第33話 少女騎士と領主の娘

「どうぞ」

「あ、どうも」


 グランヴェンシュタイン城。

 俺たちはその一室、応接間のようなところで低いテーブルをはさみ、ナイトガウン姿のクラルゥと対面していた。


 メイドさんが周囲をまわって、ひとりひとりに紅茶を出してくれる。

 そのカップもソーサーも、テーブルも座ってる長ソファも、部屋の調度品あらゆるものがひと目見てわかる高級品で整えられている。


 落ち着かない。素性がバレたので俺たちは覆面を外していた。


「それにしても、クラルゥが領主家のお嬢さんだったなんてびっくりしたよ」


 俺は出された紅茶をいただきつつ、目の前に座る赤髪の少女に言った。

 ハーヴォルドに住む貴族だってことは分かってたけど、まさか領主の一族だったとは。


 既にミナとムルには、森での彼女との出会いについて話してある。猪型――槍猪パイクチャージャーのことも。


「ふっふっふ、そうでしょう? バレてしまっては仕方ありませんね。そう、私の正体はハーヴォルド伯爵家の美少女令嬢、クラルゥ・ハーヴォルド・グランヴェンシュタインだったのでしたっ! はい、ここ拍手するところです」


 胸に手を当て明るく話すクラルゥ。ムルだけが律儀にぱちぱちと手を叩いて応じていた。

 自分で美少女とか言っちゃったよ。ホントのことだけど。

 

「なんであの時は黙ってたの?」

「……それは一応の用心ですね」


 確かに、名乗る時に何か言い淀んでたけどさ。


「とにかく、また会えてうれしいよ」


 そう笑いかけると、クラルゥはソファに崩れるように座って俺から目を逸らした。

 あれ? そっちはうれしくないの?


「私はショックでした……命の恩人だと思ってたウォルさんが、女の子の入浴中に押し入って全裸壁尻プレイを強要するヘンタイさんだったなんて……」

「それは誤解だよ!」


 急に襲われたから止むを得なかったんだって言ったじゃん!

 よよよ……と泣き真似(たぶん)してるクラルゥに必死に弁明しようとするけど、


「誤解じゃないでしょ。あなた、私にも出会い頭に同じことしたじゃない」

「それも誤解だよ!?」


 まさかの背後からの攻撃を受けた。

 もう気にしてないって言ってたのに……。


「あ、あのお二人とも、思い違いではありませんか? ウォル様は私といた時はその……とっても紳士的でした。女性のはっ……はだかに邪な気持ちを抱いたりはしないと思います……!」

「…………」


 クラルゥとミナに言われたい放題の俺を見かねたのか、ムルがフォローしてくれる。

 その気持ちは嬉しいんだけど、ムル。


 それも誤解だよ?



「それで、貴方がたは一体何をしに領主の城に押し入って私の裸を堪能したんですか?

 あ、失礼……今自分で目的まで言っちゃいましたね?」

「違うから……」

「もしかして見るだけじゃ満足できなかったんですか?」

「違うから!」


 話が進まない!


 執拗に絡んでくるクラルゥにつき合ってたらいつまでも終わらなさそうだ。

 彼女のことはさておいて、俺はミナとムルに視線を投げる。

 どうしようか?


 いっそクラルゥに俺たちの目的を教えて協力を求めるのもいいかもしれない。


 でも彼女も貴族の一員だ。平民の俺たちと貴族である辺境伯のどちらを信用するかは、正直なところ読めない。


 もっと最悪なのは、辺境伯が森の異変に絡んでいたとして、彼女もその仲間、あるいは仲間ではないにせよ承知の上で黙認してるような場合だ。

 その場合、辺境伯の周辺を嗅ぎまわる俺たちは彼女にとって邪魔者。領主家の権力をもってすれば、どうとでも排除されてしまう。


 そんな悪い子には見えないんだけど……。

 ミナとムルも判断に迷ってるみたいだ。


 なかなか問いに答えない俺たちの様子に何を思ったのか、「うんうん、沈黙はゴールドってやつですねぇ」クラルゥは対面の席から立ち上がると、テーブルを回り込んで、なぜか俺の隣に腰を下ろす。肩と肩、腿と腿がくっつくくらい至近にだ。

 大きなソファだからもっと離れて座る余裕があるのに。


 そのまま、俺にずいっとしなだれかかってきた。


「ダンマリですかぁ? 私はウォルさんに ぜ・ん・ぶ を曝けだしたっていうのに?」


 言いながら俺の手を取り、そこに自分の指を絡める。

 その仕草と胸板に触れる柔らかい感触に思わずドキッとしたけど、背後からミナの殺気とムルの慌てる気配が伝わってくるのを感じて、かろうじて理性を踏みとどまらせた。


「入浴中にいきなり押し掛けたのは悪かったよ……あそこが浴場だったなんて知らなかったんだ」

「じゃあ……どこだと思ってたんですか?」


 吐息を感じるほど間近からじっと俺の目を見るクラルゥ。態度はふざけてる風だけど瞳は真剣だ。


「それは……」


 その真剣さに気圧されるように目を逸らしてしまった。


 クラルゥはそれでもしばらくのあいだ、じーっと俺の顔を見つめていたけど、やがて「ふーん、そうですかそうですか」と興味を失ったようにあっさりと離れていった。くっつかれてた部分が妙な寂しさを感じてしまう。


「話すつもりがないなら仕方ありませんね。こっちも多少強引な手を取らせてもらいますよ?」


 と言いながら元の席にどさっと腰を下ろす。それからおもむろに自分の後頭部に手を伸ばし、何かを引き抜いた。

 正面からはつけてるのが見えていなかったけど、それは髪飾りだ。尖ったピンで留めるタイプの。


「強引な手段って……守衛ガードでも呼んで取り調べるの?」


 だとしたら、今すぐ逃げなければ。


「いえいえ、そんな必要ありません。それとも私がそんな美少女に見えましたか?」


 また美少女って言った! っていうか「優しい」……?


 疑問に思う俺に、彼女はひと言「ご自分の手のひらを見てみてください」と告げる。

 言われたとおりに手を開いてそこを見ると……


「血っ……?」


 手のひらの真ん中あたりに、何かで刺されたような傷がついていた。まだ新しい傷だ。

 いつの間に……? 全然気がつかなかった。


 ハッとしてクラルゥの方――彼女が手に持った髪飾りのピンに目をやる。

 すると……その先端が僅かに赤い血で濡れていることに気がついた。


 まさか、あのピンで刺されたのか?


 でもいつだろう? 今しがた接触した時はそんな素振りを見せていなかった。

 手の中にピンを隠し持っていたならともかく、髪飾りから抜くような動作を見逃すはずがない。


 ぞわり、と嫌な汗が噴き出した。


「あなたそれ……前から怪我してたワケじゃないのよね? あの子にそんな動きは無かったわよ……?」


 ミナも、事態の異常さに気づいたみたいだ。


 方法はまったくわからない。でも事実、クラルゥは俺たちに一切気取られずピンを俺に突き立てたのだ。


「気づきましたか? 今、私はコレで貴方を攻撃したんです」


 クラルゥは手の中のピンをくるくる弄びながら言った。


「それは警告です。次はおめめか……心臓を刺しちゃうかもしれませんよ?」

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