第160話 何も戦争に限った話じゃないが、蓋を開けてみれば「……ねーわ」と思う事例は割とある
さて、現代ミリタリーがお好きな紳士淑女諸君は、おそらく”ルクレール”というフレンチ戦車を知っていると事と思う。
フランス戦車にしては珍しく、あるいは始めて”個人名”が冠された戦車なのだが……だが、この元ネタになった”フィリップ・ルクレール”という第二次世界大戦当時のフランス陸軍軍人については、存外に日本で知ってる人は少ない。
『えっ? 第二次大戦のフランス陸軍って、あっと言う間にドイツに負けたじゃんw』
その通りだ。
なのでルクレールも当然、自由フランス軍の軍人ということになる。
『自由フランス軍? ああ、あの米軍様の後ろをいつもちょろちょろついて行って、大して戦いもしないのに美味しいとこだけ持っていこうとする惰弱共ねw』
それも否定できる材料が無い。
20世紀以降、フランスはよほど小さな地域紛争(植民地戦争)でもない限り、戦争では米軍がいなければ勝てないように出来ている。それが世界の法則なのだ。
だからルクレールは、「自由フランス軍第2機甲師団を率いてノルマンディー上陸作戦に参加し、パリ入城を果たした英雄」ということにドゴールイズムに汚染されたフランスではなっている。
だが例えば、ノルマンディー上陸作戦では勝手に動かれては困るとジョージ・パットン中将率いるアメリカ陸軍第3軍の命令下におかれ、しかも、自由フランス軍が参加したという”実績”が欲しいのに全滅したらシャレにならんと、お守に米軍第14軍団がつけられていた。
1個師団に複数師団からなる米国式1個軍団が(フランス人は頑として認めていないが)、実質的に”護衛としてつけられて”いたのだ。
プロパガンダの為とはいえ、やり過ぎである。
彼らの活躍(?)は、作戦の一部である”ファレーズ
ちなみに”パリ解放”の時も、まず「レジスタンスが、パリ市内で一斉蜂起し」、その後に”アメリカ第4歩兵師団と共に”パリ入城を果たしている。
また、ルクレール麾下のフランス第2師団は一応は正規編成の1万4千人強規模だったが、そのうち約4000人が「フランス人以外」だったらしい。
流石は、「外人部隊こそが国内最強部隊」の国だ。
特に他意は無いが、ルクレール自身は終戦から2年後、1947年に”飛行機事故”で戦争とは無関係に死んでいる。
さて、この”フランス救国のスーパーヒーロー”の輝かしい戦績の中に、
・1941年、ルクレールが大佐の時にチャドから出撃してイタリア領リビア南部のオアシス都市クーフラ占領。その功績で大佐から少将に昇進。
・続いて1942年12月、3000人のチャド軍を率いてリビアの他地域に侵攻
・1943年1月、ついにトリポリを占領して、エジプトから来た英軍と合流
・英軍モントゴメリー元帥の指揮下の第8軍に編入され、チュニジア侵攻作戦に参加。なお相手はヴィシーフランス軍。
と言うものがある。
つまり、ルクレールの出世街道、成り上がり物語はリビアから始まったのだ。
***
では転じてこの世界線、自由フランス軍大佐”フィリベール・ルクレール”は何をしているかと言えば……威力偵察の名目で、3000名のチャド軍(内フランス人は300人ほど。つまり隊長、指揮官級は全員フランス人)を率いてリビア南部を領土侵犯していた。
これにはいくつか裏事情がある。
最初のリビア領侵入計画は、イタリア人がリビアの支配者だった頃に遡る。
だが、トブルク要塞に閉じこもっていれば良いものを、何を思ったか日本人達が西進し、一気呵成にトリポリまで陥落させてしまったのだ。
