慢心はしていなかったけど

 『キュウウウウウウ!』



 腹に衝撃を受けたマザーがその場でひっくり返り、数秒じたばたした後に立ち上がって咆哮を上げる。その立ち上がった姿は最初に対峙した瞬間よりも二回り程度小さく感じられた。





 いや、まあでかいことには間違いないんだけども....精神的な余裕が活きたか。マザーの攻撃が大したことないと思ったからか、それはわかんないけど。勝てない相手じゃないことだけはわかったし、絶望も対峙した瞬間程ではない。




 今となってはステータスが幾らか高く、私と比べて大柄で攻撃力に振られてるだけの魔物。その分素早さは低く緩慢で、今まで一度も彼女の攻撃は直撃に至っていない。




 直撃したときのダメージなんて想像したくないけど。ホワイトアントの噛みつきの数倍のダメージが鼻の先端ではなく全身に来るって考えれば、それはもう恐怖を通り越して目に見えた死だ。







...当たりかけたことはあったけど、ね。あれは怖かったよ。




 一旦把握してない残りのスキルを確認しておく。マザーの持つ不穏なスキルは道連れと眼光、汚染攻撃の三つだ。





 いや、多いな。なんならマザーのスキル全部不穏じゃねえかふざけんなや。とりあえず汚染攻撃が遠距離攻撃でないかどうかと、道連れの発動条件と戦闘にどう作用するかというのが大きな不安要素だ。もし道連れが絶対逃がさねえよブチ殺ムーブなんだとしたら、それはもう詰みなんだけど。




 眼光は、スタン技じゃなければいける。恐らく直接攻撃するようなスキルではないんだろうが、仮にこちらの動きを制限する魔法だったらこれもかなりキツい要素になる。あの巨体の攻撃をみすみす喰らってしまう可能性があるからだ。攻撃が被弾すれば一発も受からない敵相手に、一瞬足りとも隙を晒せない状況で動きを止められるというのは単純明快、死に直結する。





 あんなに息巻いておいて悪いがこの戦い、ハッキリ言って無謀だ。マザーに不意打ちながらも一発当てられたことが奇跡といっていい。




 勝てない相手じゃない、だがそれは冷静になった今になってわかる。その勝ち筋は藁....いや、糸程に細くそして短く脆い。それを手繰り寄せて勝ちに持っていくというのがどれだけ厳しいことか。目標レベルに到達してない状態でボスに挑まされるってのが一番近い感覚だろう。




『クキ.....クキクキ。』





────マザーがクチャクチャとなにかを咀嚼しながら、口元を動かしている。その僅かながらも明確な予備動作、強いては隙を私は見逃さなかった。






来る!!





『ペェッ!!!』





 マザーは勢いよく固形の何かを唾液交じりに吐き出した。汚染攻撃ちゃんと遠距離だったわ!ああもうこいつ!!





 多分これでホワイトアントとか虫系の魔物を絡めとって補食してたのかもしれないな~とか感慨に耽ってる場合でもなく、私は横に逸れてそれを回避した。




 取り敢えず汚染攻撃が遠距離攻撃なことはわかった。そうであって欲しくは無かったが、現実はちゃんと見ないとダメだ。遠距離攻撃っていわれたら遠距離攻撃なんだこいつは。これでひとつ、不安要素が無くなった。手数やリーチ的にものくっっっっそ不利だけど、技のタイミングや発動時間まで把握できたのは大きい。




『キュクウウウウ!』





 攻撃がかわされたと察したマザーが追撃に突撃してくる。その動きは確かに速いが何処か緩慢な動きで、小さく俊敏な私には一歩遅れる。勿論これも、回避する。




『グチュグチュ.....』





 再びマザーから小さく唾液を溜める音がした。かわすだけでは同じことの繰り返し、それも相手にダメージすら与えられない。




ならばっ.....





ダダダダダッ!






...追撃の突進!からの噛みつきでそのきたねえ毛皮を削ぎ落とす!




『ギッ!!』




 マザーの攻撃の隙を狙い、距離を詰めてその横腹を歯で斬りつける。噛みつき、というより歯による辻斬りの方が近いかもしれない。




 それでも大分、深いところに入った!今までにない、大ダメージをマザーに与えることができた。




『ギギッ!!!』




 でも、マザーはしっかりと唾液を溜める動作を止めずに耐えていた。それどころか、牙が毒々しい紫へ変貌しているのが見える。







─────毒牙だ。それも、汚染攻撃と合わせて使うタイプのさっきとは全く違った戦闘スタイルのようだ。




『ギチャア!!!』




 マザーが口からクチャクチャと音を立てながら接近してくる。こないで。




『ァ"ア"!!』




 そして突進の勢いを乗せた毒入り汚物を私に向かって吐き出してきた。その唾は毒々しい紫が混ざり、先程の汚染攻撃単体より威力とスピードが乗っている。




 飛沫まで避けきるのは難しいが、丸々ヒットさせるわけにはいかない。私はそれを再び横に大きく逸れることで回避する。




 これで一安心...な訳がなかった。突進をしてきていたマザーが私の方をしっかり捉えて追撃をかけてくる。




『ギリッ!!』




 それも避けようと構えていた私の視界に、突如マザーの赤い瞳がライトで照らされた時のようにくっきりと映される。まず、これ、眼光か!!






バキッ──────────






 スキルの正体に気づいた時、既に私の身体はマザーの突進をもろに喰らって吹き飛ばされていた。

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