第35話 領主の指輪と協力者

「……その話なら、私も聞いたことがあります」


 俺の話を聞き終えたクラルゥは、紅茶のカップを手に言葉を続ける。


「でも、相手は辺境伯の爵位を持つ貴族ですよ。辺境伯って知ってます? 貴族の中でもかなーり偉いほうなんですけど」

「まぁ、おおまかには……」

「そんな相手を告発するには、誰の目にも明らかな証拠が必要です。でも、あの辺境伯がそんな危険なものを屋敷に保管しておくとは思えないですね」

「そうかぁ……」


 薄々とだけど、考えてはいたことだ。

 スレインたちにはああ言ったけど、怪しい帳簿や財産の目録程度じゃ第三者を納得させることは難しいだろう。

 それでも、俺たちが確信を持つに至ることができればと思ってここまで来たワケだけど。


「というか、辺境伯の住まいは敷地の反対側ですよ。もし彼を調べに来たなら、どうして私のおフロを覗いたりしたんですか? 余計な寄り道してまで私の裸が見たかったんですか? もう、エッチですね」

「違うから! だって辺境伯が間借りしてる館は城の右側だって言われて……」

「確かに、彼がいるのは正門から入って右側の棟ですけど……それなら尚更、なんでここに来たんです?」

「えっ」


 あっ、そうか。

 俺たちはこっそり忍び込むことになるから、当然裏手側から来た。正門から見て右側なら、裏からは当然逆の左側にあたる。


 今度は俺たち三人がクラルゥにじとっと睨まれる番だった。

 うっかりしすぎだ……恥ずかしい……!


「……まあいいです。とにかく、今言った通り彼の住まいを調べても、おそらくは無駄足だったでしょうね。本気で辺境伯をとっちめたいなら、もっと動かぬ証拠を掴まないとダメですよ。その『怪しい奴』と会ってるところをお縄にするとか」

「それも考えたんだけど……」


 リスクが大きいと思ってひとまず棚上げにしていたことだ。

 だけどそれも考えておくべきなのかもしれない。


「そういえば、さっきから辺境伯が怪しいっていう俺たちの話を疑ってないね?」


 俺は疑問に感じたことを口にした。


「てっきり、同じ貴族だから俺たちより辺境伯のほうを信じると思ってたんだけど」

「逆ですよ。貴族だから、富とか権力が容易く人を狂わせることを知ってるんです」


 クラルゥはちっちっちと指を振る。


「正直、他の貴族がどんなあくどいことをしてたとしても驚きませんね。特にあの辺境伯の頭にはお金と女の子と威張り散らすことしかありませんから」


 そういうものなのか。

 みんながみんなとは言わないけど、貴族同士はもっと何か信頼感とか仲間意識みたいなもので結びついてると思ってた。


「っていうかですよ! 私あのタヌキ親父だいっっっ嫌いですし!」


 と思ったら私怨が入ってる!?


「居候のくせにいっつも偉そうだし、息は臭いし顔は汚いし、毎日違う女の子を館に呼んでお楽しみみたいですし? アイツ、私がキワドいドレスを着てるとずーーーっと胸元ばっかり見てくるんですよ。ねえウォルさん、あり得ないと思いませんか? ねえねえねえ?」

「ああうんソウデスネ」


 それに関してだけは、俺も辺境伯のことを悪く言えない……。

 斡旋所でリナを膝上に乗せてた時のことを思い起こしたのか、ミナも白い目で俺を見ていた。


「それにこのままだと私、彼の息子と結婚させられそうなんです」

「ダグラスと? へぇー……」


 そんなことになってたのか。

 もしかして、あの時クラルゥが家の人たちから逃げてたのも、それが原因なのかな?


