第24話 遥々来たぜクレタ島




1941年5月15日、クレタ島




「はーるばる来たぜクレタ島~♪」


「少尉殿、なんなんすか? その妙な歌……なのか?」


 場所は違うが間違いなくそんな遠くない未来の名曲だぞ?

 具体的には四半世紀くらい未来の。

 

 あっ、悪い悪い。下総兵四郎だ。シモヘイじゃないぞ?

 ちなみに”この世界”で、冬戦争でマンハントしまくった猟師英雄あるいは英雄猟師の名は、”シモン・ヘイへ”というらしい。

 何やら使ってる武器も違っているらしく、狙撃銃はKar98の狙撃仕様で、使った短機関銃はMP39らしい。

 きっと拳銃もワルサーP38あたりに違いない。もしかしたらP08やC96かもしれんが。

 

(ドイツは、随分と”冬戦争”に肩入れしたらしいな……)


 可能な限り情報を集めたところ、”冬戦争”時のフィンランド軍の装備は、まるで俺の知る歴史の”継続戦争”並みのゲルマン色だったようだ。

 何でも、ポーランド侵攻前……というか”独ソ不可侵条約”締結前に「新兵器のテスト」名目で技術検証チーム(実質的には軍事顧問団だろうなー)を入れて、スオミ人の前でデモンストレーション、言うならば実演販売をやったらしい。

 そのせいでフィンランドの兵器シェアを独占、装備はモロにドイツ式になったとのことだ。

 フィンランドは最新鋭の兵器をプレミア付ではなく通常価格で買えて幸せ、ドイツは大口契約で外貨を獲得できてホクホクというWin-Winという状態で冬戦争に突入したらしい。

 

 それがどこまで影響したかは知らないが、現状は史実よりもややフィンランド有利っぽい。


(今にして思えば、存外に大量の兵器売却はソ連への牽制だったんじゃねーかな?)


 それはともかくとして、俺と相方の小鳥遊伍長は、トブルクからクレタ島までの配置転換を行っていたのだった。

 まあ、俺と小鳥遊伍長だけじゃなくて、狙撃小隊丸ごとの配置転換……というより、状況から考えて増援だろうな。

 

 ちなみに狙撃小隊というのは、例えば皇国陸軍の標準的な普通小隊と大分、編成が異なる。

 標準的な小隊だと、普通分隊2~3つに小隊長直轄の増強分隊ないし火力支援分隊が指揮分隊となり統括するという感じだ。

 分隊は大体10~13名で1個分隊となり、小隊は40~50名くらいが普通だ。

 

 だが、狙撃小隊の場合は俺みたいな狙撃手スナイパーと小鳥遊伍長みたいな観測手スポッターがバディを組んで1個分隊扱いであり、この狙撃分隊6~8個を小隊長直轄の通信指揮分隊が率いるというスタンスだ。

 なので、小隊規模は30名を超えるということはあまりない。

 

 この差は勿論、投入される戦場や戦術の差だ。

 歩兵には歩兵の、狙撃兵には狙撃兵の戦い方がある。

 

「それに遥々というほどでもないでしょーが。せいぜい1時間の空の旅だ」


 小鳥遊の言うこともごもっともで、存外にトブルクとクレタ島は近い。

 トブルクから真北に300㎞ほど洋上を進めば、見えてくるのがクレタ島という訳だ。

 

 実際、小隊丸ごと昨日、”二式飛行艇(二式大艇)”でトブルクからクレタ島南部に設置された海軍航空隊基地港に運ばれてきたのだ。




 聞いて驚け。

 まだ製造が始まったばかり……先行量産型みたいなもんだが、二式大艇も水上戦闘機の”強風(二重反転プロペラ仕様)”も、既に配備が始まってる……正確には、作ったそばからアレクサンドリアに運ばれ、こうして前線に回ってきてるのだ。

 

(これも俺が知ってる歴史より、技術も国力も底上げされてるからだろうなー。金があるってのは、無茶が利くってのとほとんど同義だ)


 国際情勢やら日英同盟やら他にも色々あるだろうが、世の中の問題の八割は金でカタが付くと相場が決まってる。

 開発費を潤沢に使えるのとギリギリなのでは、開発速度が天地ほども違うもんだ。

 そういうのが積み重なれば、1年以上早く実戦投入も可能になるんだろう。

 でも、それだと名前の”二式”に反してないのかって?

 

 あー、それについては実に日本皇国はアバウトというか混沌としていて、正直、国防族の上から下までさじを投げている。

 何しろ陸海空三軍で、式と付いてもその前に付く数字は、皇紀(紀元)に和暦が混じってるかと思えば、ただの型番や形式(例えば、空軍の”隼”や”鍾馗”はTYPE-1、TYPE-2という意味)、また外国由来(原型がある)の武器は、開発元の名前を漢字化したものや西暦なんかも入る場合まである。

 

 これも例を挙げると、以前の陸軍の標準小銃だった梨園改三式小銃の”梨園”は”リー・エンフィールド”の漢字化略式で、改三式は”Mk IIIモデルを改造した物”という意味だ。

 これを狙撃銃化すると、今度は俺の相棒でもある”九九式狙撃銃”になるというのだから、如何に名前つけがアバウトかわかるだろ?

 まあ、名前がカオス化する程度なら、弾丸やら砲弾やらがカオス化するよりは遥かにマシなんだが。

 

「日本から考えたら、どっちも遥々だろ? 何せユーラシアの反対側だ」


「そういうのを屁理屈って言うんですぜ?」


 知ってるよ。

 

「ところで少尉殿、俺たちの仕事はクレタに来ても相変わらずドイツ人を撃ち抜くことなんで?」


「大筋ではそれで正解だ」


 まあ、厳密に言えば少し違うんだが……

 

「多分だが、今度の標的は空から降ってくるんじゃねーかな?」


「はっ?」


 いや、配置される場所にもよりけりだろうが……多分そうなるぞ。















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