第52話 大奥は再び咲く~出版 肆
――売れるだろうか。いや、お須磨の方さまの絵ならば間違いない。
不安と自信が交互に押し寄せるのをやり過ごしながら、様子を見に行かせた五菜の帰城を待った。
夕七ツ――午後四時すぎに仕事を終えた高遠は
「して、鶴屋の状況はどうであった?」
「――は。盛況にございました。黄表紙の本が多いなかで、錦絵の本は人目を惹いており、手に取った者のほとんどが購入しておりました。鶴屋も台に乗せるなどして力を入れた売りようでございます」
「おお、そうか……!」
やはり、須磨の絵は表紙買いできるほどの絵だった――……!
「壁にも、本の題名が記されている紙が大きく貼られており、店の方でも積極的に売ろうとしているのがわかりました」
「そうか。ご苦労であった。しばらくは通って、評判がどうであるかを報せよ」
「――は」
あの流麗な線と、キャラクターを印象づける目は他にない。構図も素晴らしいし、それになんと言っても最高にエロイ!
人間の三大欲求のひとつ性欲を刺激するあの絵が素通りされるわけがないのだ。特に衆道は平安時代から高貴な身分のあいだではたしなみであったし、戦国の世においてはもっと盛んだった。
忠誠を誓う証としてもあるが、死にゆく者に一夜の情けをと求められれば応えるのも必要だったし、快楽というより『あなたを裏切らない』という精神性が重要視された『契り』であり、作法もある必要不可欠なたしなみであった。
そのため武家の頭領は男女とも抱けることが必要で、それは、『武士道』を重きとするこの時代にも引き継がれており、本の需要があるのは女性よりむしろ男性の方なのだ。
主に忠誠を誓う戦国時代が題材なので内容が受ければ口コミで広がるはず。
鶴屋で本が売られているところを想像してみる。
もう、
絵の素晴らしさに店員に声をかけて内容を聞く。
この時勢に好色本の類いが出るなど奇跡に近い。
今、手に入れておかなければ売り切れてしまうかもしれない。少々高いが購入しよう――。
そういう心理が働くはずだ。
もちろん受ける内容であるか不安はある。けれど、須磨が『最高』だと言ってくれた話であり、鶴屋も増刷ありきで続巻を出しても売れると踏んだからこそ賭けにのってくれたのだ。高遠は自分に言い聞かせる。
あかね、自信を持て、と。
政務所では
金崎が抜けてしまった今、決めなければならないことが山積している。いっときは発言を控えていた高遠も出版の後押しを受け、発言権を取り戻し、積極的に働いていた。
「
高遠の提案に叶は頷き、そして問う。
「奥女中に振る舞う酒と料理はどういたしましょうや? この日だけは、さすがに粗末にするわけにはいきませぬぞ」
「叶殿、お忘れですか。七夕のときの賭け金や、買い物のために表使に課した手間賃がございますぞ?」
「ああ! そうでしたな。それと、我らの持ち出しぶんを足せば……ええ、ええ、十分にまかなえまする。御台さまたちには御三家から届く献上品を使えば以前と遜色ない膳となりましょう」
「はい。尾張からは鮎、紀伊からは鯛、水戸からは初鰹の献上がありまする。あとは御膳所の者たちがなんとかいたすでしょう」
「それでも品が足りぬと申すならば、七夕のときのように各々で商家から買い求める方法を取ればよろしいですな」
ふふっと叶は笑みをこぼした。
衆議の話し合いで、大奥全体がものを購入する手間賃を徴収しているのだから、自分たち御年寄も自分の持ち金を出すことにしたのだ。大奥総取締役、塩沢も同意した。
質素倹約以降、かつてないほど大奥はまとまりを見せていた。
今を乗り切るために全員が同じ方向を向いているので話も早い。
中野もぼそぼそと、「
高遠と叶は顔を見合わせ、
「確かによい手ですな」と同時に言った。
中野は少し得意げだ。
「わしの祖父が好きであったゆえツテがあるのだ。任せていただけるならばこちらで請け負う」
「はい。よろしくお願いいたしまする」
と、そこへ、
「入るぞ」と塩沢が政務所へ入ってきた。
「これは塩沢さま」
全員が手を止め平服しようとするが、
「よい。そのまま聞け」と続けた。
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