嵐の海に歌う人魚
サキノ
嵐の海に謳う人魚 - 本編
えー、夏だから怖い話…って突然言われても。まあ沈没船の人たちなら、お盆時期とかに島の近くで見かけますけど、それは珍しくもないですよね?
えっそうでもない? マジか…。
でも沈船の人たちなら怖くはないっすよ、こないだも濱江丸さんが見送りの人たちにまぎれて手振ってくれてたし。だいぶ崩れてきちゃってるけど。
海の妖怪とか?
うーん、それよかだったら、漂流する漁網とか大型海洋生物とかのほうが怖くないですか? そうでもなきゃ、出発時と到着時でお客さんの人数が合わないとかそういう。
ガチなのはやめろって? もー、じゃあどんな話だったらいいんですか!
……あ、でも、妖怪って言っていいかわかんないし、怖くもないんすけど、人魚なら見ますよ、時々。並走するんです、夜の海の上を。
24ノット近く出せる人魚なんていないだろって? ほんとですってば!
それになんか…、たぶん、本気出したら24ノットよりもっと速いんじゃないかな、あの人魚。
波の上を滑るみたいに、飛ぶように泳ぐんですよ。で、なんか鳥の翼が生えてて……、いや、天使とかじゃなくてほんとに人魚ですもん、尻尾あるし。
あー、でもあの尻尾、魚じゃなかったような気もする。尾びれが縦じゃなくて横についてて、イルカが一番近かったかなあ。
初めて人魚見たのは、僕が運用入って一年半くらいした頃ですかね。その日は東京湾内や沿岸まではいいけどその先が僕も流石に初めてレベルの大荒れで、汽船さんもギリギリまで迷ったんですけど、やっぱり行くことになりました。
それでしばらくして夜になって、案の定むちゃくちゃ荒れてきて。お客さんがあっちこっちでダウンしたり戻したりしてましたし、僕も流石に不安で緊張してたら、なんか外から歌が聞こえたんです。大荒れの海からですよ。どんな大声なんだって話ですけど。
なんだっけな、南洋踊りの「夜明け前」の歌だった気がする。すごい変な状況なんですけど、それで僕笑っちゃって、肩の力が抜けたっていうか。よくわかんないんですけど、なんかちょっとだけ安心できたんです。
少し雨と風がおさまったので、ふっとばされないように気をつけながら誰が歌ってるのか海を見てみました。そしたら真っ暗な海を飛ぶように、歌いながら人魚が泳いでたんです。白くて長い髪がなびいてました。で、その人魚は僕が見てるのに気づいて、笑いながら手を振ってくれたんですよ。それから夜が明けるまで、ずっと僕と並走して、歌を歌ってくれてました。励ましてくれてたのかなあ。おかげで、無事定時に島に着きましたよ。すごいでしょ僕。
その後も、ときどき人魚のこと見かけます。歌が聞こえるからすぐわかりますよ。
でもなんかその歌、ニンゲンの人たちには聞こえないみたいで。お客さんにも聞かせてあげたいのになー。手を振りあって、夜の海でいっしょに歌ったりするんですよ。
「手を振ってるんじゃなくて手招きしてるんじゃないか」って? まさかあ。あの人魚に限って、そんなことないですもん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます