半分の思い出

翡翠

半分の思い出

 君とは色んなものを半分こしてきた。たい焼きのクリームとこし餡とか、チョコと抹茶のアイスクリームとか。カップ焼きそばを二種類一つずつ買って、出来上がったそれを半分ずつ入れ換え合ったりもした。いつも違うものを選んで、同じものを食べた。

 きっかけは、私がドーナツの味を選べなかったことだった。五分ほどうんうんと唸っているのを見かねた君が、私の顔を覗き込んだんだ。

「どれで悩んでるの?」

「これとこれ……どっちも美味しそうだなぁ」

 抹茶チョコがかかったのと、ほうじ茶の練り込まれたのを両手で指させば、君は納得したように笑った。

「あ~、どっちも好きそ~」

 そうなんだよ~、なんて笑い返した私を見て、何か思いついたらしい君はトングでほうじ茶のドーナツを掴んだ。

「分かった、じゃあ君はこっちね」

「えっ」

「で、僕がこっち」

「あ、ちょ」

 抹茶チョコのドーナツを自分のトレイに乗せて、君は悪戯っ子にも似た目で楽しそうに笑った。

「あとで半分こ、ね?」

 違うドーナツを二つ迷うことなく選び取って、君はすぐにレジに向かったっけ。君が食べたいの選んで良いのに、と申し訳なさを滲ませた私に君は、僕もこれ気になってたんだってまた笑った。席について二つに割って、せーので食べた。抹茶もほうじ茶も、今までにないほど美味しかった。本当に美味しかった。結局どっちが好きだったの?と訊かれて返した答えは「どっちも」。

「びっくりするくらい美味しかったもん。選べないよ~」

「あははは! どっちも食べて正解だね」

 そう言ってからふと真面目な顔になって、「でもやっぱりどっちかの方が良かったのかも」って呟いた君の本音、訊けずじまいだったな。

 それから色んなものを半分ずつ共有するようになった。きのことたけのこに季節限定商品が出たとか、一緒に行ったお店のオススメが二つあったとか。そんな小さな日常の中で君と同じものを口にするのが、私は大好きだった。なんてことないけど特別で、ありきたりだけど有難い。そんな君との生活が大切で、何よりも愛おしかった。今でも大切だと思ってはいるけれど、もう日常ではなくなってしまって久しい。

 一人になってから、一度あの場所にドーナツを食べに行ったことがある。期間限定商品の復刻版と銘打って売り出されたのは、抹茶チョコのかかったものと、ほうじ茶が生地に練り込まれたものの二種類。君と一緒に食べたのと、見た目も名前も殆ど同じだった。けれど、君との記憶に縋るように噛りついたそれを、私はどうしても美味しいと思えなかった。抹茶はチョコの方が強くて物足りないし、ほうじ茶はなんだかパサパサしている。あぁ、君と食べたからだったんだな、なんて。あのドーナツはもう、食べられないんだなって。

 フードコートで一人、ドーナツを頬張りながら泣きじゃくった。君のせいじゃないけど、やっぱり君のせいだ。こんなに、苦しいのは。


 あれから五年経った今日も、私は同じお店で買って来たドーナツを一つ、半分にする。片方は自分に残して、もう片方はお皿に乗せて写真の前に置く。静止画のまま明るく笑い続ける君と、これからもずっと一緒に食べるのだ。

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半分の思い出 翡翠 @Hisui__

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