(13) 第一章 五、万全の環境(一)


五、万全の環境



 七日後。公爵は、五百の私軍を連れて来ていた。

 街への移動というには規模が大きい。その理由は、時折出るという獣を街道から外れた所までの討伐をするためと、ガラディオの部隊と模擬戦を行うためだそうだ。



 公爵の家名は『アドレー』、本名を『ウィンドル・ファルミノ』というらしいが、基本的にはアドレー公爵と呼ばれる。アドレーと聞けば、敵国は震え上がる程に名を馳せているという。

 今はその人を迎えるために、屋敷の前で待機中だ。

数年ぶりに帰還した街の創始者に、街の人々は大歓声で迎えたようで、屋敷にまでその声が聞こえる程だった。よほど慕われていたのだろう。



 五百の兵全てが屋敷に入るわけではなく、公爵とその側近の十騎が入り、残りは近郊の兵舎へと向かって行った。

 屋敷の正門から、屋敷に向かう道の両脇には、ガラディオとその部下達が整列して迎えている。そして屋敷の入り口では、執事長のセバスチャンとメイド達が並び、その中央にリリアナとシロエが、オレを挟むようにして出迎えている。



(息が苦しい……)

 銀のレースとリボンで飾られたドレスと、限界まで絞められたコルセットが、呼吸まで絞めつけているからだ。細い腰を、さらに細くされてしまった。



 リリアナは着慣れているようだ。アップにした金の髪が、濃い赤のバロックドレスに似合っているし、胸元の宝飾は、彼女をさらに引き立てている。瞳と同じ色の大きなエメラルドが、主張し過ぎないで調和しているのはさすがだ。



 シロエも、メイド服のような雰囲気の白いドレスを着ていた。クラシックロリータというのだそうだ。飾りを付けていない分、長い栗色の髪を束ねて、左の肩から前に流している。リリアナのドレスに合わせた赤いリボンを一緒に編み込んでいて、その緩いウェーブの髪に絡まる様はひとつの艶やかな装飾のようだ。シンプルだが、着る人が着れば貴婦人になるのだというモデルだ。



 慣れているというか、これが二人の本来の風格なのだろう。貴族たる品位が溢れ出ている。呼吸のしづらさに苦悶しているオレとは違って、二人は懐かしい人に早く会いたいという、待ち人が見せるうるんだ瞳をしていた。



 ついに正面まで来た騎馬は、後ろに居る騎馬隊よりも立派な装具を纏っていた。黒の馬鎧に、黒と銀刺繍の軍装は、見るからに大人物が跨っている事を語っている。実際に体も大きい。ガラディオほどの身長ではないが、厚みは一回りほど大きいだろうか。そんな大男であるのに、騎馬から降りる公爵の姿は、優雅さに目を奪われるものだった。



 公爵は、黒を基調とした軍服のジャケット姿だった。太陽の煌めきと交差した剣がモチーフの大勲章と、月と星の輝きと盾をモチーフにした大勲章の二つが、ウエストの辺りに付けられている。

 そして、その首襟には黒く輝く、大きなブラックダイヤの宝飾が、アドレー家の家紋である剣十字の意匠と共に掛けられている。普通ならば飾られ過ぎて滑稽に見えるだろうが、彼が身に付けると全体が引き締まって見える。公爵から溢れる威厳と威圧感を、その飾り達がなんとか抑えているかのようにも見えるし、際立たせているようにも見える。



 しかしよく見ると、本当にその人がアドレー公爵なのか、オレには判断出来なかった。なぜなら、どのように年上に見たとしても、三十代の半ばくらいにしか見えないのだから。


 日に焼けた浅黒い肌と、少しクセのある短めの金髪。彫りの深い、厳めしくも整った顔立ち。切れ長で鋭い碧眼の目は、眉間にしわを寄せるクセが付いているようで険しい。口元だけ、孫に会えた喜びからか、柔らかな笑みを浮かべている。



 近づきながらリリアナに向けて、顔の片側でニッっと笑ってウインクを飛ばした。どこか年季の入ったやり方は、たしかに重ねた年数を想像させるが……やはり、かなり若く見える。

