第9話 金策、見出す~持ち込み 弐
自分は奥の政治をつかさどる御年寄という地位に就いている。
なんとかするのがお役目。
大奥を
「……そのために、
そこでハッと閃くものがあった。
「ならば、自分の書いた小説を売り込めないか……?」
時勢の流れに乗り売ることができればこの財政難を救う一端を
試す価値はある。
高遠は立ち上がり、急いで部屋へ戻った。
***
上野にある
大奥に務める者は
多くの女中たちは、その帰りに寄り道をすることを楽しみにしていた。
建前上禁止にされているが、茶屋へ寄ったり、芝居見物をしたりすることは息抜きができるとあって咎める者はいない。
高遠は本を売ることを考えた夜から書き殴っていた文章を再度
――この原稿が大奥を救うかもしれない。
胸に抱えた綴本をぎゅっと握りしめる。
自分にできる金策はこれしかない。この際、恥はかき捨てだ。
豪華な駕籠から豪奢な衣装を身に纏った高貴な
すぐに『鶴屋』の主と思わしきふっくらと肉付きのよい初老の男が店先に出て高遠を迎えた。
「このような場所に足をお運びいただき、恐悦至極に存じます」
「うむ。ちと頼みたいことがあって参った」
「手前どもにでございますか?」
頷く高遠に鶴屋の主人は店の二階に案内した。そのあいだに、高遠はつぶさに店内の様子をうかがった。
『鶴屋』は盛況だ。
店前にある出し看板には店の商標鶴の絵が描かれ、箱の三方に大きく『本屋』『
さすがは目を付けた大棚。品揃えが豊富だ。
――やはり自分の目で見ることは大切だ。
店内は通りから少し奥に配置されており、長い机にズラリと本が並んでいて、そこに買い求める人々が座り、店の者たちと欲しい本やお勧めの本などを話し込んでいる。
壁に本の題名が記されている紙が貼られ一目で人気のある本がわかるようになっていて、なるほど。これはよい案だと思った。
高遠は案内された部屋で出された茶を飲み一息吐いて言った。
「繁盛されておるの」
「はい。このご時世にありがたいことです」
「最近はなにが売れておる?」
「
重宝記とは日常生活で気をつけることや、役立つことを書いたハウツー本のことで、万宝はそれを詳細にしたものだ。
「それに、
主は柔和な顔で問う。
言葉にするのに勇気がいったが、これしかないとここまできたのだ。
高遠は抑えた声で言った。
「いや、本日は本を買いに参ったのでない」
「え? ではどうして」
主は怪訝な表情を浮かべる。
「単刀直入に聞くが、男色本の売れ行きはどうか?」
「男色本、でございますか?」
困惑の色を滲ませた声が繰り返し言った。
高遠のような身分ある女性が男色本の売れ行きを気にするなど、なにか裏があるのでは? と探るようにチラと見つめる。
このご時世だ。慎重になるのも頷ける。高遠はその視線を受け止めた。
それを見て主は瞬時に切り替えて答えた。
「はい。よく売れております」
やはり睨んだ通りだ。
高遠は袋に包んだ紐を解き九冊の綴本を主の方へつい、と差し出して言った。
「この男色小説が売れるものであるのか判断して欲しい」
「う、売り込み、にございますか?」
これにはさすがの主も驚きを隠せないようだった。高遠は続けて言う。
「ああ。ここだけの話だが」
「はい」
主はぐっと身を乗り出す。
「これを売りたいという者がおってな。しかし、売り物になる出来なのか検討が付かぬ。それ故、その道に精通しておる者に判断を仰ぎたいと考え、わらわが参った次第だ。可能か?」
主は喉をごくりと鳴らし、問うた。
「……売りたいお方とは」
「それは言えぬ」
高遠の即答に主は
明らかに身分の高い高遠の頼みを
すまぬな。と内心謝りつつも、これしかないと一大決心をしてやってきたのだ。引くわけにはいかない。
高遠は言葉に力を込めた。
「もう一度聞く。可能か?」
「……はい」
主が折れた。
「売り物になるかどうかは包み隠さず申せ。売れないものを売れとは言わぬ」
「――わかりました。
「うむ。では文にて返事を待つ」
「わかりました。して、どちらのお屋敷にお伺いいたせばよろしいでしょう」
「江戸城、大奥へ」
ガコーンと主の顎が外れる。
それはそうだろう。大奥は将軍がおわす御城にある。そこに男色本が売れる、売れないの返事を出さなければならないのだ。
パクパクと口を開け閉めする主に向かって高遠は言った。
「そういう事情だ。他言無用ぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます