(8) 第一章 三、明日に繋がる糧(三)

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 そうして案内された湯殿は、広いお屋敷の一階にあった。

単純にお屋敷が広いというだけではなく、細い通路を何度も曲がるものだから、方向が分からなくなってしまった。一回で覚えられる道順では無い。



「こんなに入り組んでるんですか? 道が分からなくなりました」

「そうなんですよ。一応、安心して入れるようにと、突然の敵襲にも備えて分かりにくくしてあるようです。私も最初は驚きました」


 シロエでも驚くのか。と、そこに驚いたが、本当に入り組んでいる。ダミーの行き止まり通路まで作ってあるという入念ぶりだ。



「さぁ、こちらですよ」

 そこには、頑丈そうな鉄扉があった。旅館の中の浴場のような、暖簾のある入り口を思い描いていたが、全く違った。入ると、竹材の敷物などではなく、見るからに高級なフカフカの絨毯が敷かれていた。脱衣所ではあるが、日本の銭湯や浴場とは大きく違っている。

「すごい……」



 とにかく、浴場でさえ豪華だ。

 そういえば、地球でもお風呂の床材が絨毯だという国があったように思う。乾燥しているから、普通に乾くのだそうだ。という事は、ここもかなり乾燥しているのだろう。気候を全く気にしていなかったというか、そこまで気が回っていなかった。



 入り口の鉄扉から絨毯までは数メートルのスペースがある。一段低くなっていて、椅子もいくつか置いてある。そこで靴や上着、コート類を脱ぐのだろう。シューズクロークだ。

(もしくは、侍女や執事に脱ぎ着させるスペースなんだろう)

 オレは履いていたミュールを脱ぎ、シューズボックスに置いた。ドキドキしながら踏みしめた絨毯は、見た目通りにフカフカで気持ちがいい。



「お一人で入られてはダメですよ?」

 ワンピースを脱ぎ始めた所で、シロエが言った。

「脱ぐのもお手伝いしますし、何よりも転倒するかもしれませんので、私もご一緒しますからお待ちください」



 シロエもブーツを脱いでおり、そしてエプロンを外して、いそいそとメイド服の腰帯を外し始めたところで、オレは慌てて声を掛けた。

「ストップ! 私……オレと一緒に入るんですか? 普通にダメですよ。ダメです」



「あ、またオレなどと仰って。エラ様はエラ様ですから、そういう事は気になさらないでください。それよりも、もしもの事があったら、私は一緒に入らなかった事を一生後悔します」

 一生ときたか。

「それは……たしかに、そうかもですけど。心の準備が……」



「心の準備をしながらで結構ですから、お待ちください」

 シロエは、お風呂の中が意外と危険な事を分かっているのだろう。オレが転倒などで何かあってはならないと、本気で心配しているのだ。

 とは言え、心の準備はどのようにしたら良いのだろうか。



「こ、興奮すると良くないので、シロエは何か羽織ってください。タオルとか無いんですか?」

「タオルは体を洗ったり、拭いたりするために使うんですよ。体を隠すために使うものではありません」

 星が違っても、銭湯や温泉に入るマナーは同じなのか。などと感慨にふけりかけていると、シロエの脱衣が終わってしまった。



 とても形の良い大きな胸に、目が釘付けになる。今のこの小さな手では、両手で片方の胸を包むことさえ出来ないだろう。


 しかし、男の時のような、舞い上がったり昂ったりといった、劣情が何も湧きあがらなかった。触ってみたいという好奇心はあるが、下心はどこへ行ってしまったのだろうか。それよりも、漠然とした敗北感のような、悲しい気持ちが胸の奥でくすぶっている。



「エラ様、そんなに見られると、さすがに少し恥ずかしいです」

 その奥ゆかしいセリフにも、ただただこちらも恥ずかしさを覚えるだけだった。

「す……すみません」



 オレは、何かを超越したのだろうか。精神がかき乱されない。美女の裸を見ても、心の水面みなもはほとんど波打っていないのだ。

「あ、あれ……」

「どうかしましたか? そろそろ中に入りましょう」

 そう言ってシロエはオレの手を取り、一緒に中に入ったのだった。



「エラ様、お風呂ですよ? さっきまで嬉しそうにされていたのに……気分がすぐれませんか?」

 シロエは屈んで、オレの顔をじっと見つめた。

「あ。エラ様もしかして、エッチな事を考えようとして、意外と何も感じなくて驚いているんですか?」

(思考が筒抜けている……?)



