第13話

「実はさ、付き合ってる彼氏とうまくいってないというか……」

「な、なるほど。そういうことか」


 瑞希から悩んでいる根本の問題について聞かれた瞬間、啓太は自分の思慮の浅さに内心うんざりした。

 最近、あれだけ彼氏持ちの女子との距離感がどうだということで悩んでいたのに、今回に限ってこの可能性について全く頭に浮かんでいなかった。


 女子と付き合ったこともない童貞野郎がこの手の質問を聞くというのは、無謀に近いことは言うまでもない。

 その上、同性からの相談でもない上に、相手は誰もが気になるようないわゆる高嶺の花という相手。


 本来ならばこんな状況になること事態、そもそも普通ではありえないはずなのだが。


「つ、つまり彼氏と喧嘩とかしたってことか?」

「うーん……。結果的にはそうなるね」

「け、結果的に……?」


 もはや視界不良の中を進んでいる状態と変わらないので、瑞希の言う言葉に丁寧に拾っていくことが啓太には求められている。

 今までに何回か「彼女が欲しい」と思ったことこそはあったものの、今の瞬間こそ付き合った経験が欲しいと、これまでの人生で一番感じている。


「最初から話すとね、前に彼氏は他校の人って言う話はしたよね? だから、会える時間って週末くらいしか無いんだけど、ちょっとお互いの考え方に違いが出てるというか……」

「つまり、その週末会う会わないとか、その予定とかで意見が合わないってこと?」

「うん。今まではお互いの予定を合わせて、定期的に会う形にしてたんだけどね。ここ最近、何かお互いに予定が噛み合わなくなってきちゃって」

「なるほど。二年になったから、一年の時より遥かに忙しくなってるしな」

「でも、私って部活してないでしょ? だから『そんなに忙しいわけなくない?会うの嫌なわけ?』って言われだしてさ……」

「あー、彼氏側としてはどうしても会いたいのね……」


 彼女の話を聞いて、付き合った経験が無い啓太にも瑞希の彼氏の心理状態に予想がつき始めていた。

 おそらく、これまでは瑞希に対する愛らしさや付き合い始めの初々しさから来る相手に対する気遣い意識もあって、合わせる余裕があったのだろう。

 こうして違う学校に進んで離れ離れになってしばらく経ってきて、色々と余裕が無くなってきているということだろう。


 この高校で日々過ごしていても、こういった彼氏彼女の揉め事はよく耳にするので、決して珍しいことでもないだろう。

 言葉にこそしないが、これだけ可愛い彼女でなかなか会えないのもきついし、やはり普段の学校生活でどんな交友関係かも全く分かっていないはずなので、余裕が無くなる気持ちも正直啓太には分かるような気もした。


「そうだろうね。でも、私としては勉強をしっかりして今の成績を維持したいし、友達との付き合いだってある。別に暇なんかじゃないから、そんなこと言われて、その時はかなりショックだったんだけどね……」

「で、それで言い合いになって喧嘩ってこと?」

「いや、その時は私も『あ、私ってわがまま言ってるんだな』って思って、何とか前の週末に予定を合わせてデートしたんだけど……」

「したんだけど?」


 彼女がしゃべりながら、言葉尻が消え入りそうになったので、思わず啓太は彼女の方を見て問いかけたが、その表情はより複雑そうな顔をしていた。


「えっと、その……。一応付き合ってもう一年半くらいは経つから、その……。それなりに関係性は進んでるから……」

「ああ、分かった。それ以上はそのことについては詳しく言わなくて大丈夫」

「ごめん、ありがと」


 彼女が非常に言いにくそうにしているが、何が言いたいかはすぐに分かった。

 高校生にもなって、それだけ長期間付き合っていればそう言った関係性になることぐらいは、容易に想像出来る。

 中学生である妹の璃奈ですら、そういう捉え方をしているぐらいなのだから。


「で、その時に彼氏から求められたんだけど、彼氏に言われた『忙しいわけない』って言葉が刺さったのか、何か受け付けられなくってさ。拒絶したら、もう後は喧嘩ってすら言えないような言い合いしちゃってさ……」

「なるほどな……」


 女子からこういった事情を聴くことになるなど、啓太としては全く想像がついていなかったのだが、こうして聞いてみるとあまりにもリアルで言葉を失ってしまう。

 もちろん、落ち込んでいる彼女に何かしたいという気持ちで「相談に乗る」とは言ったものの、自分には手を出してはいけないラインだったかもしれない。


「俺の意見でしかないが、今の話を聞く限りじゃ内海に罪はない。それで落ち込んでるってことはつまり、彼氏と仲直りしたいってことか?」


 あまり突っ込んだ意見を言えるはずもないので、啓太が話を聞いて疑問に思ったことを素直に尋ねてみた。


「……分かんない」

「そ、そうか」


 だが、彼女としても自分の今の気持ちを整理出来ていないのか、よく分からないという言葉と共に首を横に振った。


「じゃあ、内海として今、どういうことで悩んでる? シンプルに思ったことを、俺に教えてくれないか?」

「……私って、わがままなのかな?」


 啓太の問いかけに、瑞希がこぼした言葉は啓太にとっては意外なものであった。


「え、内海がわがまま?」

「さっき時間が無い理由としてはああ言ったけど、よく考えればみんな部活をしながら時間を作ってる。それに加えて、なかなか会えないのに私の気持ち一つで、彼氏の要求を断るなんてひどいのかな……」


