(20) 第二章 プロローグ
「おとう様!」
お義父様を見かけた途端に、自分でも驚くほど反射的に声を掛けていた。と同時に、今朝は寝かせてくれようとしたのか、侍女が居なかったので自分一人で着替えた事が気になった。
いつもはヒラヒラが多めのドレスばかり着せられるが、今日はもう少しシンプルで腰に大きなリボンを着けたものにした。裾が長いのは変わらないが、幾分動きやすい。
胸から腰までは濃いブルーだが、リボンから下は朝顔の色を逆にしたような、切れ込んで白色になっているスカートだ。髪も自分で梳いて、横で一つに束ねている。それが変ではないかと気になった。
「おはようございます。おとう様」
「おお、おはようエラ。よく眠れたか?」
ニッと笑んでウインクをするお義父様は、愛おしそうな目で俺を見つめる。いくらオレに甘くても、変なら何か言うはずだ。どうやら身だしなみは大丈夫のようだ。
「はい、その……おかげさまで……」
昨夜は、ずっと手を握ってくれていたのを思い出す。夜中にうなされて目が覚めても、お義父様はオレの手を優しく握り続けてくれていた。そのお陰なのは間違いない、朝に目が覚めた時には気持ちがスッとしていた。ただ、それがどうにも気恥ずかしかった。
「そうか」
短い返事をくれたかと思うと、お義父様はひょいとオレを抱え上げた。
「しばらくの間、お前を目いっぱい甘やかしてやろうと思ってな」
そう言ってニヤリと笑い、お姫様抱っこで移動し始めた。
「お、おとう様、恥ずかしいです」
そう言いながらも、気持ちはとても穏やかな事に気が付いた。恥ずかしいよりも、どこか喜んでいる自分がいる。お義父様の腕の中で余った頭のやり場を、その胸にそっともたれかからせるほどに。
「ワシらの仲睦まじい姿を見せた方が、侍女達が喜ぶみたいでな。サービスというやつだ」
そう言われてみると、こちらを見る侍女達は眼福だと言わんばかりの表情をしている。だが周囲の目を意識すると、急に顔が熱くなってしまった。
「やっぱり、恥ずかしいです……」
「ハッハッハ。言っている間に食堂だ」
侍女の一人が扉を開いてくれて、オレは抱えられたまま食堂に入った。いつもの長机には、リリアナがすでに座っていた。お義父様とオレを待っていたのだろう。シロエも給仕を手伝いながら待ってくれていたようだ。
「あー! ずるい! エラを抱っこするなんて!」
オレの姿を見て、リリアナが開口一番に叫んだ。
「昨日は私の部屋に眠りに来ないし、おじい様が独り占めした上に抱っこまで……エラは、私の子ですけど?」
正しくは、『私が拾った子』だと思うが……。
「たまには良いではないか。親子水入らずで過ごす事くらい大目にみてくれ。な、リリー」
「もう。しょうがない人ですねお嬢様は。エラ様は私のエラ様ですよ? お間違えなく」
いつも通りにオレの取り合いをする様子は、なんだかとても暖かな光景に見えた。普段は少し引いてしまっていたのに、今日はとても愛おしい。素直にそう思える。
「そんな事よりも、朝食にしよう。ワシは腹が減ってたまらん」
お義父様は場を収めつつ、オレをそっと降ろしてイスを引いてくれた。
「ありがとうございます。おとう様」
うむ。と軽い返事をくれた後、侍女に向かって頷いた。朝食を運ぶ指示だ。場の流れを把握している侍女だからこそ、これが指示として通る。
「それにしても……エラは何か、変わったわね。昨夜おじい様と、何をしたのかしら?」
(言い方!)
「い、いえ特に、何も。お話はしましたけど……」
オレの答えに納得がいかないのか、「ふーん?」と気の無い返事をされた。
「お嬢様。そういうのは、無粋というものです」
(言い方!)
シロエも着席しながら、何を想像しているのか分かりたくない言い回しでチクリと刺してくる。二人は、昨夜オレが三人で寝なかった事を非難しているのだ。
「おいおい、エラをいじめるんじゃない。昨日はアレの話をした。親子二人で話す必要があったのだ」
分かるだろう? と、お義父様は二人を目で制止した。
「そういうことなら、まぁ……」
などと話している間に、食事が目の前に置かれていく。
「さあ、頂こう。今日からエラは少し休ませるから、後で存分に遊んでやってくれ」
仕切り直したつもりのお義父様だったが、フォークを手に取る前にそう言うものだから、リリアナとシロエが反応しないわけもなく。
「本当ですか? 嬉しい! エラ、今日は何しようか」
「お嬢様はお仕事が山積みですよ? 私と遊びましょう、エラ様」
こうなる。
「いい加減にせんか。早く食べるんだ」
お義父様が少しばかり本気で叱ると、ようやく二人は大人しくフォークを手に取った。
(これって、オレにとってはすごい事で、すごい光景だ)
暖かい家庭の姿が、そこにある。
ここに来て、もう一年になる。二人はずっとこんな感じでオレに構ってくれているし、侍女達も優しい。お義父様も本当の家族のように、そう、理想で思い描いた家族の愛情を注いでくれている。
(もう、昔みたいに気を張り続けなくていいのかもしれないな……)
この一年の間、ずっと考えていた。貴族教育に忙殺されながらも、皆からは本物の愛情を感じるようだと思っていた。ただの優しさだけではない。本心からの愛情とは、こういうものなのではないかと。
信じても、きっと大丈夫なはずだ。なぜか今は、心からそう思える。信じたいと。
(例えいつか裏切られる事があっても、そこには何か事情があるのだと、きっと許せるだろう……)
ただ、与えられた恩を返すだけではなく……心の底から、この人たちを信じて過ごしたい。
(――この暖かな日常を、心から)
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