「シロエ……あの方は、いったいおいくつなんですか……?」



 聞かずにいられなくなって、オレはその場で聞いてしまった。声は絞っていたはずだと思ったが、答えたのはシロエではなく、年齢不詳の公爵だった。

「ワシか? ワシは二百を超えてから数えておらん」

 しゃがれた低い声はその人に似合っていた。ただ、年齢でしゃがれたというよりは、酒で焼けたのだろう。手にはスキットルが握られている。



「それがどうかしたか?」

 聞こえてしまったという焦りではなく、今聞こえた数字に、どう理解して良いのかが分からないまま沈黙してしまった。



(はっきりと二百だと言った。冗談にしては、あまりに普通に答えていた。つまらない冗談に冷たい視線を送る人も居ない。この世界では、寿命が地球とは別物なんだろうか? では寿命は何歳までなんだ? 見た目も若いままだし、不老長寿が当たり前の世界なのか? 完全に油断していた。オレはどれだけ生きる事に必死だったんだ。とはいえ、誰がここまでの寿命の差を予想出来るだろうか。さすがに想像を超えている)



「これがエラか。手紙での報告通り……いや、予想以上の器量だな。体調はもう良いのか?」

 オレを見てはいるが、言葉はリリアナに向けられていた。一向に返事をしないオレにしびれを切らして、オレを観察しつつもリリアナに話を向けたようだった。



「はい、お爺様。ええと、道中お疲れ様でございました。ようこそお帰りなさいませ。皆、今日を楽しみにお待ちしておりました」

(しまった。挨拶を邪魔してしまったのか。まさか聞こえるとは思わなくてつい……)



「うむ、ワシも久々に街を見られて良かった。これからしばらく厄介になるぞ」

「……それで、あの、エラは最近やっと、日常生活が送れるようになってきた所です。ですから、まだ所作なども全く教えておりませんので、厳しい言葉はご容赦ください」



「良い。分かっているつもりだ。リリーの手紙にはびっしりと、エラを気遣い想う言葉で埋め尽くされていたからな」

「そ、それは言わない約束でしたのに……」

 その事はオレに聞かれたくなかったのか、リリアナは顔を真っ赤にしてうつむいていた。



「リリアナ、ありがとうございます」

 オレはというと、しでかした事を見た目の年齢のせいにしてしまおうと、人見知りをしているかのようにリリアナの後ろに隠れ、ポソリと小さくお礼を言った。

「い、いいのよ。当然の事だもの」



「本当に仲が良いのだな。時間が許すなら、ゆっくりと成長させてやりたい所だ」

 そう言うと、アドレー公爵は屈んで片膝を着き、オレの顔を覗き込むようにしてこう続けた。

「もう少し、顔をよく見せておくれ」

 言われてオレは、おずおずと前に出た。



「ふむ……なかなか面白い目をしておるな。気配もその年にしては……。ま、良い事だ。ワシの事もあまり怖がっておらんようだな。嬉しいぞ。大した娘じゃないか」

 とりあえずは気に入ってくれたのか、頭を思いのほか優しく、一度だけ撫でてくれた。



「あとでプレゼントを渡そう。他の皆にも土産があるから、受け取ってくれ」

 皆、口々に感謝を述べ、最後にもう一度セバスチャンが代表してお礼を伝えた。

「お爺様、それでは中でお寛ぎください。お食事も用意しておりますので、是非に」



「ありがとう。そうさせてもらおう。しかしリリーよ、いつまで気取っておるのだ。寂しいではないか」

「……もう! 皆の前だからこうしているんですよ? 甘えた姿では示しがつかないのに」

「ハッハッハ! ここの皆はすでに知っておるというのに今更何を言う。さては、エラに良い恰好を見せたかったのだろう。ハッハッハ!」

「お爺様~! はやく中にお入りください。もう~」



(良かった。なんだか温かい人だ。疑ってはいなかったけど、実際にこういう人で安心した)

「シロエも気取って黙っておるのは、同じ理由か? 小さい頃から見ておるから、可笑しくてたまらん。ハッハッハ!」

「ぁあ、もう! ウィンお爺様ひどいですよ! 私にまで振るなんて」

「これはこれは、到着早々に美女を二人も怒らせてしまった。後がこわいこわい」

 他の皆も和やかに笑っていて、とてもいい雰囲気だ。



(でも、オレがこんな輪の中に入ってしまっても、いいんだろうか。オレは赤の他人なのに)