「いや……だって私、中身は男なのに……ここまで何も感じないなんて、どういう事なんでしょう。頭がおかしくなってしまったんじゃ……」

 フフフフフ。と、笑いを堪え切れないシロエは、笑顔のままふわりと抱きしめてくれた。

「えぇ?」

(なぜ抱きしめる?)



「おかしな事なんて無いですよ? だって、エラ様はエラ様だと言ったじゃないですか。そもそも、そのお姿で変態オヤジみたいな反応をする方がおかしいです。あまり悩まずに、そういうものなのかな~と、まずは受け止めてみてはいかがでしょう」



 受け止めきれないような現実の連続で、今は今で、美女に、それも裸で抱きしめられている。それを、そういうものなのかなぁと、何をどう受け止めれば良いのだろうか。自分の中では興奮待った無しの状況であるにも関わらず、頭もクリアなら心は凪いで居る。オレは、ついにストレスで不能になってしまったのではないだろうか。



「あの~? エラ様? 本当に大丈夫ですか? 体調が良くないならお風呂は止めておきましょう」

 お風呂を……やめる?

「いやです。お風呂には入ります」



 ここでようやく、意志がひとつに定まったような気がした。そう、オレはお風呂に入りたかったからここに来たのだ。予期せぬ混浴に混乱している場合ではない。

「うん。早く入ろう」



 そうして気を取り直し、未だ抱き付いているシロエを引き剥がして、浴場内を見渡した。

 全体的に丸いホールのような空間になっている。洗い場は数人が大の字に寝ても余裕があるくらいに、広く造ってある。洗い場も湯船も、オフホワイトの大理石で造られているようだ。壁から天井にかけてのドーム状の素材も、同じ大理石だろうか。湯船は一番奥にある。見た感じでは、大人が五人以上入っても、ゆったりと出来る広さがある。



「では、あちらで洗いましょうね」

 キョロキョロと観察しながら、シロエに手を引かれて湯船の前まで歩いた。まるで子供のようだ。

 床材も大理石だからひんやりとするかと思ったが、温度を感じなかった。つまり床の大理石は、体温ほどに温められているのだ。



「はい。それじゃあ掛け湯をいたしましょうね」

「掛け湯も同じなんだ?」

 こうした公衆文化が一致するのは、何とも感慨深いものがある。



「チキュウのお風呂もこのようにするのですか? 奇遇ですねぇ。はい、掛けますよ~」

 ザバーッと、シロエはオレの足もとにお湯を掛けた。お湯は熱い程ではなく、少し長湯できそうな温度らしい。掛けられたお湯が流れて熱を失うと、体温維持をお湯に頼ろうとするかのように、もっと掛けて欲しいという欲求が湧きあがる。

 


「きもちいい……。シロエ、もっと掛けて」

 妹が姉に甘えるかのように、自然とおねだりをしていた。

「ウフフ。そんな風に甘えて頂けると、シロエは嬉しくなってしまいます。それでは、少しずつ慣らしましょうね」

 そう言って、膝、腰、背中と来て、肩腕、そうして肩から前に流れるように、オレの体を撫でながら掛けてくれた。お湯の掛け方ひとつでも、慈しみを感じる。



「はぁぁ……。シロエは掛け湯も上手なんだね」

 なぜか、この場で甘える事に抵抗を感じなくなっていた。

「お褒めに預かり光栄です。さあエラ様、次は頭からお掛けしますよぉ」

シロエもまんざらでもないような、いつもにも負けないくらいの優しい笑顔でいる。

「目をつむってからにしてね?」

 不思議と、今この少女の姿に似つかわしい話し方が、自然と出ていた。



(精神が退行してしまったかのようだ。でも、それも良いのかもしれない……)

 お湯の力だろうか、温もりで心がリラックスして、細かい事はもはやどうでも良いという気分になっていた。

「エラ様、準備は良いですか? いきますよ~」



 頭からお湯を浴びるのは、お湯が目や鼻にさえ入らなければ、これもまた何とも言えない心地よさがある。それも、何日ぶりだろうというお風呂なのだ。気持ち良い以外に無い。

「はぁ……」

 気持ちよさに、何度目かの息がもれた。



 たったひとつ気になるのは、前に流れてきた長い髪だ。顔に張り付くそれを無造作にかき上げようとすると、長髪にしたことのないオレは、上手く出来ずに髪が絡まりそうになっていた。

