待つ時間

@Eto_Shinkuro

第1話

 人を待つ時間が、たまらなく好きだ。だから、待ち合わせ時間から30分前には、必ず待ち合わせ場所にいる。手持無沙汰な、30分。会ったら、どんな話をしようか。ちょっと本を読みながら待つのもいい。コンビニに行って、コーヒーを買って飲むのもいい。人間観察をしながら、街ゆく人がどんな仕事についているのか想像しながら待つのもいい。待ち合わせした人が、むこうから、こっちへ来る、その人のシルエットが徐々に大きくなってくるのを目で追うのも、そわそわした高揚感と少しの緊張もあいまって、心臓が少しドキドキする。


 今日の待ち合わせ時間は16時30分。冬至の頃。まだ外は明るい。寒くて、手袋をつけてない手は動きが鈍くなる。


 街ゆく人の中で、目を引く存在があった。泣きながら僕の前を通り過ぎようとしている。たぶん高校生の女性。マフラーを巻き、なるべく周りに泣いているのを気づかれないようにうつむきながら歩く。失恋と、受験の学力不足のダブルパンチといったところか。憧れの先輩がいた。2つ年上の先輩。塾が一緒で、高1の頃から、気になっていた。先輩はもう大学生。はじめは目で追っていただけだったが、高校で被る期間はたった1年しかない。冬休み、先輩も受験でいっぱいいっぱいの時期ではあるが、思いきって連絡先を聞いた。時々メールを送る。彼女は、いないようだ。

 東京の高校で、先輩はそのまま東京の大学に行ったから、同じ大学を目指さなくても、問題はない。私も、東京のどこかの大学に行けばいい話だ。

 高3の冬、クリスマスも近く、思い切って、一緒に過ごしてほしいと連絡した。勉強ばっかりしてるから、最近ちょっと太り気味だけど、そんなの関係ない。

 「彼女が最近できたので、クリスマスは一緒に過ごせません。勉強がんばって。」

 私の、高校3年間の恋が、実りを得ずして、終わった。私の3年間。しかも、今日、11月に受けた模試の結果が返ってきて、判定はE判定。全然解けなくって、それから勉強いっぱい頑張ったから、今同じ問題がでたら解けるけど、Eという文字が視界に現実として入ってくると、やっぱり悲しくなる。受験までもう日にちが、ないよ。

 私は、4か月後、花の大学生になってるはずなのに。4か月後のあるべき現実が、遠く感じる。涙はまだ残ってるから、今日だけは、涙を流そう。



 なにやら封筒をもって、街ゆく人に声をかける60歳前後の男性がいる。「3万円で、この雑誌年間購読できますが、どうですか。」完全に詐欺だ。足を止めて話を聞いてあげる人もいるが、断っている。引っかかる人なんているのだろうか。何人目だろうか、若い男性が、封筒を持つおじさんの話を途中で早々に切り上げ、断りをいれ去ろうとしたが、その対応と、これまでの断られ具合から、おじさんも口調がやや粗くなる。「というか、3万円も今お金ないです。」「3万円くらい、口座に入ってるでしょ。お金おろしてきてよ。」もはやまっとうな商売でも、その言い方では買ってくれないだろう。


 でも、そんなおじさんにもこれまで生きてきた道程がある。他人ごとではない。

 新卒で、大企業に入社し、入社早々、環境に適応した。会社の風土があっており、また仕事内容も自分に合っていた。入社最初のキャリアが肌に合うのは、社会人として嬉しい限りだ。出世の線引きがはやい大企業では特にだ。上司や、周りの評価も、必然高くなる。自分の仕事に、自信も、ついてくる。係長、課長と、出世は早かった。このまま波に乗れれば、部長、役員の目もある。結婚はできなかった。タイミングという言葉で説明できれば簡単だが、どこかしら問題があるのだろう。でもその分、仕事に追い風が吹いていると思っていた。


 そんな中の新入社員。企業の風土が肌になじまないらしく、仕事も遅く、簡単なミスも多い。部署内の他の人からの評価もそこまで高くない。必然、口調も厳しくなってしまう。この社員の作る資料を、自分が責任をもって説明しなくてはならないのだ。新入社員の人柄が悪いわけではなかった。

 パワハラである。思い返せば、部長からも何度か忠言があった。その時は、重く受け止めることができなかった。

 広報部に、異動になった。社内報を作る。会社の本業からはそれる部署だ。

 自分が悪いわけではない。人事課や上層部にも掛け合った。反省もしているし、自分は会社にプラスになれる。ただ、何かしらと諭されるだけだった。思い返せば、一時的な処置で済ます予定だったのかもしれない。その夜、僕は涙を流した。


 自分には自信があった。これで、この会社でのノンストップの出世の道は閉ざされたと思った。ほかの会社で気を新たに出世を目指そう。まだ、42歳。


 しかし、1から仕事を覚えるには、20代の適応性は失われていた。何かとうまく理解が進まない。社員さんとの会話の波長もうまく合わない。何よりも、わからないことを目の前にすると、なぜか思考が止まってしまう。仕事や社会に対する倫理観も、なにか違う。これが、社風に合わないというやつか。なるほど、これは確かに苦しい。周りからの目線も気になってくる。僕に仕事を教える口調も、どこか、冷たく感じる。会社に、いられない。でも、そこの課長は、僕に、優しかった。僕の、とまどいを、理解できていた。そういう経験があったのかもしれない。定年も視野に入る年齢だったが、来年か再来年、部長になれそうだという話だった。


 そんな中、大学時代の友人に一緒に仕事をしないかと誘われた。それも一興かと思った。ほのめかされた給与も、そこまで悪くなかった。営業の人が足りていないとのことだった。

 始めこそ、会社の本業の営業をしていたが、ある時異動を命じられた。その部署にいくと、雑誌を渡された。広報部だった。でも前回の広報部とは違う。会社の、社外への広報が業務らしい。年間購読、3万円の契約を取ってくるよう言われた。一人で、だ。


 僕はなにか悪いことをしたのだろうか。致命的な、悪いことを。人生は生きるのではなく、生かされているのだとしたら、僕の生かされる道は、道程は、幾ばくか虚しくはないか。


 僕の生きた証は、何が、残るのだろうか。僕にはもう、流す涙は残っていなくて、乾いた肌に硬い表情しかできなかった。


 いろんなストーリーがある。


 駅のホームの向こう側から、あの雰囲気をまとった人が歩いてくる。僕は今日、この人と初めて会う。初めての人と待ち合わせすることも何度かあったが、そういうとき、人はなぜか、この人だとすぐにわかる雰囲気をまとっているものだ。それを発見するこの感覚も、好きだ。


 軽く挨拶をし、自分の名前を明かし、一緒に、歩いてゆく。郊外のラブホテルに入る。事前にやり取りした通り、相手の死の、手伝いをする。罪悪感からか、少し苦しみのある死が、望みのようだ。最後、人は自分から死に向かうか、死を与えてくれるのを待つか。この人は、後者のようだった。


 この瞬間の感覚も、僕は少し好きだ。だが、生物は生を望まねばと、思う。しかし、確か昔絶滅した人種の話でもあったが、頭がいい人は、生きられないのだ。死を望んで、しまうのだ。



 一人先にでますと電話し、ラブホテルを後にする。跡のことは、知らない。僕もいつまで生きられるか、わからない。いつ捕まるのかも、わからない。仕事終わり、白い息を吐きながら、雑踏の中冬の冷たい風が僕のほほにあたる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

待つ時間 @Eto_Shinkuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る