猛犬注意『イヌイヌパニック』

 とはいえ、こっちは夢香を差し出さなきゃいけない。リスクはある。けど、勝てば三十万円。貧乏人にとっては一生遊んで暮らせるような大金だ。


「夢香、お前を売るつもりはないんだが……」

「大丈夫。わたしはお兄ちゃんが勝つって信じてるから」


 そんな自信に満ちた笑顔を向けられ、俺は驚いた。てっきり反対されるかと思ったんだがな。


「いいのか。負けたら……あの男と付き合うことになるかもしれないんだぞ」

「そんなことはない。きっと勝つよ。わたし、勝利の女神だもん」


 夢香と一緒なら百人力かもな。

 よし、一か八かやってみるか!


 俺は割と運が良い方ではあるからな。


「どうする? 平田杏介! それとも逃げるか?」

「黙れチャラ男。お前に妹は渡さないし、三十万円は戴くぜ」

「つまり、勝負するってことだな」

「ああ、やってやるよ。恨みっこなしの勝負だ」


 不気味ニヤリと笑う小鳥遊なんたら。

 なんだ、なぜそんな不敵な笑みを……?


 怪しんでいる間にも小鳥遊は『イヌイヌパニック』を地面にセット。


 恐ろしい番犬が口を開けた。


 牙は十本。


 十分の一で敗北。


 一発で噛まれる可能性も大いにある。


「ルールは一発勝負。噛まれたらそこで試合終了だ」

「いいだろう。先行後攻は?」

「じゃんけんだ。ここで後攻が取れれば有利だぞ」

「分かった」


 じゃんけん――ホイッと。


 結果、俺がグー、ヤツがチョキで俺の後攻になった。ラッキー!



「ぐぬっ!!」

「さあ、さっそく牙を押してもらおうか! 運が悪ければ一発終了だぞ」

「ク、クソォ……。だが、まだ終わりと決まったわけじゃない。今に見てろ。夢香さんは僕のモノになるんだからなァ!!」


 やけに自信満々だな、コイツ。

 なにか策でもあるのか?

 いや、そんなの超能力者でない限り不可能だ。

 『ハズレ』は、通常ランダムで決まるという。だから、ほぼ運ゲーだ。


 運ゲーだが、牙を押そうとした時のバネの重さでなんとなく・・・・・は、ハズレかどうか分かるんだ。


 状況を注視していると、小鳥遊は真ん中の牙に指を添えた。



「それでいいのか?」

「ああ、これでいい!」



 指が震えているじゃないか。

 ヤツにとっては三十万円もの大金が掛かっているからな。プレッシャーも相当なはず。

 やがて小鳥遊は牙をポチッと押し込んだ。



「ガウッ!!」

「ひゃあああああああ!? って、脅かすな!! 平田杏介!! 心臓が止まるかと思ったわ!!」


「チッ。運のいい奴め」



 思ったよりいい反応をしてくれた。もちろん、今のはセーフだ。俺が脅かしただけだからな。

 ……さて、俺のターンか。


 なぁに、まだあと九分の一。


 そう簡単に引くわけねぇ。


 中央から右三番目の場所に指を添えていく。



「そこでいいのか、平田杏介」

「さっきのお返しか。ていうか、いちいちフルネームで呼ぶな」

「うるさい。さっさと押せ」



 そうだな、これを押さないと進まない。俺は絶対に勝たねばならない。この男だけには負けられないんだ。


 俺は力強く牙を押した。



『……カチャッ』



 ……セーフ!



「よっしゃああああ!」

「運のいい奴め……」



 その後も牙を押してセーフが続いた。

 残るは五個!


 五分の一。

 いよいよ後がないぞ……。


 手汗がやべぇ……。


 こうなると神頼みだ。

 いや、勝利の女神が俺にはついている。夢香、力を貸してくれ!

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