「あらあら、エラ様少しお待ちください。こうして、横から持って来るんですよ。いきなり上には上げないのです」

 なるほど、そのようにするのか。



「それじゃあ、このまま頭を洗ってしまいましょう。こちらにお掛けください。ここは貴族のお風呂だけあって、シャンプーがありますからスッキリしますよ」

(至れり尽くせりだ……)



 もはやシロエの言うままに、なされるままに髪も体も洗ってもらった。ほとんど目を閉じていた。気持ちが良いのと、そして、お湯が目に入らないようにと。それにしても、あまりシロエに甘えていると、怠惰に落ちてしまいそうだ。

「さあ、洗い終わりましたよ。もう目を開けて頂いても大丈夫です」

 極楽だった。控えめに言っても。



「……ありがとう。シロエ。私、ダメな人間になりそうです」

「フフフ、それじゃあ体が冷えないように、湯船に入っていてくださいね。私も体を洗ってしまいますので」

 はぁい。と、気の抜けた返事をして湯船に入った。



 深さは、手前が座った時の胸元ほどで、足をのびのびと伸ばせるくらい続いている。その先はたぶん、もう一段深くなっているのだろう。

 背を向けてもたれていた姿勢を、何となくシロエの顔が見たくて、湯の中で体ごと横を向いた。側ではシロエが、にこやかにこちらを見ながら体を洗っていた。



 シロエの持つ曲線美は、見とれてしまうほどだった。所々が泡で隠れていて、男であれば余計に淫靡に映る事だろう。しかし今は、その四肢の無駄のない綺麗なラインと、腰のくびれを際立たせる胸とおしりの丸みと……つまるところ全てに、ただただ目を奪われていた。



「エラ様? そんなに見たいですか?」

 少し困ったような表情のシロエは、しかし優しく問いかけてくれた。

「あ。いえ。違うんです。そういうのとは。ただ……綺麗だなぁと見とれていたというか。でも気持ち悪かったですよね。すみません」

 言われてみれば申し訳ない事をしていたと、急に自覚した。目を伏せて、自分の無遠慮さに恥ずかしくなった。



「ええ、分かっていますよ。男性に見られている時のような、不快な視線ではありませんでしたから。ご自身の体と、比較もしてみたいでしょうし。そういう感じで眺めていらしたのでは?」

 シロエにはお詫びも感謝もしきれない。なぜここまで信頼してくれるのか。ここまで理解を示された事が、オレに今まであっただろうかと思うのも、もはや何度目だろうか。



「ありがとうシロエ。確かに、自分の胸のサイズとか、少し気になっていました。言われて初めて気付くレベルのものだけど、やっぱり、大きい方が強い。みたいな気持ちになりました。でも、シロエが本当に綺麗なので、見とれていました」



 信頼には、本音で応えるしかない。そして、最初にシロエの裸を見てしまった時から、胸中が何かモヤっとした事も思い出していた。オレは男なのに、胸の大きさで敗北感を覚えていたことが気に入らなかった。この思考は一体何なのか、正直なところ自分でも理解出来ずにいる。



「困りましたね。お嬢様にも、この胸では勝ってしまっていますので、妬まれるんです。エラ様の事も敗北させてしまいましたか」

 シロエは少しばかり、作ったドヤ顔でオレを挑発してきた。冗談で和ませてくれているのだ。

「シロエには敵わないですね。でも、ほんとはそこで張り合いたくないんですけどね……」

「でも、張り合ってしまうのが女子の宿命ですよ、エラ様」



 などと言い合っていると、入り口からもう一人入ってきた。

「誰が妬んでるですって? しかもこんな子供をいじめて。やっぱり悪い子ねシロエは」

 リリアナだった。お風呂場でも、堂々としている様はさすがと感じさせられるが、やはり女性が肌を晒している事に恥ずかしくなってしまう。



「リリアナ、少しは隠してください……というか、リリアナも来るなんてびっくりです」

 リリアナは金髪を後ろに結わえて、タオルを手に持って腕組みをしていた。シロエよりも少し小さな胸を、組んだ腕で持ち上げるようにして堂々と立っている。くびれはリリアナの方が細く引き締まっているようだ。腕を組んでいるので、タオルは腰の横で垂れており、どこも隠していない。そういえば、下腹部……つまり大切な部位に、毛が無い。シロエも無かったように思う。そういう風にする文化なのだろうか。



 ともかく、オレの事など本当に何とも思っていないのだろう。その方が助かるのだが、何とも形容しがたい不思議な気持ちになってしまう。自分という存在が、他者の認識とズレがある事は、確かにシロエの言うように『受け入れていくしかない』のかもしれないが。