これじゃあ1941年12月中旬に計画していた「リビアの手ごろなオアシス都市を占領して、本格侵攻の橋頭保を確保しよう作戦」が台無しになり、中止に追い込まれるのも無理はない。
だが、1942年2月……自由フランス軍人としての責務を果たすため、新たな「
そう、”セント・バレンタインデーの喜劇”だ。
だが、問題はそれで終わらなかった。
その後、ウクライナのホロドモールや、”カティンの森”でのポーランド人虐殺が、国際連盟大会議の場で暴露(告発)され、ホロドモールに関してはそのまま国際司法裁判所に提訴、カティンの森も事実確認と証拠固めが終わり次第、同じく提訴されることになった。
アメリカはいつもの報道管制を行ったが、その効果は十全とはいかず国内は大混乱、ソ連は証拠隠滅を図ろうとしているのか、スモレンスクというより”事件現場”にまだ真冬なのに猛攻をかけてるようだ。
だが、それをドイツ人が読んでない訳がない。
既に中央軍集団は総力を上げて防衛線を張っており、なりふり構わないロシア人の猛攻を上手く凌いでいるらしい。
というか、何でもロケット弾を鈴なりに主翼の下に吊り下げられる新型
その空の下を
その中を歩兵を肉壁として貼り付けたタンク・デサント状態で突撃するのは、如何に兵隊が畑から取れるソ連軍でも無理があり過ぎだった。
それに対戦車地雷や対人地雷(Sマイン系列)に加え、既に対戦車ロケット砲の”パンツァー・シュレック”や対装甲擲弾”パンツァー・ファウスト”、加えて戦車と同じ長砲身75㎜を搭載した駆逐戦車なり対戦車自走砲なり突撃砲なりも最優先で配備されているのだ。
おまけに歩兵科や砲兵科に配備されている対戦車砲まで含めて長砲身75㎜砲は、全て495㎜薬莢を使う砲弾に統一されている。
この意味は大きく、砲弾が統一されたためにより大量生産が楽になり、また史実より併合した地域(チェコやオーストリア、西ポーランドなど)の工業力も効率よく投入出来ているために、備蓄も補給も十分であり、ドイツは基本的に「弾切れを起こさない」のだ。
攻めてくるのがわかっているのなら、”防御絶対優位”を活かして戦うのは必然であり、「防御は3倍の攻勢まで耐えられる」という一般即からソ連は人員的には3倍以上の数を投入し、いわゆる”
この時点で、レニングラードというソ連最大の生産拠点が潰され、最前線までレンドリース品がまだ届いていなかったのもとても痛かったのだ。
***
蛇足ながら、これは都市伝説のようなものだが……
『あー、ハイドリヒ。国連でカティンの森ぶちまけるんなら、スモレンスクの正面だけじゃなくドニエプル川を中心にカティンからグニョズドヴォあたりの防衛線の構築は、トート機関フル動員するくらいの覚悟でガッツリやっとけよ? 連中、特にスターリンの阿呆はメンツ潰されるのが大嫌いだ。十中八九、国際調査団入る前に証拠隠滅図ろうとすっぞ』
とアドバイスする謎の東洋人が居たとかいなかったとか。
******************************
とまあ、米ソともに言い訳できない醜態を晒してる現状、カナダのケベック州に居を構える(英国式に言えば”不法占拠している”)”自由フランス政府”の代表シャルマン・ド・ゴールは、
「米ソが虐殺騒ぎで共に動きが悪い。米国内は混乱が広がり、ソ連は証拠隠滅の為に躍起になっている。米ソが動けない今こそ、我らフランスこそが断固たる意思を見せ、我らが健在であり、反ドイツの結束が
と高らかに宣言した。
まさにゴーマズムならぬ
彼らにとって正しいフランスは自分達であり、ペタン首相率いる今のパリ政権はドイツ人の傀儡である”間違ったフランス”だ。
ド・ゴール主義の中は中華思想と同質、つまり世界の中心は自分たちなのだ。
