第15話 お茶会の終わり


 認めはしないだろうが、おそらくマルコムは呪いの魔道具だと知っていたはずだ。そんなもんをセシリアに渡すとは良い度胸してやがる。――上等だ! こんのクソ団長め、ハッタリかましてでも問い詰めてやるぜ!


 マルコムは目を閉じ、考え込むように紅茶のカップを口に付ける。


「団長はわたしに効果を隠してリングを使わせようとした。と、みてよろしいですか」


 ――こほっ! マルコムが咳込み、口にした紅茶を吹く。投げつけてやったオレの予測が、マルコムの心の水面みなもに大きな波紋を作った。


 ロイドが自然な動きでテーブルを拭く。アイラは美味しそうなクッキーを見ている。その間、せていたマルコムが大きく深呼吸。平静さを取り戻す。


「何を言っている? わたしはキミの身を案じてリングを渡しただけだ、他意は無い」


「年配のダンバー領民たちがリングのことを、よーく知ってましてね。わたしが話を振ったら色々教えてくれましたわ」


「なんだと? リングの情報を……」マルコムが呟き、動きが止まった。そして、側仕えであるロイドに視線を送る。


「リングは元々ダンバー領の下級貴族の所有物でして、確かにあの地方の古い住人が知っていても不思議はございません。リングが王都に持ち込まれたのは……、そう、三十年ほど前でしたからな」


 ロイドの言葉を聞いたマルコムが苦虫を噛み潰したような表情を見せ、テーブルを指でトントンと叩く。


「ダンバー領の住人がリングのことを知っていたのは計算外でしたか? ――なんでも、その呪具は身につけた者、血肉を喰らわれた者、全て呪い殺す。――だそうですって。なぜそんな物をわたしに?」


「その様な効果など、わたしは初耳だ! ――王都を恨むダンバー領の住人が、副団長であるキミにリングの偽情報を掴ませ、たばかろうとしたのであろう! そんな下賤げせんな民の口車に乗せられて、キミは恥ずかしくないのか!」


 マルコムが声を荒げる。苛立ちを隠さなくなってきた。


「いいですか? ただ、地域の言い伝えの話を色々聞かせて貰っていただけなのです。それに、その住民達はわたしがリングを持っているなど知り得ません。――ですから、この話は住民のはかりごとなどでは、ありえません」


「ーーっ! そうか。だが、わたしはリングが役立つと信じてキミに渡したのだ。討伐先の団長ジェリド、ヤツの強さはギルーラ王国国随一といっても過言ではない。相対したときのことを考えると心配だったのだよ。この話はもうよいだろう」


 コイツにしてみればシラを切り通すしかない。面倒めんどになってきた。決めつけだろうが、強引にでも進めていってやる。


「では、リングの嘘の効果をあなたに教えたのはどなたですか?」


「それは言えぬな」


 マルコムが言い放った瞬間、アイラが一歩前に踏み出した。


「セシリアさまがリングに呪い殺されるかもしれないのです! 言えないなんて言葉で済まされはしないのですっ!」


「見習いが! 貴様は引っ込んでろ!!」


 ドンッ! マルコムが机を叩く。ヴォン!旋風つむじかせが襲い、「きゃ」アイラが風によろめいた。感情を抑えられず、マルコムが魔力を漏らしたのだ。


「テメッ!」つい言葉が漏れる。――うちのアイラに何してくれるんじゃ!


 ピシィィッ!! オレの側からマルコムのところまで、テーブルが音と共に凍りつく。感情と共に魔力が漏れてしまったが、オレは殴り掛かってしまいそうな感情をなんとか押さえ込んだ。


「――っ! 氷魔法だと?」


ちげーよ」小さな声がオレの口を突いて出る。続けて、


「……あら失礼。わたしとしたことが、死への恐怖でついつい魔力が溢れてしまいましたわ」


 両腕で震える自分の両肩を抱え込み、怖がっているフリをする。アイラにちからを向けたことに怒り震えていることをオレは実感する。尚も冷静を装い、問いかける。


「それで? どなたなのですか、わたしの命を狙うのは」


わたくしもその点に興味がございますな。先代団長からもセシリア殿のことは気にかけるよう言われておりましたゆえ。――口を挟ませていただくついでに、わたくし魔邪の指輪マージャリングについては多少、存じております」


 ロイドは、そこで一度目を閉じ、そして、目を開け静かに続けて問うた。


「それで、――セシリア様にリングを渡したのはどなたでしょうか?」


 今まで自分からは口を挟まなかったロイド。いまのこの発言は……マルコムへの裏切り行為だ。王国への忠義からか、他に意図があるのか? マルコム側仕えがマルコムを問い詰める!


 教会の魔力暴走破壊――。その罪に問われそうなセシリアの多大な魔力を見込んで、教会から連れ出して来たのが前騎士団長アルバート。……当時の側仕えは、もちろんロイドであり、それ故の義理立てと言えば理由になるのではあるが。



「…………」



 言葉なく時が過ぎる。マルコムは左肘をテーブルに突き、手の甲を頬に当て、静かに目を閉じ、なにか言葉を探しているかのようだ。

 

「なにも仰らないのなら、あなたがわたしを排除しようとしたと見做みなします。今後もわたしの命を狙われることを考えれば、団長といえど、ここで退場していただかなくてはなりません」


 オレが言葉を言い切るや、テーブルにマルコム側からこちらへと真っ直ぐ亀裂が走る。と、同時にオレもマルコムも席から飛び退き距離をとった。

 バタンと音を立て、割れたテーブルが左右二方向にに倒れた。

 マルコムは細剣レイピアを抜き、既に半身で構えていた。オレもセシリアの剣を静かに抜き、中段に構える。


「上等だ!」 セシリアに害を為すこのヤローを絶対に許さなねー! この思いが、体のなかで熱く燻りだす。


 オレから溢れ出る魔力がつかに吸われ剣へと流れる。冷気が剣の周囲の湿気を白い氷霧ひょうむに変えた。


「まぁ、良かろう。どの道、貴様の多大な魔力は我々の邪魔になる可能性が高いと、判断していたからな」


 マルコムの構える剣の周囲にはヒュンヒュンと音を立て風が舞う。


「アイラ殿、こちらへ」


 ロイドはアイラを庇う形でオレの後ろへ下がった。


「ロイドよ、わたしの側仕えがなんの真似だ?」


わたくしは特定の主人あるじを持たず、王国騎士団長の側仕えを務める身です。今の言動からはわたくしはあなたを王国を守るべき騎士団の団長と、見ることはできません」


「ならば、三人まとめてこの剣の餌食にして、コイツに血を捧げさせてくれよう」


 マルコムは指輪を細剣に嵌め込む。すると、ヒュンヒュンと音を立て剣に纏う風の音が、徐々に低い唸る様な音に変わった。


「なっ?! 魔邪の指輪マージャリングだと? 割れたヤツ以外にもあんのかよ」


「さっきから、その言葉使いはどうした? 所詮、教会育ち。が出ているぞ。――貴様らがどこまでの情報手にしたかと思ったが、コイツ本体のことまでは聞いていないようだな」


「あぁん? もうそんなこたどーでも良い、コイツを傷つける奴は絶対に許さねー! かかってこいや!!」


 オレが構えるセシリアの剣、その剣は思いを乗せ、蒼白い光を強く放つ。

 互いに剣を抜き、引く事はあり得ない。細剣レイピアを構えるマルコム。その装飾を施した柄には、リングの石が怪しく光っていた。

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