第22話 拝啓、ベルリンの片隅より




 1941年5月某日、ベルリン

 

 総統直轄組織である”ドイツ国防軍最高司令部”の一角、外部へ一切情報が洩れぬように細心の注意で日々”清掃”されているその部屋で、とんでもない面子が非公式/非公開の会議を行っていた。

 

「ロンメルは上手くアフリカより足抜けできるようだ。おそらく、次の便で部下共々帰って来られる。途中で船が沈まなければだが……」


 と難しい顔をするのは、ドイツ陸軍総司令官ヴィルヘルム・フォン・フリッチュ上級大将だった。

 

「タラント港が歴史上の軍港になって以降、地中海は半ば英国人と日本人の浴槽。短い距離とはいえ油断はできんか」


 そう返すのはドイツ第三帝国国防相、政治面で軍部を支える(ついでに最近、若い嫁さんを娶った)ファフナー・フォン・ブロンベルク。

 

「レーダーやゲーリングが集まれないのも無理ないか。今頃はOKM(海軍総司令部)やOKR(空軍総司令部)で缶詰だろうからな」


 と苦笑するのはコンラート・フォン・ノイラート。ドイツ第三帝国の外相である。

 

「というより、よくフリッチュはOKH(陸軍総司令部)から出られたな? 東方遠征の準備で忙しいだろうに?」

 

「”本番”の準備は、粗方終わってるよ。後はあちこちに散らせた人員を招集するだけだ」


 おそらく、その一人がロンメルなのだろう。

 

「ロンメルだけではないが、それには時間が必要だろうからな。次のDAK(ドイツアフリカ軍団)の指揮官は誰だ? 期待できそうなのか?」


 半分ほど姜美穂本位で聞くノイラートに、

 

「ヴィラーケン・フォン・トーマ。今は中将だが赴任と同時に大将に昇進させれば問題あるまい。まあ、それに……」


 フリッチュは表情を緩め、

 

「イタリア人がまた無茶無謀をやらんように見張りつつ、DAKの手綱を握ってくれれば多くは望まんよ。日本人が警戒心を抱き続け、トブルクに縛り付けられればそれでよい」


 「なるほどな」と納得するノイラート。

 実はこの会話にはちゃんと裏話がある。

 現在、トブルクを包囲しようとするたびに日本皇国軍が出てきて邪魔され、包囲を完成できない状態ではあるのだが、それはそれで「コンパス作戦でトブルクをとった瞬間、英国人が日本人をトブルクに引き込んだ」時から予想された展開の一つだった。

 いざ守り、拠点防衛に特化したときの日本人の強さというより粘っこい「厄介さ」は、第一次世界大戦の陸戦経験者は、誰もが知っている事だった。

 特に日本人が守る場所に攻め込んだ敵方なら尚更だった。

 だが、そんな状況でも、作戦大成功とは言わないまでも想定の範囲内、むしろ被害が想定より少ないので上々の成果と言えるものだった。

 というのも……

 

 


「それにしても、やはり今更ながら驚きだな……総統閣下が英国人に戦争を仕掛けると聞いたときは、首をかけてもお諫めするべきと思ったが」


 と当時を思い出しながら、

 

「まさか、今回トブルクと同じように”バトル・オブ・ブリテン”その物が”陽動・・”であり、牽制・・だったとはな」


 するとブロンベルクは苦笑しながら、

 

「あの御仁のお考えは、我ら凡俗では中々理解しづらいものだ。儂が『心配しなくとも良い。”アシカ作戦”自体が、英国やソ連がスパイを通じて読むことを前提としたブラフであり、実行される予定のない”見せかけだけの作戦”さ。私とて、英国を焼け野原にできるとも、ましてや本気で上陸作戦を敢行できるとも思っておらんよ』と総統自らの口より聞いた時の私の気分はわかるか?」


 残念ながら事実であった。

 この時、総統の思惑は「英国本土の防空能力や反撃能力の確認」と、『自国の航空戦力の把握』であった。

 だからこそ、史実より実は微妙に期間は短く、比例して被害も小さいものだった。

 更に、その内容もそこそこ違っていて、例えば”バトル・オブ・ブリテン”にはBf110は一切参加していない。

 また、Bf109も外観こそE(エミール)型だったが、胴体の下に落下式の増槽ドロップタンクを装着し、またよく見れば主脚は「内側に折りたたむトレッドの広い物」だった。

 因みにこの二つのアイデアは、総統閣下が強権発動で絶対的要求性能として盛り込ませたという噂があるらしい。




「それはまた……災難だな」


 この手の経験は、特に総統に近いものであればあるほど経験したことがあるシチュエーションだ。

 例えば、”総統大本営(FHQ)”というものがあるのだが……これは史実と違いかの有名な”狼の巣(ヴォルフスシャンツェ)”のような特定の場所を指すのではなく、定期的、非常時には不定期に開かれる総統と国家首脳陣の最高意思決定会議と懇談会(?)を兼ねた”催し”であり、意味合い的には非公開の”国家安全保障会議”に近い。

 さて、開戦前のある年、かの総統はこう問いかけられた。

 

『ユダヤ人はどうするのでしょう? 巷で言われてる通り排斥、そして”最終的解決手段”を用いるのでしょうか?』


 と。すると総統は呆れ顔でこう返したという。

 

『君はその最終的解決手段でユダヤ人に向けて発砲される弾丸で、何人の兵士の射撃訓練ができると思う? 強制収容所とやらの建設に使われるべトンと土地と労働力で、どれだけの工場が立てられると思うのかね? そもそも、なぜドイツ人の血税が、ユダヤ人をこの世の苦しみから解放させる為に使われなければならん?』


 一呼吸置いた後、

 

『階層を問わず、ドイツ人共通の”市民の敵”というのは、実に都合よく得難いものだ。何しろ、ただそこにいるだけで勝手に憎悪を集め、国民が一致団結する触媒になってくれる。知ってるかね? 内部に不穏分子がいる方が、国家国民はまとまりやすいのだよ。何のために私が親衛隊に命じ、苦労して市民に噂を流布してると思うのかね?』


 と苦笑し、


『第一、滅してしまえば、それ以上使い道が無くなってしまうではないか』



 

***




 さて、ところで……

 この構図に奇妙さに気が付いただろうか?

 そう。史実ならこの三人は、”1941年のベルリン”にはいないはずの面々だった。

 ブロンベルクとフリッチュは、有名な”ブロンベルク罷免事件”で排除されている筈だし、ノイラートはリッペンドロップに追いやられている筈だ。

 だが、彼ら三人は盤石に”ここにいる・・・・・”。

 

 この事実こそが、”この世界は我々の史実ではない”ことを物語る。

 また、どうやら親衛隊もその立ち位置は随分と違いそうなのだが……

 

「ところで、儂の記憶が間違っていなければ、”陽動・・”はあと最低1か所は行うのだったな?」


 フリッチュは小さくうなずくと、

 

「イタリア人がギリシャに攻め込み、ドイツわれわれが何時ものように返り討ちにあった彼らを支援する……この状況を利用する」


 地中海に浮かぶ島を指さしたのだった。

 

「上手くいくのか?」


 ノイラートの言葉に、

 

「英国人がギリシャに乗りあがった時には、日本人はこの島に上陸してるさ。きっと今頃は、穴ぼこだらけの要塞にしてることだろう」




 










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