第10話 急降下爆撃、開始!







 フランスがドイツに膝を屈してからほどなく、アレクサンドリアにある”日本皇国統合遣中東軍司令本部”へ訪れる二人の英国紳士……もとい。英国軍人の姿があった。

 

 一人は、英国地中海艦隊作戦部長バートランド・ラムゼー。もう一人は、”H部隊”司令官ジャック・サマーヴィルだ。

 二人の中将の来訪に応対したのは、こちらも皇国軍の高官、中東・地中海方面に展開する日本皇国陸海空三軍を統括する今村仁大将。もう一人は戦艦2隻・巡洋戦艦2隻・正規空母2隻を抱える遣中東艦隊司令官である小沢又三郎中将だ。

 

「なるほど……”ジャッジメント作戦”、タラント港攻撃を皇国軍我々に協力しろと?」


 今村の言葉に作戦全体の責任者であるラムゼーが頷く。

 

 正直に言えば、ラムゼーは日本皇国軍が協力してくれる可能性は良くて半々だと思っていた。

 守りに定評のある皇国軍、それは海の戦いにも通じると考えていた。

 実際、防御的海戦である対馬沖(日本海海戦)では大勝し、迎撃戦ではあるが攻勢的側面を持つジェトユトランド沖海戦では当時最新鋭だった戦艦2隻を失っている。

 いや、実際の戦術よりも日本人自体がそう思っているフシ・・がありそうなのが問題だった。

 だが、

 

「小沢君、作戦の概要を聞いてどう思ったかね?」


 今村の言葉に小沢は少し考えてから、

 

「端的に申し上げても?」


 視線は今村でなくラムゼーとサマーヴィルに向いていた。

 ラムゼーが無言で頷くと、

 

「少々、手緩いのではないでしょうか?」




「手緩い……ですか?」


 予想外の言葉にラムゼーが表情に出さぬように驚いていると、今度は小沢が頷いた。

 

「タラント港は目下イタリア海軍が抱える一大軍事拠点。しかも現状において実働可能な戦艦6隻全てが集結している……これは千載一遇の好機なのではないですか?」


「アドミラル・オザワ、君はこう言いたいのか? どうせやるのであれば徹底的に、と」


 小沢は獰猛な笑みを浮かべる。

 笑顔とは本来攻撃的なものという説を全肯定するような表情であった。

 

「皇国が戦力を出す以上、”日英の投入できる全力”をもって一網打尽にすべきでしょうな」


 あまりに攻撃的な内容に啞然とするラムゼーに、友人がやりこめられる珍しい表情に笑いを嚙み殺すサマーヴィル。

 しかし、小沢の言うことは間違っていない。

 現在、イタリアが動かせる戦艦の全てはタラントに終結してるし、それを全て叩けるのであれば地中海の制海権は大きく日英同盟に傾くことになる。

 今村もうんうんと頷きながら、

 

「そうなれば、マルタ島もジブラルタルも、そしてこのアレクサンドリアも当面は随分と安全度が上がるのではないかね? つまり、皇国軍われわれにも理があるということになる」


「……皇国は、どの程度のお力添えを?」


 あえて持って回った言い方をするラムゼーに今村は、

 

「必要であれば地中海にある全ての皇国艦隊を。具体的に言うなら戦艦4杯と空母2杯、全て投入して構わんよ」


 予想以上の回答に絶句するラムゼーと口の端を吊り上げるサマーヴィル。

 そんな二人を見ながら今村は、

 

(あの”博打うちやまもと”が如何にも好みそうな作戦だ。まさか嫌とは言わんだろう。参加できないことを悔しがるかもしれんが)


 おそらくは今頃、本国でつまらなそうに書類と格闘しているだろう連合艦隊長官を務める友人の顔を思い出していた。

 



 

 

 

 

 

 

 

 


****************************









 舞台は、再び1940年11月12日、現地時間で正午を迎えたタラントへ……

 


 

「ぎゃあああっ!! なんであいつら、高射砲陣地なんかにわざわざ爆弾落としてくるんだっ!?」


「狙うなら船狙えっ! 船っ!」


 何やら船乗りに激怒されそうなことを叫びながら逃げ惑う高射砲要員。

 だが、無理もない。

 これまで起こった日英の空襲は、いずれもタラント港に停泊する艦船を狙ったものだ。

 少なくとも自分達は眼中になかった……そうであるが故に”一方的に撃てた”のだ。

 だからこそ、彼らは自分達が「狙われる側」になる事を想定できていなかった。

  

 その唐突な惨状を見ながら、マルコ・ボカッティ一等兵は、20㎜弾が12発入った保弾板を抱えながらガタガタ震えていた。

 

「おらっ! 新入り! さっさと弾込めろっ!!」


 対空機関砲の指揮を執っていた親方と呼びたくなる風体の古参軍曹が怒鳴るが、

 

「隊長、逃げましょうっ! 日本人共は鉄砲撃ちおれたちを殺しに来てますっ!!」


「バカ野郎っ! 俺たちが逃げ出し……」


 ”ぱきゃ”

 

 言葉の途中で、軍曹の首から上が破裂する。

 あちこちで爆弾が炸裂しているが、普通はこんなところまで破片は飛んでこない。

 何が当たったかはわからないが、飛び散る脳漿や眼球を認識する前に、ボカッティは意識を手放したのだった。



 

 彼らは気がつくことはなかったが、皇国軍が高射砲陣地攻撃に使用したのは、通称”三号爆弾”、正確には”二式二五番三号爆弾一型”と呼ばれる一種のクラスター爆弾で、投下すると空中で炸裂、下方へ円錐状に800個の焼夷弾子をばら撒く仕様となっていた。

 今回、急降下爆撃で投下された250kg級ならば、直径300mの円状が散布界となる。

 

 イタリア人軍曹の頭を吹き飛ばしたのは、跳弾した弾子の一発だったようだ。

 

 

 

***



 

 この時、タラント港各所に設けられた高射砲陣地を集中的に爆撃していたのは、地中海に配備されていた2隻の日本皇国正規空母、搭載機数最大84機を誇る最新鋭の”翔鶴”と”瑞鶴”から飛び立った急降下爆撃機、”九九式艦上爆撃機”だった。

 

 延べ120機の艦載機による攻撃は、空中集合などの関係から二波に分けられている。

 今回の爆撃は、その一波目ということになる。

 

 

 確かに彼らの攻撃は、定石セオリーから考えると少し奇妙だ。

 港のイタリア戦艦は損傷してこそいるが、まだ完全に破壊された訳ではない。

 少なくとも現在の損傷ならば、まだ修復は可能なはずだ。

 だが、意味は当然ある。

 

「こちら一次攻撃隊。高射砲陣地に対する”新型爆弾・・・・”の効果は極めて良好」


 高射砲や高射機関砲は上空から来る航空機を迎撃するもので、射界を確保するために上はがら空きである。しかも砲の周辺には対空用の炸裂弾や装薬など可燃物や爆発物がごまんとある。

 そこに上空から”小型焼夷弾の雨”が降り注ぐなら、ある意味この結果は当然であった。


「小癪な猟師は粗方黙らせた。後続は予定通り、されど油断せずに進軍されたし」


 どうやら皇国軍のターンはまだまだ終わらないらしい。



 

 

 










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る