魔王を道連れに絶命した史上最強の勇者、狼に転生して無双する ~魔王の正体は少女!? 元パーティーメンバーに復讐ざまぁ、ハーレム無双、そして自分が魔王になる!~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】

0話 魔王討伐、そして転生

「さぁ、行くぞ! みんな!!」


 勇者がパーティーメンバーにそう声を掛ける。彼の鎧はこれまでの長い戦いでボロボロになっている。しかし、それは今なお銀色の輝きを放ち、どこか神聖さすら感じさせていた。そんな彼と共に戦う仲間達もそれぞれ歴戦を思わせるような姿だ。


「へへっ。ついにここまで来たんだな」


「魔物がウジャウジャいるわね」


「なぁに。倒しがいがあるってものさね」


 ある者は全身傷だらけで、片目に一文字の傷が入っている。またある者は過剰な魔法の行使により、魔力回路がズタズタになっている。それでも、彼らの瞳には強い意志と闘志があった。


「俺達なら使命を果たせるはずさ」


 魔王を打ち倒すべく結成された、人類最強のパーティー。女神から神託を与えられ異世界から召喚された勇者。美しき少女賢者ミア。お調子者の盗賊ジョン。聖騎士マティアス。堅物騎士ディミトリ。老獪な炎魔導師カサンドラ。

 この六人は、数々の強敵を打ち破ってきた。そして、ついに魔王の目前へと到達したのだ。しかし最後の障害として立ち塞がったのは、おびただしい量の魔物の軍勢だった。


「マティアスさん。俺たちはどうしますか?」


 騎士ディミトリが尋ねた。


「なぁに、いつも通りさ。力の限り、魔物を倒していけばいい」


 聖騎士マティアスが答える。彼らはパーティーに加わる前から上司と部下の関係であり、ディミトリはマティアスを崇拝していた。


「みんな、よろしく頼む。……だが、魔物以外にも一つ気になることがある」


「あら、何かしら?」


 賢者ミアが勇者に尋ねる。


「軍勢の奥にいる魔王……その周囲に強力な結界が張られているように見えるんだ」


 勇者の言葉を聞き、他の者達にも緊張が走る。魔王は闇の魔力を身に纏っており、その姿はおぼろげにしか見えない。


「あの結界……打ち破るには魔術が必要だと思う。ミア、やれるか?」


「もちろん。でも、かなりの大技を使う必要があると思うわ。詠唱に時間が必要ね」


「分かった。ならば……俺とジョン、そしてカサンドラは魔王の元に切り込んでいく。マティアスとディミトリには、ミアの護衛を任せる」


「承知した」


「……分かりました」


 こうして作戦が決まったところで、いよいよ最終決戦が始まった。


「揺蕩う風の精霊よ。迸る雷の精霊よ――」


 ミアが古代言語で大魔法の詠唱を始める。マティアスとディミトリは、彼女を襲う魔物を切り伏せる。そして残りの三名は、魔王に向かって進んでいく。


「はああっ!! せいっ!!!」


 勇者が剣を振るう度に、魔物が絶命していく。その動きは一切の無駄がなく、流れるように美しい。まるで舞っているかのように優雅ですらあった。


「うららぁああッ!!!!」


 盗賊のジョンもまた、凄まじい速さで敵を屠っていく。彼の武器である短刀は、まるで吸い付くように敵の急所を捉えていく。彼の目は常に獲物を追い求めているようであった。


「燃え尽きろッ!!!!」


 魔術師カサンドラが杖を掲げると、そこから巨大な火球が出現する。そしてそれを魔物の元へ放つと、激しい爆発が起きた。


「射程圏内に入ったぜ……!」


 勇者が大きく跳躍する。彼の足には、かつて死霊王リッチと戦った時に得た”隼の靴”が装着されている。その力は、空中を足場にして駆けることができるというもの。彼はそれを使い、一気に魔王との距離を詰めていった。


