第6話ジーニアス
J1リーグ開幕戦
名古屋vs岡山
サッカー雑誌『ウィークリー・フットボール』
『若キジが大きく羽ばたく』
名古屋で行われた、今季のJリーグ開幕戦は初めは凄惨な内容であった。
去年J1へ昇格した岡山は、降格を疑われたものの途中までアジアチャンピオンズリーグ出場権を争うまでに健闘した。
キャプテン・利根亮平を中心としたディフェンス陣は奮闘し、失点数はリーグでも6位を記録。
結局、五輪代表のエースを飛び越えて、A代表のエースとも化した向島真吾(岡山の監督の実息でもある)が、勤続疲労を起こし、途中で離脱してからは順位を落とし、12位でフィニッシュした。
今年目立った補強をせず、チームの成熟化路線を図った向島博監督は、間違っていない。
岡山は、金満クラブではない。それどころかその経済力はJ1でも下から数えた方が早い。
しなかった、というよりできなかったのが真実かもしれない。
この日の岡山は付いていなかった。試合前日に、選手が集団食中毒を起こしたのだ。
岡山はベストメンバーを使うことが許されなかった。
残されたメンバーも揃ってコンディションが悪い。
出されたパスがずれるずれる。
というより、スペースに出したパスに選手が走り込めるコンディションではなかったのだ。
0-4で前半を終えたときに、わざわざ名古屋まで遠征してきたコア・サポーターは席を立つものも少なくなかった。
後悔しているであろう。
歴史に残る快挙を見逃したのだから。
ここで、向島博監督は若手に経験を積ますことに切り替えた。
もう一人の実息、次男の向島大吾を投入した。
親が監督で、兄弟二人がピッチに残る。異様な雰囲気である。イタリアの名家・マルディーニ家でもこうはいかない。
向島大吾によって岡山は、息を吹き返した。
たったひとりの若キジの足によって。
そのあとの結果はみなさん、ごらんのとおりだ。
プロサッカーのそれも1部リーグで、フリーキックを1試合に4発決めるなどだれが想像できただろうか。
これは伝説の始まりかもしれない。
もしくはただの一発屋の特大の一発かもしれない。
ただいえるのは、私は彼のこれからの足跡を追おうと思ったことだ。
そう思ったのは、私だけではないはずだ。
彼が公言しているのは『日本人初のバロンドール獲得』
彼が、キャリアを終えたとき、何を勝ち取り、何を逃すことになったのか。
私は興味が尽きることはない。
※※※※※
その言葉を安易に使うことの虚しさも、 危うさも、十分にわかっているつもりではある。
いや、わかりすぎていたがゆえに、 最近では、使おうという思い自体が浮かばなくなってきていた。
それでも、彼のプレーを初めて見たとき真っ先に浮かんできたのはあの言葉だった。
中田英寿に対しても、
小野伸二に対しても、
中村俊輔に対しても浮かんでこなかったあの言葉だった。
ジニアス――天才
活躍したのはまだデビュー戦での30分間に過ぎない。
A代表、いやまだJリーグで絶対的なレギュラーどころかこれからまだベンチ要員としてすら自分を確立してはいない選手。
しかし彼のフリーキックは一夜にして世界中の注目の的となった。
絶体絶命の状況で、彼は98年ワールドカップのジダンになった。
飛びこんでくるディフェンダーたちから味方がファウルを受けると、フリーキックをもってゴールネットを揺らす。
それはまさに、目撃者たちの記憶に永遠に刻まれるであろう、伝説の4撃だった。
無論、未来はわからない。
それでもようやくハイティーンになったばかりの彼に、わたしは年甲斐もなく夢をみてしまう。
世界で『プレーする』日本人選手ではなく、
世界の『スーパースター』となる日本人選手が遂に誕生したのではないか、と。
メッシにも、ロナウドにも負けない天賦の才能が現れたのではないか、と。
いま、わたしを最も興奮させる男の名前である。
ウィークリー・フットボール 雨宮凛
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