7話 暗闇の中【ミアside】

 ――そこには果てしない暗闇が広がっていた。視界は真っ暗で、どこに向かって進めば良いのか分からない。この異空間に囚われた少女は闇雲に歩みを進め続ける。だが、いくら進んでも終わりが見えない。


(もう……疲れちゃったよ……)


 少女は徐々に歩くペースを落とす。そして、その場に座り込んだ。


(どうして……こんなことになったんだろう?)


 少女――ミアは心の中で自問する。その答えは出なかった。


(…………)


 彼女の長く赤い髪は、彼女の顔を隠している。その隙間から見える目には光がなかった。


(勇者……会いたいよ……)


 彼女は涙を流す。そして、暗闇の中で静かに目を閉じたのだった。


*****


 私の名前はミア。豊かなグランベル王国――その王都から遠く離れたカドベリー村で育ったわ。私は両親を早くに亡くしたけれど、村の孤児院で他の子供たちと一緒に育てられたの。妹同然のマオを含めて4人兄妹。みんなとっても仲良しだった。


 院長のゼルダお母さんはとても優しい人で、いつも笑顔を絶やさなかったわ。私たちを育てるために畑仕事や家事を頑張ってくれて……。不作のときは、自分の分を私たちに分けてくれたり……。そしてわずかな時間を見つけて、私たちに世の中の仕組みや文字の読み書きを教えてくれたの。勝ち気なマオが旅の冒険者とトラブルを起こしたときは、ゼルダお母さんはすぐに膝をついて謝ってくれた。そのときのゼルダお母さんの目には、私たちを守るためなら何でもするという意思が感じられたの。本当に感謝しているわ。そんな日々がずっと続くと思っていた。だけど、それは唐突に終わりを迎えることになるの。


 あれは……私が14歳、マオが15歳の頃だったわ。ゼルダお母さんは急病で亡くなってしまったの。私たちはショックだった。でも、いつまでも落ち込んではいられない。彼女のお墓の前で、私たちは誓ったの。『立派な大人になろう』って――。


 勇者と出会ったのは、まさにそのときだった。このあたりでは珍しい黒髪で、前髪が目の周りまで伸びている。その前髪と目の間には、奇妙な半透明の物体を装着していた。それも気になったけど、私がそれ以上に注目したものがあった。彼の手にそっと握られた白百合の花だ。彼はそれをゼルダお母さんの墓前に捧げると、手のひらを合わせてお辞儀をした。


(白百合の花……ゼルダお母さんが好きだった……。でも、どうして?)


 私はこの人を知らない。なのに、どうして彼はゼルダお母さんが好きだった花を知っているのだろうか? 一体、彼は何者? カドベリー村は自然が豊かで、旅行者が訪れることも珍しくない。でも、ゼルダお母さんの墓参りのためだけに来てくれる人がいるとは思っていなかった。彼は祈りを終えると、私の方に向き直った。


「君は……綺麗な魔力を持っているね」


「……え?」


 どこかキザな口調で話しかけられ、私は戸惑う。これが初めて交わした会話だった。翌日以降も彼は村で見かけた。彼は勇者であり、しばらくの間はこの村に滞在するらしい。勇者がなぜ魔王を倒すのか?その理由についてはよく知らない。ただ、彼は世界を救うという使命に燃えているように見えた。そして、私に魔法使いの才能があることを知った彼は、熱心に魔法の手ほどきをしてくれたわ。


「ミアは飲み込みが早いな。これなら、俺なんかはあっという間に追い抜いちゃうだろう」


「あ、ありがとう」


 勇者はいつも優しかった。私に魔法を教えるとき、いつも微笑んでくれた。彼に褒められる度に、私の胸はドキドキする。まぁ、ちょっとドジでスケベなところもあったのだけれど……。


 そんな日常を繰り返す内に、いつの間にか私の魔法技量は彼のそれを上回っていた。そして、上級の魔法使い――すなわち『賢者』として、私は彼のパーティに迎え入れられることとなる。妹分のミアは少し反対していたけれど、最終的には快く送り出してくれたわ。魔王を倒すため、勇者と私は他の仲間と共に旅に出た。辛いことや悲しいこともあったけど、勇者と一緒なら乗り越えていけると信じていた。魔王との最終決戦も、きっと何とかなる――そう信じていた。


 しかし、現実は残酷だった。勇者は魔王との戦闘時に、謎の爆発に巻き込まれて行方不明になった。いや、おそらくは死んだのだと思う。彼が愛用していた剣も、彼の死体も見つからなかったから……。


*****


(あーあ……。結局、私は勇者の本当の心を知ることができなかった……)


 ミアは闇の中、思いを馳せる。


(私は彼を裏切った……。そう、これは私への罰なのね)


 ミアは深い後悔に苛まれる。勇者との旅路を思い出すだけで、ミアの目からは涙が溢れた。


「ごめんなさい、勇者……! ……ごめ……んな……さい……」


 彼女は何度も謝罪の言葉を口にした。しかし、その声が勇者に届くわけもない。そのはずだったが――。コツ……コツ……。闇の中から、足音のようなものが聞こえてくる。


(……誰?)


 ミアはビクッと身体を震わせた。すると、暗闇の奥に見覚えのある背中が見えた気がした。


「勇者……?」


 あの人はいない。自分の弱い心が、勇者の幻影を見せているのだ。そう分かっていても、ミアは立ち上がらずにはいられなかった。彼女は勇者を追うように一歩を踏み出す。


「待って……! ねぇ、待ってよ!!」


 ミアは必死に叫んだ。しかし、勇者は振り返らない。どんどん遠ざかっていく。


「行かないで!!」


 ミアは走り出した。しかし、二人の距離は変わらない。


(これは幻影……。追っても無駄。分かってる。でも――)


 ミアは泣きながら駆け続けた。心なしか、勇者との距離が少しずつ縮まってきているように思えた。


「私は……もっとあなたを知りたい!!」


 ミアはありったけの声で叫ぶ。そして、勇者に向かって手を伸ばした。


「勇者!!!」


 ミアの手が勇者の服に触れた瞬間――。ガシッ! 幻影のはずだった勇者の手が、ミアの体を掴んだ。


「あ……」


 全ての光景がスロモーションのようにゆっくりと流れる。そして、勇者の手が白い光を放った。


(この暖かさ……心地いい……。最後にこの暖かさを感じられたのはいつだっただろう……?)


 心の底でそんなことを思いながら、ミアは静かに目を閉じる。勇者の手が彼女の体を光の方へ引っ張っていく。


(勇者……大好きだよ……)


 ミアはそんなことを思いながら、意識を失ったのだった。

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