忘れられない場面
今まで生きてきて
どうしても忘れられない
そんな場面が幾度となくある。
◆
「息子さんの学力なら、もう1ランク上の大学を狙わないと勿体ないですよ。 受けさせてあげないのは、息子さんが可哀想です」
そんなことは、わかっているけれど……
母と、病弱、反抗期、迷走中だった二人の弟を残しては、
たとえ奨学金を受けられても
地元を離れる事など、どうしてもできないという長男の思い。
地元の大学なら、成績上位者への学費一部免除などもある。
話し合いを家族で重ねて
悩みに悩んで
最後は息子が自ら決めたことだった。
三者面談の席で
それは確かに
もっともな言葉だったけれど
それだけに、
教師の言葉はわたしの胸に
鋭い刃のように突き刺さった。
誰が
息子の可能性を閉ざしたいなどと思う親がいようか。
「……不甲斐ない親だと思います」
わたしは俯いて膝の上の両手を、爪がくい込むほど握りしめた。
泣くまいと見開いた目から
情けなくも涙はボタボタとこぼれ落ち
紺色のスカートの上に
跡を次々と残した。
「先生、僕が自分で決めたことなんです」
息子の声がした。
教師が再度、意思確認をした後
三者面談は終わった。
◆
帰り道でわたしは息子に
ごめんね、と言った。
みっともない姿を見せてしまったこと
何より親としての力の無さ。
わたしには足りないものばかりで
息子たちには我慢や寂しい思いも沢山させてきた。
それが、やるせなかった。
気がつくとわたしは
立ち止まり
嗚咽を漏らしていた。
息子の顔が見れなかった。
そっと
温かな手が肩に置かれた。
「お母さん、泣かないで。 どこでだって自分のしたい勉強はできるよ。 それに大学に行けるだけでも僕は恵まれているんだからさ」
いたわりに満ちた静かな声だった。
◆
夕日に照らされた田舎道に
わたしたち親子の影が
寄り添うように伸びていた。
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