 親密な関係というものの中に、自分が入るわけが無いと思ってしまう。肉親に毛嫌いされていたせいだろう。こういう場面で、気持ちが一歩引いてしまうのだ。


 暗い気持ちが少し出てしまったが、昔からの、いつもの事じゃないかと言い聞かせた。皆楽しそうなのに、一人沈んでいては迷惑になる。口の端を少し上げて、ニコニコとしていなくてはならない。幸いにも、今のオレは本当に可愛い少女だ。笑っていれば誰にもバレないだろう。



「ほらほらお爺様、食堂に参りましょう」

 リリアナはおどけるアドレー公爵を案内して、皆もそれに続いていく。オレはどのタイミングでついて行けば良いだろうかと、思案していた時だった。



「さぁエラ様、一緒に参りましょう。お嬢様はウィンお爺様……公爵様のお相手がありますから、私で我慢してくださいね?」

 意外な申し出だった。オレの事など、後回しで良かっただろうに。シロエも公爵についておかなくて良かったのだろうか。

 そうした事を考えていて、シロエの言葉に反応出来ないまま、彼女を見つめてしまっていた。



「さぁさぁ、今日はいつもよりご馳走ですよ。知らない人とご一緒するのは緊張されるかもしれませんが、公爵様はあのように気兼ねしなくても大丈夫な方です。お優しい方ですからご安心ください」

「あっ……はい。ありがとう、シロエ」

 いつもと変わらない笑顔で、オレの手を引いてくれた。体がじっと動かないのを察してくれたのかもしれない。シロエにはいつも、見抜かれてしまうから――。



「エラ。お爺様があなたをお待ちよ。プレゼントをいち早く渡したいのだそうよ。良かったわね。あ、遠慮なんてしなくていいのよ? 受け取ってあげないと、お爺様が悲しむから」

 オレがもたもたとしている間に、皆は席についていた。公爵はもちろん、長テーブルの正面に座している。その向かって右にリリアナが座り、左の席は空いていた。



「リリー、あまり急かしてやるな。距離感を掴むには少しばかり時間が必要だろう」

「エラ様、それではプレゼントを頂戴しに、公爵様のお側へ行きましょう。ああ言っておられますが、早く側に来て欲しいのです。見た目に反してお可愛いでしょう?」

「あ……はい」

 慣れない状況に、戸惑って何をしていいのか分からない。動けないでいるからか、皆で構ってくれている。



(これは……小さい子に対する反応と同じだ)

 自分が情けないが、皆の反応は正直にありがたい。こういう場面では、本当にどう振舞えばいいのか分からないのだ。

「お、お側に参ります」

 精一杯の言葉を選んで、公爵の数歩手前の所まで進んだ。



「うん。おいで、エラ。遠慮などいらんぞ?」

 そっと後ろに付いてくれているシロエが、小さく耳打ちした。

「先程エラ様をご覧になって、本当にお気に召されたようですよ」

「……本当に?」



 その言葉を、意味のある言葉として認識した瞬間に、驚いて振り返ってしまった。あの短い時間で? と思ったが、シロエという例もある。何かしらを見て、そして何かを認めてもらえたのかもしれない。

 立ち止まった所から、さらにもう一歩近づいた。



「ワシの事が怖いか?」

 先程も近くで見たが、人見知りはしても恐ろしくはない。オレは首を小さく横に振った。

「いいえ。お優しい方だと、見ていて思いました。ガラディオのように、大きな方だとは思いましたけど。怖くありません」



「はっはっは! そうかそうか。……エラとワシは、今から家族になる。嫌ではないか?」

 むしろ、こちらからお願いしての事だというのに。ひとつひとつの言葉に、気遣いを感じる。

「私で良いのでしょうか」

 首を横に振りながら答えると、その問いに公爵はゆっくり、大きく頷いた。



「良い。ワシもお前を選んだが、お前にも選ぶ権利がある。嫌と言うなら今しかないぞ?」

 こんな小娘に、大公爵という立場の人がここまで言ってくれるとは。並大抵の人物ではない。この星の人たちは……この人は、一体どれほど高い精神性を持っているのだろう。



「喜んで。喜んでお側で、学ばせて頂きたいと思います」

 こういう人ならばと、そう思った。だが今、自分の言った言葉は適切だっただろうか。他にどう言えばいいのか分からず、思った事がそのまま出てしまった。



「リリー。エラは一体何者だ。ワシは本当に気に入ったぞ。今更他にはやらんぞ? もうワシの娘だ。こんなに真っすぐな目を見たのはついぞなかった程に久しい。今日は飲むぞ! ハッハッハ!」