「エラ! あなたはまだ成長するんだから、いつかシロエなんて負かしてやるのよ。まあ、私も形の良さは負けていないけど」

 そこは本当に張り合っていきたくないのだが……でも、どうせなら大きめな方が良いなという好みが、対抗心を煽られてしまうようだった。

「そ、そうですね。私もきっと、シロエくらいにはなってみせます!」

「その調子よ。大きいってだけで、こういう場所で偉そうにするんだから」

 なまいきよ。と、ライバル心むき出しのリリアナも珍しい。



「フフフ。私は形も綺麗なのが自慢なんですよ。よくご覧くださいな」

 シロエも……意外と本気で張り合っているのだろうか。まさか、先程の挑発も、勝者としての煽りだったのだろうか。だが真意は分かりそうもない。

「あの……恥ずかしいついでにお聞きしたいのですが」



「ちょっと、そこで水を差されるとほんとに情けなくなるからやめてよ」

「エラ様も毒を吐けるようになったのですねぇ。素晴らしいです」

 そう言われて、ヒヤリと肝が冷えた。リリアナは少し拗ねたように、シロエは少し嫌味を込めて言ったようだった。

 言葉選びは慎重にしないと、敵を作りかねない。 



「そ、そうではなくて、私がお二人の裸を見てしまっているのが、です。すみません」

 二人は、ふ~ん? とでも言っているような冷ややかな目をしている。

「あの……そこの毛って、処理するのが普通なんですか? 私もそのうちするんでしょうか」

 どうせ恥ずかしいついでだからと、開き直って聞いてみた。



「ん? そこの毛って、どこの毛? 髪を結っておくこと?」

 リリアナが不思議そうに聞き返す。シロエも首を傾げている。

「えっと……」

 あえて言葉にするのは余計に恥ずかしい。そう思って、立ち上がって自分の体で指し示した。



「こ、ここです。股間の毛って、剃るのが普通なんですか?」

 しかし二人は揃って、不思議そうな顔をしている。そして、少し考えるようにしてリリアナは言った。

「もしかして、チキュウの人間には生えるものなの? そんな所に?」



「え。もしかして生えないんですか? ひょっとして、脇もですか?」

「脇も? そんなの初めて聞いたわ。でもそういえば、パパの下の方は生えていた気がするわね。小さい頃はこうして、ママも一緒に三人で入っていたのよ。その時に見たのが、確かに毛があったような気がするわね」



「という事は、女性は生えなくて、男性には生えている?」

「たぶんそうね。ママにも無かったし、そんなの気にしたこともなかったわね」

 もしかすると他にも、人体の構造や何かで、仕様の違いがあるのかもしれない。

「シロエ、あなたは他に誰かの裸って見たことある?」

リリアナも興味が湧いたようだ。



「私も、物心ついた頃にはお嬢様のお付きになっていましたし……見た事がありませんね。こういうものだと思い込んでいました。他のメイド達と一緒に入る機会もありましたけど、特に体を見るような事をしなかったので、記憶に無いですね。胸の競い合いはいつもの事ですが」

「……そうなんですね。でも、こちらの人と体の構造が違っても、不思議ではないですもんね。あ、そういえば、こんな事をお聞きするのも心苦しいのですが……」



「もう、いちいち改まらなくてもいいわよ。私達しか居ないんだから、何でも聞きたい事を聞いていいの。というか、エラは誰に何を聞いても、たぶん怒られたりしないわよ?」

 どうしてそんなに気にするの? とでも言いたそうな、不思議な顔をしている。

 しかし、オレなら何を聞いても怒られないというのは、子供だからだろうか?



「そう……なんでしょうか。えと、それでは質問なのですが……その、生理って、はじまったらどうしたら良いんでしょう? なにぶん、あるというのを知っているだけで、何をどうすれば良いのかははっきり知らなくて……」

 こういう事を聞くのは、オレには本当に勇気が必要だ。だが、後になって慌てたくないので根性で質問をした。実際、それ用の品物があれば良いのだが。



「せいり……って、何? そっちでは何かが始まるとどうにかなるの?」

 意外な質問返しが来たので、一瞬、思考がフリーズしてしまった。用語が違うだけなのだろうか?

