第45話 東方侵攻に関するおさらい的な話+とある人物の登場など




”バルバロッサ作戦”

 それは史実では1941年6月22日に発動された「ドイツによるソ連勢力圏への侵攻作戦」だった。

 

 その目的は、当時ナチス第三帝国で計画されていた「東部総合計画」を実現させるためであった。

 ”東部総合計画”の内容とは、

 

 ・征服民の一部を枢軸国の戦力として強制労働

 ・コーカサスの石油資源の確保

 ・ソ連領の様々な農業資源の確保

 ・スラブ民族の絶滅、奴隷化、ゲルマン化、シベリアへの大量追放など

 

 最終的には、「アーリア人の東方生存圏レーヴェンスラウム」の確保、どこぞの作品風に言うなら「アーリア人のための清浄なる世界の確保」ということになるのだろうか?

 つまり、ユダヤ人だけでなくスラブ人も絶滅させて、アーリア人だけの巨大国家を作りたいということだろう。

 

 だが、資源地帯の確保と民族絶滅は、欲張りすぎというか滅茶苦茶だ。

 要するに「その土地に住む”自国民の数より多い住民”を皆殺しや追放して土地だけ奪う」というのは、実は戦争目的としては最初から破綻しているのだ。

 なぜなら、土地を収めるのは人がいるのだ。

 あれだけ広大な土地を「ドイツ人だけで維持管理する」というのは物理的に不可能だ。

 人間というのは社会性動物であり、ある程度以上の密度で存在しなければ収斂しない。つまり、人口密度ではなく人口と密度は、発展の重要なファクターなのである。

 子供でも分かる話だが、土地は誰も住まなければ荒野や原野と大差なく、資源は地下に埋没したままでは無価値だ。

 畑を作り作物を育て、収穫しそれを加工して初めて食品となり人を生存させる。

 小麦は生えたままで放置すればパンになるわけでは無い。


 資源、例えば石油を例に出せばまず掘り出す人間がいる。だが、原油のままではほぼ利用価値は無い。

 エンジンを動かすガソリンなり、ディーゼル発電機を動かす軽油なり、ストーブの燃料になる灯油なり、ボイラーを沸かす重油なり、燃料油として使おうとするなら精製が必要で、それを行うには化学プラントがいる。

 無論、プラント動かす技術者も必要だし、プラントは地面から勝手に生えてくるわけではないので、それを構築する部品を作る工場がいる。工場を稼働させるには、最低でも工員やその家族が住む街がいる。

 街を動かすには食料やら生活必需品を売る店がいる。

 そして、完成した部品をプラント建設現場まで運ぶ流通もいるし、プラントの建築する人員も当然必要だ。

 

 これに鉄鉱石から素材に至るまでの流れとかを考えたら、頭が痛くなるような話だ。

 実感はないかもしれないが、人間はインターネットという情報ネットワークが構築されるはるか以前から、物流というネットワークを形成しているのだ。

 軍隊でいうロジスティックスとは兵站その物を指すが、一般的な意味でのロジスティックスとは「原材料調達から生産・販売に至るまでの物流・・、もしくはそれを管理する過程」を指す言葉となる。

 

 想像してもらうと助かるが、農地で掘ったジャガイモがポテトサラダに加工されてスーパーの陳列棚に並ぶまで、どれほど人手がかかるかをだ。

 こんなものが無数に絡み合ったのが国家であり、またロジスティックスは容易に国境を超える。

 

 結論から言えば、「レーヴェンスラウムは広い土地にドイツ人だけいても維持できない」のだ。

 正直に言えば、、史実のヒトラーはその認識が、「国家を維持発展させるという難行」に対する考えが甘すぎた。

 民俗学的潔癖症を優先できるほど国家運営は甘くない。

 

 ましてや、自国の人口より多い人間を殺して奪った土地で理想郷を作るなんて、誇大妄想もいいところだろう。

 第一、強制労働……別の言い方をすれば奴隷労働の近似系などさせても、国力の増大にはならない。

 近代政治において、労働者は同時に消費者でもあるのだ。消費者がいて初めて市場マーケットは形成され、金が循環する。

 国家の近代化に伴い、多くの国で奴隷制度が廃止されたが、これは人道的な側面だけではない。奴隷は例外的な事例を除き私有財産を認められていないから、消費者になりえないのだ。

 彼らが提供するのは労働力のみとなる。

 近代、特に産業革命やモータリゼーションを経験した国々にとり、奴隷で賄われていた多くの労働分野・部分は機械に置き換えられる事になった。

 つまり、「最低限、労働力として使える状態で多数の農作業用の奴隷を維持」するより「機械化してトラクター1台を購入」する方が経済効率が良い世界が来てしまったのだ。

 途端に奴隷労働というものが経済的に”非効率な物”になってしまったから、それを廃止したという側面だって存在する。

 