紅い血の流れるフランス人である以上、パリ政権の邪知暴虐は許すまじ! まさに天上天下唯我独尊、フランスに勝る者は無し!!の面目躍如だった。
だが、そう宣言したところで直ぐに動かせる戦力は無いし、攻める場所も……と思われたのだが、閣僚の1人が「リビアの南の隣国チャドに”ルクレール”という大佐がいる」事を思い出したのだ。
チャドを含む”仏領赤道アフリカ”は、自由フランス陣営につくことを「この世界」でも表明していた。
あえて、この閣僚の名前は出さない。歴史に名を残せぬ者の名前を記す意味がないからだ。
だが、”
戦後のフランス、”解放されたパリ”に生まれ、ド・ゴールの黄金期に多感な少年時代を過ごし、青年期の終わりに”栄光の30年”は終わりを告げ、社会の中堅を担う頃に冷戦が終わり、病床で余命僅かな時にロシアがウクライナに侵攻した……そんな模範的な生涯を生きたフランス人の前世を持っていた。
彼は正しく”無自覚のゴーリズムの継承者”であり、平凡な中産階級労働者として生涯を終えたことに不満こそ無かったが、物足りなさがあった。
だからこそ、今のポジションはとても魅力的だった。
彼の中では、「ド・ゴールの凱旋」は既定路線であり、イギリスと日本が妙なことになってるが、ケベック州を”仮初の本国”とできたことはむしろ前世より状況が良いとさえ考えていた。
そもそも、英国人と日本人が戦争から抜けたところで、ドイツが米国とソ連という
最初からドイツに勝ち目はないと、この閣僚転生者は考える。
だからこそ、「自分の知る歴史になぞらえて」、ド・ゴールが示した「自由フランス軍のパワープレゼンス」に関して、
彼の生きた世界の
今、リビアを支配しているのは日本人らしいが、彼の認識の中では日本陸軍は米国陸軍に一捻りされる程度の強さで、イタリア軍と大差ないと考えていた。フランス軍は日本との戦闘経験が”前世でも今生でも
インドシナ半島などアジア領域の戦闘は、綺麗に忘れ去られていたのだ。
また、”彼の知る歴史”では、少なくとも第二次世界大戦において日本は敵国だった。
その
つまり、無自覚のまま「骨の髄までこの世界線の
では、彼は何の思い違いをしていたのか?
・ド・ゴールはパリ政権を認め、自分達を反乱軍呼ばわりする日本
・だが、ドイツと日本は同盟関係でも無ければ、自由フランスと敵対もしていない。(そもそもフランスの正統政府でもない相手に、日本皇国が何らかのアプローチをかけることはない)
・大日本帝国と日本皇国が全く別の国である以上、帝国陸軍と皇国陸軍が同じである訳がない。
つまり、彼の前世と近視的に見れば”酷似する状況”が、閣僚転生者の現実認識を歪ませた。だが、それを指摘できる人間は、世界のどこにも存在しない。
今のリビアは日本人が守ってる?
いやいや、現地調査員に確認させてみれば、チャド・リビアの国境線に見張り所や検問所のような場所はないと言うではないか。
どうやら、日本人は沿岸部は取れた様だが、南部内陸奥深くの国境砂漠地帯(=”アオゾウ地帯”)は掌握できて無い様だ。
日本人は砂漠に慣れてないか、あるいは砂漠に興味なく欲してないかだな。
よろしい。
ならば、まだイタリア人が籠ってる可能性もあるわけだな?
結構。大変に結構。
ならば、リビア南部の「手頃なオアシス都市」まで現状把握の威力偵察に出たまえ。
なに、可能ならば
大佐、とりあえず十分な戦力を連れてゆきたまえ。
かくして、”どこか
この判断が、後々どう響くかは今はまだわからない。
だがこの時点で言えるのは、どうやら今生では、残念な事に彼の名を冠した戦車がお目見えすることはなさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます