夫婦レベルでズバって言ってきてるよ、チミは。

 言葉を無くしたオレはしゃべるのをやめて、とある授業で出された課題に取り組み、ノートを書き込んでいく。


「ねぇ……あやにフラれた日の飲み会のこと、あんたは本当に覚えてないの?」


 黙って課題をこなそうとすると、今度は葵の方から話題を振ってきた。


「何度も言ってるが、あの日は相当飲んでたから記憶がねぇよ。五日くらい二日酔いが消えなかったんだからな」


 果たしてそれを二日酔いというのかは知らないが、あの後オレはホントにしんどい思いをした。

 あまりの酷さのせいで、この幼馴染みは一人暮らしのオレの家にきて、看病してくれたくらいだ。


「ふぅ~ん、そっかぁ」

「なんだよ、含み持たせて」

「いやぁ別に」

「……ちょいちょいあの日のこと確認してくるよな。もしかしてオレ葵になんか言ったのか? その……告白的なこととか」


 実はこの話題、葵の方から何度も確認されていることだ。

 本当に記憶にないから毎回覚えてないというが、それでも時間が経つとまた聞いてくる。ここまでしつこいと、オレが酒の勢いに任せて何か言ってしまったのかと不安になる。


「う~ん、してたようなしてなかったような?」

「な、なんだその気になる曖昧な言い方は」


 したのか、してないのか、どっちだ!


「あたしにもよくわからないや」


 つまりオレは葵に好意を寄せている的なことを言ってしまったのか? 告白ではないにしろ『お前のそういうところ好きだよ』的なことを!

 何それ、素面なら絶対に言えねぇー。


「まぁ気にしないで」


 気になるわ!

 不定期に確認しておいてそれはないだろ。むしろ葵の方が気にしすぎてるだろ。

 なのになんでそんなにドライなんだよ!

 オレは気になって仕方がないっての!


「まぁそういうなら気にしないが」


 オレは気になる気持ちをぐっと抑えて、気にしてないフリをした。

 その後は少し沈黙があって、オレはなんとなく顔を上げた。


「あっ……」


 オレのことを見ていたわけではないだろうが、オレの方を見ていた葵と視線が合う。

 葵の顔が少し赤くなっているように見えたが、すぐに下を向いてしまった。

 多分気のせいだ。

 葵がオレのことなんて見て赤面するはずなんてないのだから。


 ◇


「あっそうだ。あたしに恋愛相談するよりも適任な人がいるんだけど紹介しようか?」

「紹介してください! お願いしますっ」


 お互いに課題を終え、一息ついていると葵からそんな提案が出た。

 オレは間髪入れずに、脊髄反射の如き反応速度で机に手をついて全力で頭をつける。そりゃもう机に額を擦り付ける勢いでだ!


「あんた見栄とかプライドはないわけ?」

「それで恋人ができるなら持ち合わせることにするわぁ」


 残念だが、それらを持ち合わせていた頃にも恋人はできなかったんだよなぁ。

 五十回もフラれれば自然とすり減って最後にはキレイさっぱり無くなってしまう。


「そんなに彼女ほしいんだぁ?」

「当たり前だろ。彼女こそ人生の花、人生の宝だ」

「……手当たり次第五十回も告白なんてしないで、一途だったら少しは感心する人生観だったかもしれないわねぇ」

「さよか。で?」


 そんなことよりも早くプリーズ・マイ・キューピット。


「はぁ……って言ってもあたしの知り合いってわけじゃないんだけど」

「なんだよ、ぬか喜びさせやがって」

「いいの? そんな態度で、紹介してあげないわよ」

「いや、知り合いじゃないんだろ?」


 知り合いじゃない相手をどうやって紹介するつもりだ?

 友達のツテでも使うつもりか?