 これが奴隷ではなくこれまで普通に生きていた市民で、しかも目的が労働力自体ではなく「過酷な労働環境による衰弱死」が本当の目的であり、強制労働の理由が「ただ殺害するだけでは勿体ないから」では話にならない。

 

 

 

 つまり、ドイツは……史実のナチス第三帝国は「負けるべくして負けた」のだった。

 

 

 

***

 

 

 

 ある意味、アドルフ・ヒトラーという個人の誇大妄想(あるいは当時のドイツ人の種族的理想)を実現させようとしたところに間違いがあった。

 ただ、これは研究者たちによって別の視点も指摘されている。

 曰く、

 

『結局、ドイツ人が君臨し支配できる数までレーヴェンスラウムに住む人口を間引きしたかったのでは?』


 と。

 だが、例えば妄想する人間が違っていて、”レーヴェンスラウム”の定義そのものが違っていたらどうなるだろうだろうか?

 

 

「やはり、プロフェッショナルな人間に囲まれるというのは良いな。話が建設的に進む」


 そうご満悦な表情をしているのは、誰であろうか?

 ここは、OKW(国防軍最高司令部)の会議室ではない。

 そして、ヴォルフスシャンツェなどの「(比較対象論的に)前線に近い司令部」でもない。

 れっきとしたベルリン市内、ヴィルヘルム街77番地……

 

 ”総統官邸(Reichskanzlei)”

 

 である。

 この館の主はただ一人、ドイツ総統Führer……”アウグスト・・・・・・ヒトラー”総統閣下・・・・である。

 

「さて、ではとりあえず現状確認するとしよう。トート軍需相、進捗はどうだね? 計画に極端に遅れは出てないかい?」


 むしろフランクな調子で問いかける総統閣下に、軍需大臣を仰せつかったフェルディナント・トート博士は少し緊張した面持ちで、

 

「問題ありません。ギリシャ、いえクレタ島攻略メルクール作戦での損耗は無視できるものではありませんが、”バルバロッサ作戦用の資材”は投入しておりませんので、単純な装備、機材面は問題ありません」


 するとヒトラーは少し考えこみ、

 

「そうか。長砲身のIV号戦車とFw190は確か門外不出だったね?」


「「Ja, das stimmtはい、そうであります. Unser Führer我らが総統閣下」」

 

 そう答えたのは、陸軍機甲総監の”ハーラルト・グーデリアン”と空軍技術総監”エーベルハルト・ミルヒ”だった。

 そして、二人はセリフが被ったことに顔を見合わせる。

 その表情から察するに、二人そろって『『なんで、よりによってコイツと被った!?』』と心の中で思っていそうだ。

 まあ、彼らを学園系乙女ゲーの登場人物にするなら、熱血型細マッチョ赤毛とクール系銀髪眼鏡という感じだろうから無理もない。

  

 その姿を見ていたヒトラーだったが、少し視線を横にずらし、

 

「”カナリス”君、何をそんなに生暖かそうな物を見た表情をしてるんだい?」


 そう話を振られたのは、陸海空軍が持つ情報部を統括する”三軍統合情報部アプヴェーア”長官である”ヴォーダン・カナリス”大将であった。

 ちなみに”国家保安情報部(NSR)”をCIA+FBIに例えるなら”アプヴェーア”は、さしずめ米軍のDIA(アメリカ国防情報局)というところだ。

 

 陸軍、海軍、空軍はそれぞれ情報収集や解析の得意分野が違う。

 基本的に敵国の軍事情報をそれぞれの分野でアプローチするのだからそれも当然だろう。

 だが、海軍の情報が海軍の上層部だけ知ってても、国防的にはあまり大きな意味をなさない。

 そこで設立されたのが、三軍からそれぞれ上がってくる軍事情報を収集、解析、分析し「総合的な国防情報として共有できる形」にするのがアプヴェーアの仕事である。

 国内外の活動を含む総合的な情報/諜報機関がNSRだとすると、アプヴェーアは軍事専門のそれであると言える。

 

 第一次世界大戦をドイツ海軍の諜報員として過ごし、アプヴェーアの立ち上げから中核人物となりヒトラーと付き合いが長い部類に入るカナリスは、ヒトラーはギャグは好まぬがユーモアを好む性質であることは心得ており、

 

「いえ、なに。若者たちの功名心と向上心はいつの時代も微笑ましいと思いまして。総統閣下」

 

「君も歳は変わらんだろう? 私も人のことは言えんが、互いに老け込むにはまだ早いぞ」


「御意に」


「では諸君、我らが安らかな老後を過ごすために、ドイツの繫栄に繋がる報告会を始めようではないか」



 

 

 











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