第202話 メタトロンではなくパラメトロンについての話題。ついでにちょっと未来予想図など




「時に総統閣下、日本皇国との積極的な技術交流はお望みですか?」


 正教会関連の話題が終わったと考えた(なんせ、”正教会によるソ連の悪行告発”に関しては明確な返事はなかったし)俺、旧来栖ことフォン・クルスは、話題を切り替える。

 円滑なコミュニケーションの秘訣の一つは、「相手を飽きさせない事」だと思ってる。

 

「できることなら、そうしたいものだな」


「既に20㎜機関砲弾、その信管などで初歩的な交流は行いましたが、もう一歩進めるのはどうでしょう?」


「ほう……興味深いな? 何か手ごろな取引材料でもあるのかね?」


 いや、この間ちょっと思いついたんだけど……

 

「貴国の軸流圧縮式ターボジェット・エンジン”BMW003”は開発中止になったのですよね? そして、試作されたエンジンは死蔵状態にあると」


 実は、史実でもBMW003は、大戦末期に日本に向けて輸出されている。

 結局、現物は日本に届くことはなかったが。


「シュペーア君と円滑な意思疎通ができてるようで何よりだ」


「そこで、我が国が開発に成功した演算素子と技術交換しませんか? 対価としてはBMW003の本体と治具、関係資料一式とあと参考用にBMW801エンジンを1基付けてもらえると釣り合うと思いますが?」


「随分と興味深いが、皇国側の対価となる演算素子とは?」


「”パラメトロン”、フェライトコアのヒステリシス特性によるパラメータ励振現象の分周作用を利用した素子ですよ」


 俺の知る前世記憶では1950年代の発明だが、この世界では30年前倒しの1920年代後半には既に基礎理論があり、開発が行なわれていた。


 俺がつかんでる限り、ドイツは未だに真空管全盛だ。

 史実に比べて、品質も生産量も桁違いだし、種類もST管のみならずGT管、ミニチュア管、メタル管と用途に応じた各種が生産されているが、所詮は真空管だ。

 かと言って、トランジスタに手を付けてる感じはない。

 おそらく、その手の技術に明るい転生技術者がいないか、いたとしても余力がないのかもしれない。

 

「真空管に比べ、どんなメリットがある?」


「まず、真空管に比べてコストが断然安く安定していて、リレーより高速動作が可能。フェライトコアなので物理的強度がある。つまり……」


 現在、ドイツの主流演算機である、

 

「”Zuseツーゼ”シリーズに相性抜群の素子なんですよ。ツーゼ博士が真空管をご自身が設計した演算機に使わないのは、真空管の安定性と信頼性に疑念があると聞いていますが? そのために真空管ではなくリレーをメインで使っていたと聞き及んでいますが」


 実は、ドイツ……というより、驚くべきことにドイツ政府に家族ともども手厚く保護されてるフォン・ノイマンは地味にパラメトロンと縁がある。

 史実の彼は、パラメトロンと基礎構造が同じで、リアクタンスではなく静電容量を可変するタイプの素子を考えつき、特許出願までしている。

 

「不安であれば、ツーゼ博士と共同研究者のフォン・ノイマン博士に聞いてみると良いでしょう」


 実は、パラメトロンにも弱点があり、

  ・トランジスタに比べ消費電力が大きい

  ・そのくせトランジスタに比べて演算速度が遅い

  ・動作周波数を上げる過熱による動作不良が起こる(つまり高速化しにくい)

  ・小型化すると動作しなくなるため、集積回路(ICなど)に発展しにくい


 まあ、これがまんまトランジスタに敗北した(淘汰された)理由なのだが、言い方を変えれば大半が「トランジスタありき」の話であり、トランジスタの開発や集積回路の概念がドイツにない以上、今のところは大きな問題にはならないはずだ。

 

「……それだけの物を日本政府が差し出すと?」


「交渉次第では、可能なはずです」


 パラメトロンも機密指定の技術ではあるが……軍機指定ではない。

 小耳に挟んだ話だが、日本皇国は既にトランジスタ開発に舵を切ってるし、既に実験室レベルでは開発できてるらしい。

 つまり、上記の「トランジスタありき」の状態がもう目の前に来ている。

 遠心圧縮式ジェットエンジンのように「現状では優れた技術だが、先に繋がらない技術」なのだ。

 パラメトロンの技術や理論が再び脚光を浴びるのは、おそらく半世紀以上未来。量子演算機の実用化の話題が出てくる時代だ。


「良いだろう。検討しよう……そう言えば、技術交流に関連するが、日本皇国より一人、駐在武官が”領事・・待遇”でサンクトペテルブルグに常駐することになる。とは言っても、実質的にはヨシダ欧州統括への連絡官と考えて貰ってよい。聞いているかね?」


