スフムシャガ。究極の必殺技!

kou

第1話 30対2

 夕暮れ時の中。

 遠くにある鉄道橋に電車が走り去るのが見えた。

 河川敷を散歩し、草野球やキャッチボールで遊ぶ人はもう居ない。

 川面は茜色に染まり、太陽と重なり合って眩しいほどだ。水面から照り返す光は目を細めるほど強い。

 そこに一人の少年が居た。

 思春期を迎えながらも、まだ幼子が持つ快活な様子を持っていた。

 物事に拘らない元気さというものは、年齢と共に落ち着きを見せ、やがては大人という雰囲気に至るのだが、この少年の場合はその様子は見られない。

 子供のまま、無邪気さと好奇心だけを持っているようだった。

 痩せ方ではあるが筋骨がしっかりしており、闊達な性格は面差しも現れていた。

 名前を取手とりで行彦ゆきひこと言った。

 行彦は地に転がった。

 地に這いつくばるというのは敗者を意味するが、行彦は敗北を尚も否定するかのように顔を上げた。

 相手を、奴ら男達を睨みつけた。

 全員、白や黒の特攻服に身を包み、殆ど意味の分からない難読字の刺繍が施されている。

 彼等はいわゆる暴走族と呼ばれる集団であり、今まさに喧嘩の最中であった。

 喧嘩といっても一方的な展開である。

 相手側の人数は30人。

 対してこちらは1人きりだ。

 行彦としては数的不利などどうでも良かった。ただ目の前の男達が気に入らないのだ。

 その眼光には怒りがあった。

 憎悪と言ってもいいほどの激情が込められていた。

 彼は知っていた。

 今自分の前に立つ男達こそが、自分がこの世で最も憎むべき存在なのだと。

「……テメエらだけは許さねぇ」

 行彦は言った。

 血の味で口の中がしょっぱくなっているにも関わらず、その言葉には力が籠っていた。

「テメエらは絶対に――」

 そこまで言って、しかし行彦の言葉は遮られた。

「うぜぇんだよ!」

 男が蹴りを入れたからだ。

 顔面を狙った強烈な一撃であったが、行彦はそれを寸前で避けてみせる。

 同時に男の足を掴み、そのまま地面に引き摺り倒した。

 男は背中を打ち付け、痛みに顔を歪めた。

 それを見て他の連中が笑い声を上げる。

 馬鹿にするというよりは、弱者を甚振る愉悦を含んだ嘲笑であった。

 行彦にとっては不快極まりないものだったが、今はそんな事を考えている場合ではない。

 男は、すぐに立ち上がる。

 すると川土手から行彦の名を呼ぶ声があった。

 視線を向けると、そこには1人の少年の姿がある。

 ゆかしさを持った好ましい少年だ。

 メガネをかけていたが、その顔に根暗なイメージは無い。そのレンズの奥にある瞳はとても優しげだった。

 生真面目に勉学に勤しみながらも、実直さ堅実さを兼ね備えていた。

 名前を、東雲謙吾しののめけんごといった。

 行彦にとって、最も大切な友人であり、親友にして兄弟とさえ言える間柄だ。

 もっとも、行彦自身はそう思っているだけで、実際は逆なのかもしれない。

 何しろ行彦の方が弟分として甘えている事が多い。

 だからといって、それを恥ずかしいとは思ってはいない。むしろ心地良い関係だとすら思っていた。

 謙吾は土手の上に立ちながら、こちらを見下ろしている。

 そして何かを言うのだが、よく聞こえなかった。

 いや、そうじゃない。

 聞こうとしなかっただけだ。

 何を言っているのか分かるからこそ、耳に入れようとしないのだ。

 謙吾は心配そうな表情を浮かべていたが、次の瞬間には土手を滑って降りてきた。

 慌てて駆け寄ってくる。

 行彦は苦笑した。

 本当に過保護なんだから……。

 心の中で呟きつつ、それでも彼の優しさに感謝していた。

 先程まで自分を痛めつけていた男達に向き合う。

 男達は突然現れた謙吾に対し、困惑しているようだったが、圧倒的有利なのは自分達だと思い出したらしく、再び下卑た笑い声を上げた。

「行彦!」

 謙吾は行彦の元に辿り着いた。怒鳴りつけた。

「ふざけるな行彦」

 その言葉を聞き、行彦は嬉しかった。

 その言葉を聞くのは二度目だ。

 やはり自分は間違っていないのだと確信出来たからだ。

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