「……なんだか反応が薄くないですか? 『クラルゥは俺が助けたんだから心も身体も俺のもんだっ!』って独占欲がメラったりしないんですか?」

「しないよ……」


 まあ多少もやもやはするけど。

 貴族の婚姻の大半が政略結婚なことくらいは知っている。


「何でですかっ! このままだと私は義父にぐへへされちゃう未来に一直線なんですよっ! 可哀そう~とか羨ましい~とか思わないんですかっ!」


 クラルゥは俺の答えに不満そうだった。ぐへへって何だ。


「とにかく! だから私としては辺境伯のスキャンダルはバッチコイなんです。表立っては動けませんが、あのタヌキ親父を破滅させるためならできる範囲で協力しますよ」


 どうやら、彼女の中で辺境伯に対して溜まった鬱憤は相当大きかったらしい。

 動機はともかく、領主家ご令嬢の協力が得られるのはこの上なくありがたいことだ。


「それなら、もし俺たちが辺境伯の悪事を証明するものを見つけた時、後ろ盾になってくれる?」


 さっき話に上がった通り、相手は高位の貴族。動かぬ証拠をあげても揉み消されたのではたまらない。

 そうさせないため、俺たちにも発言力のある味方が必要だ。


「分かりました。大船に乗船したつもりでチョーシ乗っていいですよ!」


 とクラルゥは快諾してくれた。

 予想外の展開だったけど、これはかなりの前進なんじゃないだろうか。


「とはいえ、辺境伯が関わっているというのもまだ可能性の域を出ない話ですからね。私の出番があるとしても、もっとずっと後のことになりそうです」


 それはその通りだ。

 現実問題、森で異変が起きている。でもその原因を探るという目的は何ひとつ進んでいない。


「まあ、森での出来事と関係あるかはわかりませんが、辺境伯がなにかイケナイことを企んでいるのは、ほぼほぼ、ぜったい、100%間違いないですけどね」


 そんな決めつけていいんだろうか……。


「クラルゥは辺境伯のところに現れる『怪しい奴』について、心当たりはないの? 彼の邸宅は城内だから、警備はハーヴォルド家がしてるんでしょ?」

「うーん……辺境伯の客人として城に出入りする人はそれなりにいます。一応門でチェックはしてるんですけど……さっきも言った通り、あのタヌキは毎日違う女の子を呼んだりしてますからね」

「女の子ってその……娼婦とか?」

「ええ。その中に『怪しい奴』が紛れてても分からないって言うか……むしろみんな怪しすぎ!みたいな?」


 なるほど。辺境伯の責任で城内に招かれる人もいるのか。

 もちろん入城するには身元の保証が必要だろうけど、その保証を辺境伯自身がしてるんじゃ意味がない。例えば娼婦に紛れて女装した『怪しい奴』が出入りしていたとしても、それを特定するのは困難だろう。


 それにしても、辺境伯は領地を追われて逃げて来たっていうのに、毎日娼婦を呼ぶお金なんてどこにあるんだろう? 城に呼べて、貴族が相手をするってことはそれなりに高級なんだろうし……。


 いや、むしろ『怪しい奴』の出入りをカムフラージュするために、多少無理をしてでも毎日違う娼婦を呼んでるって可能性もあるのかな?

 う~ん、考えがまとまらない。なんだか辺境伯がやってることすべてが疑わしく感じられてしまう。


 でもクラルゥの言う通り、辺境伯が絡んでるっていうのもまだ可能性の段階だ。

 あまりこの考えに凝り固まるのも良くない。


 結局それらしい事実は何も掴めていないけど、万が一、本当に辺境伯が関わっていた場合に備えて、心強い味方ができたのは大きな収穫だ。


 危険を冒して城まで来た価値はあった。今日のところはそれでよしとしておこう。


 スレインの言う通り、森の異変とは関係なく悪だくみをしてるってことも考えられるから、引き続き辺境伯の身辺調査は続けるつもりだけど。


「わかった、色々ありがとねクラルゥ。ひとまずは辺境伯のところに出入りする人たちには、今まで以上に注意を払ってもらえると助かるよ。俺たちの方でも何か掴めたら知らせるね」


 そう言って立ち上がる。そろそろお暇するとしよう。


 とその前に――


「これを返さないとだね」


 俺は左手の指輪を外して、それをクラルゥに差し出した。

 これはあくまで「引換券」だ。彼女の協力を約束してもらえたし、それでお礼は十分。

 だから返すべきだと思ったんだけど。


「いえ、そのまま持っていてください。辺境伯の件で協力するのは私個人の目的でもありますし」


 受け取りを断られた。


「まあ、森でのお礼としてはもう十分過ぎるほどしちゃいましたけど、連絡のためにお城へ入るのにも使えますから」

「……なんか引っかかるけど、そういうことならもうちょっと借りてるね」


 俺は指輪を再びはめる。


「あ、お風呂や寝室や更衣室の入場チケットじゃないので、その辺は勘違いしないでくださいね?」

「しないから!」


 まったく。

 終始彼女のペースに振り回されっぱなしだったけれど、ひとまず心強い協力者を得ることができ、俺たちは城を後にしたのだった。

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