 彼女としては、原因は自分にあるのかもしれないとずっと悩んでいるようだ。

 彼氏に言われたことに対するショックや考えがまとまらないこともあって、ずっと授業中はあのような形になっていたということのようだ。


「内海? じゃあ、俺の部活を辞める時の相談に乗ってくれた時の反対。俺の意見だけど、聞いてくれるか?」

「……うん」

「聞く限り、内海はわがままじゃない。それだけの成績を残すためには、相当な時間を勉強時間に割かないといけない。それに、友達付き合いはもちろん大事だし、友達の部活の予定とかに合わせる必要もあるしな。彼氏がそんなことを言うのは、俺としては内海のそういった事情を理解出来てなくて、感情的になってるんだとは思うんだがね……」

「……」

「それにもう関係を持っていて、なかなか会えていないとなるとそう言うことをしたいって言う気持ちは分かる。多分、男ならみんなそうだと思う。少なくとも、俺ならそうだと思う。でも、嫌がる相手に半ば強要するなんて、絶対にあってはいけない」


 啓太は、瑞希がこれまで言ったことを踏襲して、自分なりの意見を伝えた。

 だが、言葉選びが下手くそなせいか、ただただ彼氏批判と瑞希の肩に回りたいだけの発言のように、自分自身で聞こえてしまうことに内心腹が立ってしまう。


「すまん、別に彼氏だけを批判したいってわけじゃない。でも、その状況で内海が自分自身を責めるのは、止めた方が良いと思うな」

「うん、くーが真面目に思ってることを言ってくれるのは分かる。だって、途中でくーの欲望が聞こえてきたもん」

「う、言ってる途中で『きっも』って自分で思ったところだけピックアップするな……」


 啓太がそう言うと、今まで辛そうな顔をしていた瑞希が初めて笑った。


「何でだろ、くーと話すと本当に元気出る」

「げ、元気が出たなら何より……」


 相談に乗っている以上、それなりに問題解決に向けた道筋を一緒に考えるくらいのことをしなければならないような気もするが、ちょっとでもプラス効果があったのなら、良しと考えることにした。


「あーあ。くーみたいに理解があってくれたら、こんなことにならないのになぁ」


 彼女はちょっとだけ吹っ切れたような雰囲気を見せながら、そう呟いた。


「まぁ同じ高校に居る上に、第三者の俯瞰的立ち位置で話を聞けるからな。これがその……当事者の立場なら、俺も冷静じゃいられない可能性は普通にあるな」

「えー、くーがこんな感じなるなんて想像できない」

「いや、俺だって年相応の男子高校生だし。前もこんな話になったけど、性欲はある。あと、可愛い彼女が出来ればやっぱり独占欲ってものは出るような気がする」

「くーに独占欲……。ふふっ、あはは!」

「何でそこで笑う!?」

「いや、何かそれっぽいこと言ってるくー想像したらギャグにしか思えなくなってきた」

「嘘やん……」

「あー、何か真面目に考えるの本当に馬鹿らしくなってきた。改めて聞くけど、私ってわがままじゃない?」

「わがままなわけあるか。そうだとするなら、あれだけ必死に周りに弱ってるところ隠そうともしないし、勝手に押し付けられる仕事だって律儀に引き受けたりしねぇよ」


 プライベートのことは知らないとはいえ、これだけ周りに気を遣ったり仕事が出来る彼女が、わがままだとはとても思えない。


「……くーに対しては、私って結構わがままで悪い女になってるつもりなんだけどなぁ?」

「そうかな? まぁ確かにフォローもして、イタズラもさせてって欲しがりな奴だとは思ったけど、わがままだとは思ってねぇな。ってか、わがままで嫌なやつなら、こんなに関わったりしないから」

「ほんとに? 信じちゃうよ?」

「これに関しては、胸を張って頷ける」

「言ったな? んじゃ、この発言に責任は持ってもらうかな」

「そ、そんな重い言い方しなくてもいいと思います……」

「あはは!」


 完全にいつものやり取りと、いつもの笑顔が戻ってきた。


「ってか、いつも通り俺の顔を反応で腹抱えて笑って元気になっただけだな……。相談に乗ってるって感じじゃないし。何なら、解決どころか問題の方向性すら見つからんかったのでは……?」

「確かに!」

「確かにって……。やっぱり恋愛経験なしじゃ、こんな話に対して力になることは出来ないものか」

「いや、十分力になってるよ! ありがとっ!」

「せめて、わがままではない事だけは信じてもらって」

「うん、もう悩むことは止める! 私は悪くないっ!」

「おう、それがいいぞ」


 啓太自身としては、相談相手としてとても及第点に達していないが、何はともあれ元気になった彼女を見て、少しだけホッとした。


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