「ミアの大魔法はまだか……。まずは挨拶代わりにこれをくらえっ! 【ホーリー・スラッシュ】!!」


 勇者が聖剣を上段から振り下ろす。すると眩く輝く斬撃が放たれた。それは魔王を守る結界に衝突したが、すぐに霧散してしまった。


「ちっ! やはりこの程度の攻撃では突破できないか!」


 勇者は着地し、状況を再確認する。まずは結界をどうにかしなければ、魔王に攻撃は届かないように思えた。


「ミア! 大魔法の発動準備はまだなのか!?」


 勇者がミアに呼び掛ける。


「――大気よ震えよ。大地よ揺れよ。我が呼びかけに応えよ。我こそが女神の代行者なり。大いなる天命の導きによりて、ここに奇跡を起こさん――」


 ミアは勇者の問いかけに答えず詠唱を続けていたが、ようやく完成したようだ。彼女の手には膨大な魔力が込められている。


「準備ができたわ! 伏せて頂戴!」


「よし、よくやったミア。みんな、伏せろっ!!」


 勇者の号令とともに全員が地面に伏す。そして次の瞬間、ミアが魔力を解放した。


「嵐よ来たれ。万象を飲み込み吹き飛ばせ――【スカイフォール】!!!」


 荒れ狂う暴風が巻き起こり、周囲の魔物を吹き飛ばす。同時に強烈な風によって、ミアのローブが激しくなびいていた。それだけではない。何層にも重なった魔法陣が空に浮かんでいるのだ。そしてそれが光を放つと同時に、無数の雷が落ちてきた。轟音と共に、凄まじい衝撃が周囲を襲う。


「……ぐぅっ!!」


 勇者達は必死に耐える。破壊の波がしばらく続いた頃――。パリンッ! 魔王を守っていた結界が崩れ始めた。勇者はすかさず、魔王へと接近する。


「今だ……! 【ホーリー・スラッシュ】!!」


 勇者が聖なる斬撃を放ち、魔王を攻撃する。だが、ミアの大魔法や勇者自身の攻撃により周囲には土ぼこりが舞い上がっており、魔王の姿がよく見えない。確実に仕留めるため、勇者はさらに魔王へ接近する。土ぼこりの中におぼろげな人影を発見した彼は、大きく剣を振りかぶる。


「これで終わりだ……! 魔王め!!」


 勇者が剣を振り下ろし始めると同時に、土ぼこりが晴れて人影の正体がはっきりと見えた。だが、それは勇者が予想もしていなかった姿だった。


「なっ!? なぜこんなところに少女が!?」


 彼女は白いドレスを着た少女だった。素朴で可愛らしい顔立ちをしている。年齢は十代前半くらいだろうか。今は気絶しているようだ。


「くっ……」


 勇者はギリギリのタイミングで剣を止めた。もし攻撃をしていたら、この幼い少女の命を奪っていただろう。攻撃を止めたのは賢明な判断だった。しかし同時に、彼の脳内には疑問が浮かんでいた。


(――この少女は誰だ? 魔王はどこに行った? 何らかの魔法で姿を変えた? もしくは転移で入れ替わったのか?)


 勇者は少しの間考え込むが、答えは出ない。彼はこの事態をパーティーメンバーに伝えようと考えた。確かに、例えば賢者ミアであればその答えを持っていたかもしれない。だが、その前に災難が訪れた。


「なっ……!?」


 美しき少女――”魔王”の胸を貫く魔法の矢。少女のドレスは瞬く間に赤く染まっていく。


「おい! 大丈夫か!?」


 勇者は彼女に声を掛けるが、少女は意識を失ったまま身動き一つしない。それだけではない。少女を貫いた魔法の矢から放たれる邪悪な魔力により、彼もまた身動きが取れなくなっていた。


「くそっ!! 動けない……!!」


 勇者は闇の魔力を打ち破るために力を込める。だが、それは手遅れだった。魔法の矢が鮮やかな青緑色に輝いたかと思うと、爆発したのだ。


「勇者ーー!!!」


 ミアが悲鳴を上げた。隙だらけとなった彼女に魔物の残党が襲い掛かる。だが、その魔物は突然霧散して消滅してしまった。


「いったい何が?」


「ミア殿、あれを見てみろ!」


 聖騎士マティアスが剣で魔物の軍勢を指し示す。あれだけたくさんいた軍勢は、消えつつあった。魔力でできた体が霧散し、ただの黒い粒子となって宙を舞っているのだ。


「これはまさか……。勇者がやったというの!?」


「おそらくそうだ。勇者の攻撃を受けて、魔王は死んだ。その影響で配下の魔物も消滅しているんだ」


 美しき賢者ミア。お調子者の盗賊ジョン。聖騎士マティアス。誇り高き騎士ディミトリ。老獪な炎魔導師カサンドラ。勇者以外の五人が集まり、事態を整理する。


「へへっ。無事に魔王を倒せたし、良かったんじゃねーの?」


「無事? 勇者はあの爆発で死んじゃったかもしれないのよ!?」


 ジョンの軽口に対し、ミアが噛みつく。勇者が率いる五人のパーティーメンバーの中でも、勇者に対する感情に差異はある。少女賢者ミアは、勇者のことをとても大切に思っている。一方で、盗賊ジョンは無関心に近い。彼はあくまでも、魔王を倒して報酬を得ることを目的にパーティーへ参加しているだけなのだ。