「えっと、その、女性が妊娠可能になった証拠として、股間から血が出るアレです」

 何だか、男が何に興味を持って女性に聞いているのやらと、罪悪感のようなものが胸に刺さる。

「えっと……そういう血が出るような事って、病気ではないの?」

 なぜか話が噛み合わない。



「妊娠出来る体に成熟した証みたいなものですが、その時、出血しますよね?」

「……しないわ。そんなの怖いわよ。しかも股間からでしょ? ありえないわ。そんなのすぐに医者に診せるべき事よ。臓器が傷んでるって事よね」

 もしかして、この星の女性には生理が無いのだろうか?



「地球では、女性の体が成熟した証に、月に一度くらいの間隔で子宮という臓器の内膜が剥がれて、出血をします。そうして、子宮の内膜を新しくするという機能があるんです。その内膜の排出に、剥がれた時の出血がそのまま、股間から出てくるのです。この星の女性には、こうした月経というものは無いのでしょうか」



 大まかには合っているはずだ。そして、授業っぽくなったお陰で、恥ずかしさや罪悪感は無くなった。これが本当に無いのだとしたら……助かる。

「体について詳しいのね。でもこの星では、そうした体質の人さえ居ないわ。もしも出血するのなら、それは何かの病気か損傷だと思う」

 やはり、なさそうだ。



「とすると、地球の女性だけがそうした生態のようですね。安心しました。私もそうなるのかと思ったものですから」

「大変なのねぇ。チキュウ生まれでなくて良かったと思ってしまったわ。ごめんなさい」

 リリアナはやはり、こういう時に執政者の顔をするのだ。誰が悪いわけでも無いのに、他人事にも悲しい顔をして謝る。



「リリアナが謝るような事じゃないのに。変な事を質問したせいですみません。私もそうでなくて良かったと思ったので、同罪ですね」

 変な空気にしてしまったが、オレとしてはこれでひとつ、命拾いをしたようなものだ。これ以上、体調不良を毎月抱えるような事にはなりたくなかったのだ。

(地球の女性たちには申し訳ないような気もするが、悪く思わないでくれ。これでも、今生きていく事だけでも必死なんだ)



「――難しいお話は終わりましたか? さあさあ、エラ様もお嬢様も、そろそろゆっくりと湯船に浸かりましょう」

 確かに、座って体を洗いながら聞いていたシロエはともかく、リリアナもオレも話に夢中になって立ちっぱなしだった。気を取りなおして湯船に浸かり、リリアナはシロエに体を洗ってもらって、そして隣に入ってきた。シロエもオレの隣に入り、オレを挟んで横並びになると、三人とも足を伸ばしてくつろいだ。



 長湯出来る温度なのがとても良い。心地よい湯船の中で、本当にゆったりとした心地を味わえる。緩やかに温められた血液が、体の隅々、脳の細部にまで行き渡るかのようだ。その血流を介して、全身がひとつに溶け込むようでもある。



「体に、意識がはっきりとめぐるみたいです……」

 不意に、意図せず言葉が漏れた。言葉に出さずにはいられなかったのかもしれない。体が勝手に発したのだと錯覚するほどに、自らの意志無く声が漏れていた。

「エラ。ここのお風呂気に入った?」

 そうでしょう。とでも言わんばかりの、確信的な問いだ。



「はい、とっても……毎日何回でも入りたいくらいです」

「あらそんなに? いいわよ? ここはいつでも入れるし、私達専用みたいなものだから、誰にも気兼ねしないで入っていいのよ」

「それなら、入る時は私か、誰か他の者にお声かけくださいね。まだ、絶対に一人で入ってはいけませんよ?」



 シロエの心配は相当なものだ。それもそうだろう。ここに来て何度倒れた事か……自分でもいつ倒れるか分からないのだから、必ずその通りにしよう。

「はい。心配してくれてありがとうございます」

「フフ。本当なら、毎回私がご一緒したいのですけどね」

 シロエは、少し残念そうな笑みを浮かべていた。



「エラ。シロエは少し、あなたを狙っているようだから気を付けなさい。優しさを真に受けてはダメよ」

「えっ?」



「お嬢様、何て事を言うんですか。エラ様が一緒に入ってくれなくなったらどうするんですか」

「私が一緒に入るから大丈夫よ」

「そういうお嬢様こそ、エラ様を狙っているんじゃないでしょうかね」

「ちょっと、二人とも……」

(何を言っているんだ)



 この後、二人はギャイギャイと言い合いをしながら、オレの取り合いを始めた。

 元の男のままなら、夢のシチュエーションだろうと思った。が、女性に欲情しなくなった身としては、(のぼせる前に上がりたいな)としか思わなくなっていた。



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