 大きな体を揺らしながら豪快に笑う様は、見ているこちらまで笑顔にさせてくれた。自分でも驚くほど自然に、微笑んでいた。



「おっと! 忘れる所だ」

 そう言って、細長い箱を手渡してくれた。表面がベルベットで加工されていて、その中身を見るのが怖い。

「開けてみてくれ」



 促されるままに、横開きの箱をそっと開いた。中には、目にしたことがない程に極上のネックレスが納まっている。

「どうだ? 気に入ってもらえただろうか」

 咄嗟に出たジェスチャーは、首を横に、ふるふると震える様だった。

「な……趣味に合わなんだか?」



(そうじゃない……)

「ウィンお爺様、これは驚き過ぎて、遠慮のあまり震えているだけです。ね、エラ様?」

 こくこくと、今度は頷く事しか出来ない。言葉が出ないとはこの事だろう。



「そ、そうか。なら良かった」

「もう。そういう所は変わりませんね。いきなりこれ程のものを頂戴したら、普通に驚きますよ?」

 二センチを超える大きさのブラックダイヤと、それを囲む芸術的なプラチナ細工とが、それぞれ反射した光を受けて黒い星が煌めいているかのようだ。チェーンもプラチナ製で、そこにもうるさくならない程度に、小さなダイヤがいくつも嵌はめ込まれている。



「大切な娘が受け取る、最初の貢物はこうでなくてはな! 誰よりも印象に残る物でなくては!」

 する事も豪快なのだ。この人は。



「エラ様、着けて差し上げますね。きっとお似合いですよ」

 首の後ろをもぞもぞとされ、鳥肌が立ってしまった。そのすぐ後に、金属のものとは思えないような、細くしなやかな重みが首と胸元に掛かった。肌触りさえ心地良い。



「おお! よく似合っておる! 黒はアドレー家の色で、ブラックダイヤはその象徴でもある。これでエラがワシの娘であると、誰にでも分かるだろう」

「本当によくお似合いです。エラ様の可憐さを、繊細な美しさで引き立てていますね。あっ、すぐに鏡をお持ちします」



 そう言って見せてくれた鏡には、確かに、宝飾に負けていない美少女が映っていた。庇護欲をそそる容姿だが、うかつには近づかせない雰囲気が出た。ネックレスの煌めきが、美しさ特有の威厳と高貴さを醸し出しているのだろう。



「言葉になりません……こんなに素晴らしいものを、私ごときが頂いても良いんでしょうか」

「あまり自分を卑下するものではない。それに言ったであろう。遠慮はいらんと。気に入ってもらえたならワシも嬉しい。一緒に喜んではくれんか?」

「そうよエラ。公爵であるお爺様がお認めになった、という証でもあるんだから。堂々と胸を張って受け取るのが、礼儀というものよ」



(貰うのが……礼儀……)

 オレの常識だけで受け取りを拒むのは、良くないのかもしれない。

「そ、それでは、ありがたく頂戴いたします。その……本当に、大切にします」



 自分に、実際に相応しいだろうかと、鏡をもう一度見た。

(……とても、とても良く似合っている。普段この顔を見ている時よりも、数段可愛く映ってるんじゃないか? 宝飾も自分の顔も、ずっと見ていたいような気持ちになってしまう)



「……エラ様がこうなると、しばらく自分に見惚れたままなんです。かなり集中しているので、小声で話す分には耳に入っておりません」

「ほぅ! という事は、それだけ気に入ってくれたという事だな? そうかそうか」

二人が何か言っているような気がして、ふと鏡から顔を上げると、公爵と目が合った。

 公爵は優しい目で、うんうんと頷いている。



「あ、あの……」

 うっすらと聞こえていた二人の会話が、脳内で再現された。ようやく意味のある言葉として理解した瞬間に、オレの顔は真っ赤に染まっていた。

「恥ずかしいです……」

 どこかに隠れたい。まさかこんな場面で、自分に見惚れた顔を皆に見られるなんて。



「自分の顔が大好きなの、もう皆に知られてしまったわね。エラ」

 ニヤリとしたリリアナは、いたずらっぽく手を口元に当てていた。そう、ここには今、屋敷のほとんどのメイド達と、警備のガラディオと騎士達、公爵の側近達も居るのだ。

(自ら公開処刑してしまうとは……顔の火照りが治まらない)