「知り合いじゃない、でも知ってる。その子は動画サイトで活動してて〝恋愛の達人〟なんて呼ばれてるのよ。これまで相談して恋が成就したのは脅威の七割!」

「おぉっ……そこは十割じゃないんだな」

「全部なんて無理でしょ」


 確かに。

 人の感情が関わっている以上一〇〇%なんてあり得ない。しかも恋愛だ。極端な話、生理的に受け付けられないほど醜い人だった場合、どれだけ達人が支援したところで、無理なものは無理だろう。


「動画サイトってことはユーチューバー的なやつか?」

「そうそう。一年前くらいから活動してて、登録人数が十万人超えるくらい人気で、ほとんど毎日ライブ配信してるらしくて」


 十万人――それが多いのか少ないのか、凄いのかそうでもないのか、使うことがあまりないのでよくわからない。


「まだ高校生っぽいんだけどね、とりあえずURL送ったから見てみ」


 葵がそう言うこと数秒後、机の上に置いていたスマホを震えた。

 オレはロックを解除して、LINEに送られてきたURLをタッチする。

 待つこと更に数秒、指定されたページに無事にアクセスすることができた。


「〝ナナミチャンネル〟……なぁ、ナナミだから七割なんてオチじゃねぇよな?」


 なんだか胡散臭い通販番組を観てる気分になった。


「あぁーそれ初見さんがみんな思うやつ。でも大丈夫、色んな人が今までの動画見て全体の成功率から割合出してたはず。てか本人が〝恋愛の達人〟とか〝七割成就〟を主張してるわけじゃないのよ。あくまでフォロワーさんが勝手に言ってる感じ」

「ふ~ん、あ、可愛い子だな」


 オレは動画の一覧から適当な動画を選んで再生した。

 小さな画面に現れたのは可愛らしいぬいぐるみなんかが置かれた室内の背景と、その中央に映る赤みがかった茶髪の女の子。外見から判断するとちょっと遊んでる雰囲気がある。葵の言う通りまだ高校生くらいだろうか? 顔立ちがまだ大人になりきれていない。


「残念だけどあんたみたいな五十回フラれ野郎の恋愛素人が敵う相手じゃないから」

「バカ、年下は対象外だ。年上か同年代……ロリコンって思われたくねぇし」


 この子が何歳かは知らないが、高校生だと十五歳~十八歳の間だろう。今年で二一歳になるオレが恋人にするには少し若すぎる。

 もちろん年下全般がダメってわけじゃない。せめて同じ大学生であってほしい。

 それに可愛いかったり美人だったら誰でもいい訳じゃない。

 やっぱりその人の内面を知って、付き合いたいと思えないと告白なんてしやしない。


「そもそも出会えないだろ、こんな画面の中の子」


 非常に可愛い子だが、どこに住んでるかもわからない相手だ。

 やっぱり好きになるなら、身近にいて触れ合える相手じゃないとな。うん、セックスも出来やしない!


「大和サイテー」


 なぜか葵に蔑むような目で見られていた。

 おかしい。口に出した覚えなんてないのに、なぜわかった。


「おい、オレのどこが最低なんだ? 言いがかりはよしこちゃん」

「言われないとわからない?」

「……いえ、十分わかりました」


 幼稚園の頃から幼馴染みをやっていたせいか、それともオレの思考がわかりやすいのか、葵は偶にオレの心をピンポイントで読んでくる。


「とりあえず観てみるか」


 オレは葵からの厳しい視線から逃げるように、動画を観ることにした。


 ◇


「で、どうだったわけ?」

「最近の高校生ってシビアっていうか現実的なんだなぁって感じだ」


 動画を観ている間に次に出席する講義時間が近づいてきたので、オレたちはただいま二号館から四号館の間を移動中だ。


「まぁ現実的だからちゃんとした助言ができるんでしょうね。どうする? 相談してみる?」

「うーん、ちょっと考えてみるわ」


 動画の内容はフォロワーさんの恋愛相談投稿を見て、それに対してアドバイスする感じだった。

 正直言うと簡単にモテ男になれる魔法のような方法を期待していたけど、当然のことながらそんな方法は紹介していなかった。

 相手の好みのタイプを演じてまずは興味を持ってもらって、それから素の自分を見せながら好意を抱いてもらう、そんな感じだ。

 あとは何かイベントの時が狙い目とか割と普通な助言が多かった。

 それでも十万人越えの登録者がいるってことは、みんな共感してるってことだろう。いや、ただ単に可愛いからかもしれない。


「誰かオレに告白してくれる女性はいないのか? それが美女や可愛い子なら大歓迎なんだが」

「はぁ? 何言ってるんの? そんなのいるわけ――」


 現実逃避気味にぼやくと葵は呆れ顔を浮かべた。そしてオレに何か小言でも言おうとしたのだろうが、その発言は唐突な乱入者によって阻まれる。


「ようやく見つけました!」

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