第8話 金策、見出す 壱
十一月に入り寒さが感じられる季節になった。
そろそろ師走のことを考えなければならない。しかし、
塩沢が深いため息を吐きつつ重い口を開く。
「――聞いておるだろうが、
叶も、どうしたものかと言ったふうに言う。
「奥にいる者は気軽に外へは出られませぬゆえ、行事は大切な気晴らし。それさえも禁止するとは
中野も「まったくですな」と同意する。
金崎は悔しげに唇を噛み、
「
高遠もこれには同意だ。
恐らく
御年寄ともなると城の外に町屋敷が与えられ、その土地からあがる収入を懐に入れることができる。それに大奥は上様と生活が一体化された場所。
上様と近しいだけに
それを狙って賄賂が渡されるのは日常茶飯事で、何千両という大金を貯め込んでいてもおかしくない身分なのだ。沢渡主殿頭は暗に、
『止めはしないが、やるならば自腹を切れ』
と、言っているのだろう。
しかし、そのことを口に出すのは
それに、幕府の
『自腹を切れと言うなら、まず、そちらが切れ』と言いたい。
大奥は上様のための場所なのだから、金を出すべきは
高遠も
「大奥は上様ただおひとりのために作られた場所。そのために女たちが集められているのです。ならば
塩沢は、うむと頷く。
「我ら大奥を取り仕切る者にとって、慣例に
しかし、塩沢の言葉に続く声はなかった。
金策があるなら、とっくにやっているからだ。なにもないから削ることでしのいできた。
仮に自分の懐を開こうにも
なんとかしなければならない。しかしアテがない。
憤りの言葉が出たあとは沈黙が続き、諦めのムードが漂い始めた。
塩沢がふうと大きな息を吐き、
「今日はここまでにしよう。各々、策を考えてくれ」と衆議を締めた。
***
「金策か……」
冴え冴え光る月を見ながら高遠はポツリと呟いた。
言葉は空しく零れ落ちていく。
いつもなら小説を書いていれば気持ちが切り替わるのだが、さすがに今夜ばかりはその気になれず、夜着に羽織をはおって部屋を出たのだ。
小説で詰まったときもこうして深夜、ひとりで庭を眺めては絡まった頭を冷やしていた。よく手入れされた庭には値が張るとわかる庭石が置かれ、月光に照らされてぼんやりと光っている。
月明かりは蝶の
雑念に遮られることのない、この場所で大奥の問題について考えを巡らした。
――
このままでは大奥が立ちゆかなくなる日も遠くない。
「大奥、か」
なぜ、そうまでして大奥を守りたいのか? そう問いかけられたら、こう答えるだろう。
自分の存在意義であり、プライド。
それは、高遠だけでなく、塩沢たち、皆もそうだ。
自分たちが世を治める上様を癒やし、次の世を治める世継ぎを産む環境を作り、育てる基盤を
それは戦のない世を保つためにもっとも必要なことだ。
それに、大奥は女が働き自立して生活できる数少ない場所だ。少なくとも、高遠にとってはそうだった。だからこそ大奥で身を立てようと奉公に上がった。
改めて自分に問いかける。
大奥は特にそうだ。
上様の生活の一部であり、世継ぎをもうけ、心を癒やすために存在する。そのために華やかであることが仕事。
どこの世界に暗く陰気な女のもとへ足繁く通う男がいるのか。
改革についても金崎のようにまったく耳を貸さないわけではないが、今回の決定は明らかに行き過ぎだ。
――とは言っても、女遊びにご執心の上様はあてにならないし、さて、どうしたものか。
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