「わ、ワシは素直な反応が見られて嬉しいぞ? ほら、乾杯をしようじゃないか。ここに居る皆が、エラとワシが親子になった事を祝福しようと待っておる」

 オレは両手で顔を塞いだまま、こくこくと頷いた。すると、公爵は立ったままのオレを抱え、自らの膝の上に乗せた。羞恥心がさらに沸騰してしまう行為だ。

 しかし、行き過ぎた恥ずかしさは、逆に開き直るという道を開いてくれたようだ。公爵の膝に乗せられた自分というものが、周囲から集まった視線を受ける事で、改めてその構図がイメージされた。



「親子っぽい……」

 ふと漏れ出た言葉に、「もう親子なのだ」と、公爵はささやいた。

「それでは、エラ様はこちらのグラスをどうぞ」

 シロエから、オレンジジュースのグラスを渡された。少しだけアルコールの匂いがする。



「数滴だけ、ブランデーを入れてあります。飲み干さなくても良いですからね?」

 頷いて返事をした。

 こういう席では、皆でアルコールを手にするのはこの星でも変わらないらしい。

 最後に公爵がグラスを手にすると、皆がこちらを注目して一瞬で静寂が広がった。



「少し大きな声を出すぞ」

 そう言うと、公爵は食堂に響き渡る声で短い演説を始めた。

「皆の者! 今、この娘エラと、ワシは親子となった! アドレー家の嫡子として、ワシと同様に仕えよ!」

 その声にびりびりと空気が震え、ここに居る全員が改めて姿勢を正した。



「共に王国を守護する同士達よ! 皆を率いるアドレーの名は、こうしてまた引き継がれるだろう! 我がアドレー家の、新たな礎となるこの、幸運と奇跡に、乾杯!」

『乾杯!』

 一斉に掲げられたグラスを、皆は次々と飲み干していった。まるで、この瞬間を切り取ってその身に納めるように、大切そうに。そして、この短い一連の流れだけで、全員の意志が一つになったのだろう。辺りは熱気で満たされていた。



 オレも乗せられてしまい、グラスを飲み干してしまった。つんと喉を抜けるアルコール臭が、鼻腔と脳を刺激する。同時に喉が熱くなり、周りの空気感と一緒に心まで高揚してしまった。

「う、うおおぉぉぉ!」

 跳ね上がったテンションで、自分でもわけが分からずにグラスを掲げ、声を上げていた。酔っぱらったのだ。



 ところがその声に、一同も一斉に反応した。

『おおおおおおおおお!』

 食堂の壁も窓も全てが揺れた。何かの例えではなく、皆の声で食堂が揺れたのだ。

 戦場での、士気の高まりきった鬨の声ウォークライそのものだった。それもそのはずで、本物の騎士達がここに居るのだから。



「ハッハッハ! これは僥倖! 良いものを見た。エラは戦場でも、果敢に指揮を取れるであろう! なあ、皆の者!」

 言うや否や、公爵はオレを担ぎ上げた。



「ほれ! 今は幼き皆の戦乙女だ! 同志達は忠誠を誓え! ハッハッハ!」

騎士達も乗り気で、全員が剣を抜いて一旦胸に構え、そして一斉にオレに対して掲げた。

 再びの鬨の声ウォークライの後、拍手も沸き起こった。もはやどこかの戦場か、凱旋のお祭り騒ぎだ。



「良い良い! よし、それでは一旦落ち着いて、食事をしようじゃないか」

 もはや完全に場を仕切っている公爵は、程よいタイミングで収めて皆を落ち着かせた。

「ほぁ~~……」

 目まぐるしい状況の変化に、のぼせてしまったような妙な声が漏れた。

(何がどうなってんの……)

 頭がくらくらして、視界は少し回っているような気がする。




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