「あれは勇者が選択したことだ。彼は自身を犠牲にして魔王を討ったのだ」


「しかし自爆とは……。異世界人の考えることは分かりませんね。狂ってたんじゃないですか?」


 マティアスが冷静に語り、ディミトリが侮蔑の感情を込めてそう言う。聖騎士マティアスは、異世界から召喚されたにも関わらずこの世界のために戦う勇者に敬意を払っている。しかし、堅物騎士ディミトリはそんな現状に不満を覚えていた。自分の上司である聖騎士マティアスこそ本来は英雄として賞賛されるべき存在だと考えており、神から授かったスキルを使うだけの現勇者には尊敬の念を持てなかったのだ。そんな彼らの言葉を受け、ミアが納得していない顔で口を開く。


「最後……よく見えなかったけど、勇者の近くに女の子がいたわ」


「ほほう。魔王の正体は女じゃったか。意外ではあるが、だからどうしたというのじゃ?」


「彼女からは邪悪な気配を感じられなかったわ。勇者なら同じ印象を持ったはず……。それなのに自爆攻撃なんて……。不自然だわ」


 ミアがそう指摘する。魔王討伐のために強く結束していた六人だったが、その中でも勇者と特に親しかったのがミアだ。彼女の疑問はもっともだといえよう。だが、他のメンバーにはそうは思わなかった者もいた。


「細かいことはいいだろ。早く帰ろうぜ。王様から、たんまりと報酬が貰えるはずだ」


「ジョン……! 勇者が死んじゃったかもしれないのに……。あんたが考えるのはお金のことだけなの!?」


「落ち着きたまえ、ミア殿。騒いだところで、勇者が戻ってくるわけでもない。王国に帰って、勇者の活躍を王様に伝える。それでこそ、勇者も報われるというものだろう」


「……分かったわ」


 こうして勇者を欠いたまま、彼らは魔王城を離れた。王都に戻った彼らは、民衆の大歓声に包まれた。勇者パーティーが魔王を討伐したことは、魔物の消滅という形で既に民衆に知られていたのだ。だが、ミアの表情は晴れない。彼女らは王城に赴き、国王に事情を説明した。


「なるほど、そんなことが……。分かった。勇者の葬式は、国を代表した立派なものにしよう。その後は王国全体で一週間の喪に服す。それにしても、勇者が命を投げ打ってまで魔王を倒したとは……」


「はい……」


 ミアが目撃した謎の少女のことは、国王や民衆には説明しないことにした。


「勇者は立派だった。だが、君達も十分に素晴らしい活躍をしてくれた。約束通り、今回の件に関する報酬は全て与えるつもりだ。受け取ってくれたまえ」


「ありがとうございます」


 こうして、ミアを始めとしたパーティーメンバー達は多額の金銭を受け取った。中には土地を受け取り、領主として任じられた者もいた。その後、勇者パーティーは解散となり、それぞれが新しい人生を歩むことになる。

 『勇者は自らを犠牲にした自爆攻撃により魔王を討った』。これが公的な歴史である。しかし、実際には勇者の物語はそこで終わりではなかったのだった……。


*****


 白い空間――神の領域にて、女神様は特別な鏡を用いて現世を覗いていた。魔王を討ち倒した勇者の葬儀だ。彼女は、自分が選定した勇者が無事に魔王を討伐したことを誇りに思っていた。勇者が死んでしまったことは残念だったが、人間というものは誰しもが幸せな結末を迎えるわけではない。


