夜
湯船に浸かると、一日の疲れがお湯に溶けていくようだった。
ここにも大きな窓がついており、木々の奥に流れる川が見える。
「あー。」
疲れた。
筋肉痛を感じる。
長谷野に会ったこと、掃除が大変だったこと、それに椎菜のこと。
ここにいる間の椎菜は、よく長谷野と話している。
椎菜は学校でいるときとは違う。
表情も表現も豊かで幸せそうな顔をする。
長谷野とはどういう関係なのだろうか、知り合った経緯もどんな繋がりでここにいるのかわからない。
椎菜にとってはあまり積極的に話したくない様子だった。
ここは息抜きにちょうどいいと言っていたが、それ以外に何かある気がする。
30代後半の男と女子高生が定期的に会い、話すとしたら理由なんだろうか。
家族?先生と生徒?友人?親戚?
一番、短絡的だけど納得いくのはーー。
「恋人?」
顔にお湯をぱしゃぱしゃとかける。
何を考えているんだ俺は。
そもそも恋人だったらなんで俺を連れてくるんだよ。
自分の浅はかな考えが、思春期のものなのか、恋心によるものかはわからない。
とりあえず、風呂上がろうか。
俺はタオルで頭を拭きながら、長い廊下を歩く。床には古いカーペットが敷いてあり、埃っぽい匂いがする。
ここも掃除しなければならないのかと思わず、ため息をついた。
曲がり角で椎菜が誰かと喋っている声が聞こえた。。
「うん、うん。そう、今友達の家だから。大丈夫だよ母さん。そうだよ、うん。」
どうやら椎菜は母親に電話しているようだった。
「じゃあ、おやすみ。」
彼女は電話を切る。俺は出ていこうとしたが、先に反対側から来た長谷野が声をかける。
「九薬君はお風呂かな?」
「15分くらい前に着替え持って入っていくの見た。」
どうやら2人は俺に気がついていないらしい。
俺はゆっくり反対側へと歩く。
「さっき電話していたのは藍蘭?」
藍蘭というのは椎菜の母親の名前だろう。
「そうだよ、何か言いたいことでもあるのか。」
なぜか椎菜は不機嫌そうに答えた。
「元気にしている?」
「普通。」
「そうか。」
長谷野と椎菜の母親は知り合いなのかもしれない。
「柊は?」
「元気、だと思う。相変わらず私のことは嫌いみたいだし。」
「まあ、アイツはそういう男だろうねー。最近は家にご飯食べてるの?」
「いや、母さんは父さんの分は作らないよ。父さんも何も言わないし。」
「藍蘭も柊も変わらないねー。」
俺は何となく反対側から音を立てないように部屋に戻った。
聞いてはいけない話を聞いた気がして、気分が悪くなる。
長谷野と椎菜の間には確実に何かがあったのだ。
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