 うわ。大島大使を通さないで良いって言われたよ。

 まあ、”親善大使”殿は、あちこち接待されにドイツ中を飛び回ってるからなぁ。

 あの人はあの人で、役割ってもんがある。


「聞き及んでますとも。正規の外交官でなく軍部の人間をよこすあたり、今の私が皇国外務省からどう思われてるか窺えますねぇ」


 まあ、ただしこのぐらいの皮肉は言わせて貰おう。

 

「サンクトペテルブルグに着任してから、君の報告は軍事面が大多数だったからな。外務省云々よりもそれが原因ではないのかね?」


 へー。

 検閲された時の写し、総統閣下も読んでいたのか。

 

「ここは、わざわざ拙い報告書を総統閣下に読んでいただいたことを光栄に思うべきですかな?」


「これも職務。要らぬ気づかいだ」


 あらら。ドライに返されてしまった。


「こちらでも打診はするが、新たに配属される領事武官にもジェットエンジンとパラメトロンの技術交換については話しておきたまえ。その方がスムーズに話が進むだろう」


「了解しました。何事も効率的に、ですね」




***




 その後、いくつかの会話の後に、

 

「ふむ。そろそろ夜会の準備をせねば間に合わぬな? そろそろ退室したまえ。長々と引き留めてすまなかった」


「いえ。こうしてお話させていただいたこと、光栄でした。総統閣下」


「ふむ。私もだ。有意義で、実のある時間だった」










************************************










 さて、それはヒトラーが最初の談話を来栖、フォン・クルスが夜会の準備のために退出した後の事だった。

 

「”レーヴェ”、フォン・クルスは本物・・だな」


「ん? どういう意味だ?」


のような、”歴史上の人物であるヒトラー”の物真似をしてる贋作、”ヒトラーの尻尾”ではないという事だ」


「別にお前を偽物だとは思わないが?」


「ふん。レーヴェ、フォン・クルスは”天性の扇動者アジテーター”だ。それも無自覚の」


「……解任したいのか?」


「まさか。彼はドイツにとり、劇物であっても毒物ではない。それが重要だ」

 

 ふとハイドリヒの脳裏に”混ぜるな危険”の文字が浮かんだという。


「そうであるが故に、フォン・クルスには”サンクトペテルブルグ市特別行政区”の総督程度・・・・で満足してもらうようでは些か困るな」


 友人が何を言わんとしてるか想像がついたハイドリヒは、

 

「どの程度だ?」


「フィンランドとの兼ね合いもある以上、多少は調整せねばならんが……ノブゴロドは流石に戦時中は正規軍が常駐しないと危ない。なので当面はガッチナ→ルーガ→プスコフ→キンガセップ→ソスノヴイ・ボールのラインを考えている。これだけの広さを自由にできるのなら、新たな工業地帯の構築も可能だろう」


「なるほどなるほど……凡そサンクトペテルブルグから南西に広がるエストニアとの国境に沿って、エストニア-ラトビアの国境あたりまでって感じだな? 差し詰め、”サンクトペテルブルグ大管区ガウ”というところか?」


「その認識で間違ってはいない。エストニアとラトビアには国境線を調整・再設定して貰わねばならぬが、僅かばかりとはいえ領土が増えるのだ。文句はあるまい」


「まあ、取り立てて文句は出ないだろうが……フォン・クルスを”大管区指導者ガウライター”に指名するのか?」


「いや。それだと誤った認識をバルト海周辺諸国に与えかねないし、大義名分がない。故に現在は”サンクトペテルブルグ市とその周辺”という現在の行政区分を”サンクトペテルブルグ市を中心とした・・・・・その周辺の特別行政区”と改めるに留める。フォン・クルスは総督の地位に置いたまま、彼の管轄区域を増やす方針だ」


「……絶対に文句タラタラになるぞ?」


「そのあたりは上手くやってくれ。期待してるぞ、レーヴェ」


「あいよ。お前さんの無茶ぶりはいつものことだ」


「……すまん」


「いいさ」














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