「私は私の責務を果たすだけです」


 女神様はそう呟くと、神としての次なる仕事に取り掛かろうとする。その時だった。


「なぁ、お前が女神様か?」


 背後から、彼女を呼ぶ声が聞こえた。彼女が振り返ると、そこには大きな光る球があった。どうやら、人間の精神体のようだ。


「あなたは誰? どうやってここに入ったのかしら?」


 女神様がそう問う。この神の領域に入ることができるのは、彼女が許可を与えた者のみ。得体の知れない人間の精神体が迷い込んでくるなど、あり得ないことだった。


「俺はお前が選定した勇者だ。神託にあったように、魔王の討伐に向かったんだ」


「ああ、勇者でしたか。無事に魔王を討ち倒したようですね」


「いいや、それは違う。魔王はおらず、代わりに少女がいた。そして誰かが彼女に魔法の弓を放ち、それが原因で俺と彼女は死んだ」


「…………」


 女神様は黙り込む。神とは言っても、全知全能というわけではない。勇者と魔王の決戦の場には闇の魔力が渦巻いていた関係で、女神様の鏡では覗くことができなかった。そのため、彼女は勇者と魔王の戦いの顛末を自分の目で見ていないのだ。


「俺は真実を知りたい。誰が、何のために矢を放ったのか。あの少女は誰なのか。魔王の正体は何なのか。それを解き明かすために、俺を現世に戻してくれ!」


 勇者がそう主張する。しかし、女神様は長い脚を組んで手のひらに頬を乗せ、冷たい視線を彼に向けた。


「ふん。あなたを現世に送り返す、ですって?」


 女神様は鼻を鳴らす。彼女は勇者に頼み事をしていた立場ではあるが、れっきとした神だ。いくら勇者からとはいえ、摂理に反する願いを聞くはずがなかった。


「あなたの役目はもう終わったのです。魔王がいない以上、勇者が現世に戻る必要はありません」


 彼女は腕を上げ、人差し指を勇者の精神体に向けた。様々な文字が刻まれた魔法陣が空中に浮かび上がり、徐々に輝きを増していく。


「あなたの望みは却下します。輪廻転生の輪に戻りなさい」


 彼女はそう宣告する。この神の領域において、女神様の力は絶対的なものだ。勇者とはいえ、できることなどない。女神様が彼の願いを却下するのであれば、もはや彼にはどうしようもない。勇者の魂が輪廻転生の輪に戻りかけた、その時だった。


「お待ちなさい」


 また別の女性の声が聞こえたかと思うと、柔らかく温かな手が勇者の精神体を包み込んだ。彼女はそのまま球体を自分の腹あたりに抱える。


「でも、姉さ――」


 女神様は何かを言い掛けたが、その女性が鋭い視線を彼女に向けると言葉を飲み込んだ。女神様は咳払いをしてから、改めて口を開く。


「えっと……。しかし上位神よ。死んだ者を蘇らせるのは、掟に触れるのではないでしょうか?」


「確かに、それは禁則事項の一つです」


「ならば、なぜ……」


「勇者の言い分にも一理あると思ったからです。勇者と魔王の死には、不可解な点が残っています。何か良からぬことが起きてしまわないとも限りません。なので、特例として彼を蘇生させましょう」


 その女性――女神様の姉である上位神は、そう答えた。


「はぁ……。分かりました。ではせめて、別の体で蘇らせるべきです」


「そうですね」


 上位神は、魔法を発動した。地面に巨大な魔法陣が出現する。彼女はそこに足を踏み入れ、勇者の精神体をその中心に置いた。


「勇者よ。あなたに祝福を授けます。今一度、新たな生を活用してください」


 彼女の声が響き渡ると同時に、勇者の精神体が光に包まれる。彼の視界は光で溢れ、もう何も見えなくなっていた。


「また会うこともあるでしょう」


 そんな言葉が聞こえてきた直後、勇者の意識は途切れたのだった。


*****


(心地よい風だ……)


 勇者はそんなことを感じていた。彼は無事に現世に戻ってきたのだ。


(うっ……。足が痛む。それに、体が思うように動かないぞ……)


 彼は森の中で倒れ込んだまま、起き上がることができなかった。そうこうしている内に、木の影から一人の女性が現れた。どこにでもいそうな、至って普通の村人のような女性だ。彼女は勇者に近づくと、しゃがみ込んで視線の高さを合わせる。


「あら? この狼さんは、どうしたのかしら? ケガでもしているの?」


 彼女の暖かな手が勇者の頭を撫でる。穏やかな手付きだったが、ふと彼女の手が止まる。


「あなた、その額の紋章は……」


 彼女は勇者の額を見て、驚いたような表情を浮かべた。彼の額には、三日月の紋章があったのだ。


「私のお父さんが予言していた……。大魔王になる運命の狼……?」


 彼女は戸惑いながらも、そんなことを呟いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る