第3話 指輪の呪縛

 現状把握ぐらいさせろってんだ、ケチんぼ小娘め。――悪態ついてても意味ねーか。

 しっかし、情勢が全く掴めねーっつーのは、どーも気持ちが落ち着かん。なんとか聞き出すか。


「だがまぁ……そうだわな。しかしな、オレはこうして意識が戻ってきたんだ。意識なくなったあとのこと、気になるのってーのは当然だろーがよ」


「気持ちはわかるけど、教えてあげる義理はないわね。ラヴィたん返してくれたら考えてあげなくもないけど?」


「いや、いーよ。ラヴィたんの中って結構、居心地良いんだわ。ちょっと外がどうなってるか見てくるぜ」


「ちょ、ちょっと、勝手なことしない……で」


 阻止しようと腰を浮かせたケチんぼ小娘を無視して、オレは部屋の扉へと全力で駆け出した。すると……


 シュンッ! オレの精神はラヴィたんから無理やり引っこ抜かれる。そして、セシリアの胸を目掛けて、――スポンッ! 中に入り込んでしまった。


 うぅー、気持ちわりー……


『あなたねー、人のからだに勝手に入ってきて気持ち悪いはないでしょ、それはこっちのセリフよ! すぐに出てって。んんんーんっっ!』


 セシリアは右手のひらを開いて突き出し、左手を右手首に添えてオレの意識を右手のひらに押し込めていき、――ポンッ!!


 すぐさま追い出されてしまった。ラヴィたんへと出してくれたのは、せめてもの情けか。


「……オメーよ、なーんかオレの扱い、慣れてきてねーか?」


「わたしと混ざり合ったジェリドのイメージを、魔力の扱いと同じ要領でうごか、……うぅ、無理、わたしと混ざり合ったジェリドって響き、やっぱキッツいわ」


 頭を抱えられてしまった。


「それはそうとオメー、ちょっと付き合えや、いろいろ試すことがある」


「いやよ……と、言いたいけど、仕組みを知らずにこの状況で他人の前には出られないし、何よりジェリドに早く出てって貰わないと困るものね」


 どうすれば自由に外に出られるか、勝手にセシリアに戻ってしまう原因はなにか、しばらく色々と試して手帳に書き留めた。 


 ――――――

 試してみて分かったこと。

 ○乗り移るのはラヴィたんに限らずセシリアの物なら入れそうだ。少し窮屈だが、カバンなどに付けるウサギのチャームでもいけた。但し、オレの意思ではセシリア以外に移ることが出来ない

 ○セシリアにくっついていれば、お互い考えていることが伝わる

 ○セシリアから離れると強制的に戻される。半径5mぐらいだな

 ○ラヴィたんの耳も動く。感情で勝手に動くようで、自分の意思で動かすのはまだ無理だ、厳しい特訓がいるだろう

 ○オレの魔法は今まで通り使える。但し、体が小さいからかその分、練られる全体の魔力量も少ない気がする。

 ○減った魔力はセシリアに触れて合うこともできる。

 ――――――


 ふぅ。疲れたぜ。だがよしっ、とりあえずこんなけわかりゃー上等だろう。


「あと、気になるのはセシリア以外の人間、気が進まねーが生物にもオレが入れるかどうか、ってとこだな」


 差し当たっての問題だとは、このままだと、コイツと離れて活動できねーってことか。


 気分が滅入ってくる。ほんと最悪だ、呪縛かよ。早くこんな呪いめいた縛りなんぞ解いて自由を手に入れなきゃならん。


 うん?呪い、呪い……ぉん?。


「おい、セシリア。そういやオメー、一騎討ちんとき魔邪の指輪マージャリングを使ったっつってたな?」


「ええ、そうよ。ダンバー騎士団にはジェリドが居るから、備えておけって、団長が心配してマージャリングを貸してくれたの。万が一、魔力を使い切っても動けるようにって。……でも、堂々たる一騎討ちでリングに頼るなんてやっぱりズルいよね」


 後悔でもしているのだろうか、セシリアは申し訳なさそうに俯き目を伏せる。


「ぁんだ? 気にしてやがんのか、んなこたどーでもいい。それに、魔邪の指輪マージャリングにそんな効果はねーよ」


 セシリアは顔を上げ、大きな目をさらに大きく見開く。大きな瑠璃色の瞳は深い海の色そのもの。見てると吸い込まれそうな錯覚を……って、いかんぞ、これ油断したらほんとに吸い込まれるヤツだ。


「え? でも、マルコム団長が確かに言ってたのよ。それに、全力の魔炎弾を使った後もすぐ動けたし」


「確かに、本来は最大魔力使ったあと、動くのに一瞬の時間を要するが、おおかた、すぐ動けると思い込んだオメーのクソヂカラかなんかで動けたんだろーよ。で? オメーは呪いのリング、魔邪の指輪マージャリングのこと、全く知らねーのか?」


「うん、今まで聞いたことなかったわ。そんなに有名なの?」


「いや、うちらダンバー領の田舎じゃ昔話として魔邪の指輪マージャリングのこと知ってるヤツも居るって程度だ。やっぱ王都じゃみんな知らねーんだな」


「そう。わたしも二歳までダンバー領に居たらしいけど、田舎に居た頃の記憶なんてないしね。それで結局、マージャリングってどういうものなの?」


「――魔邪の指輪マージャリングってのはな、元々うちの地方貴族が代々持ってた呪具のひとつだ。なんでもそのリングは人の血肉を喰らいとり、血に含まれる魔力を混ぜ合わせ、リング「血肉を喰らわれた全員を狂乱状態にして呪い殺す。と言われてる品だぜ。まぁ、昔話だし、有る事無い事誇張されて出来てっかもしれねーがな」


 セシリアは話の途中で半開きの口を「えー」とか「あー」とかの形に動かしているが、なかなか声にでない。思考が追いついてねーようだった。


「――なんだか怖そうなお話ね。でも、どういうことかしら? 団長の説明の話と全く違うわ」


「王国騎士団長マルコムだな……そうだな、ヤツがなんでウソをついてまで呪いの魔道具をオメーに渡したのか。いや、ヤツも誰かに騙されていた可能性もあるか。で? その魔邪の指輪マージャリングはもう返したのか?」


「ううん、まだここにあるわ。明日の訓練終わってお昼に団長が戻ってくるから返す予定なんだけど……」


 セシリアは元々ラヴィたんが乗っていた飾り棚の引き出しから魔邪の指輪マージャリングを出してオレラヴィたんの隣に座った。オレはベッドの上で立ち上がり、ヤツの手のひらを覗き込んだ。


「ほー、これかぁ……ん? おい、オメー、これ割れてんじゃねーのか?」


 リングに嵌っている宝石にはビビが入っていた。

 オレは顔を上げ、セシリアを見た。ヤツは眉尻を下げた笑顔でこちらを見ながら


「はは……、そうなのよ。なんでだろうね? 困ったなぁ」


 ベッドに座った足をプランプランと、動かしだした。それから前を向いて、ゆっくりと落ち着いた声で経緯を話す。


「一騎討ちのあと、しはらくこのリング外れなかったのよ。結構頑張ったんだけどね。でね……そう、ジェリドが出てくる前夜かな? その日もお風呂で石鹸付けて頑張って外そうとしたら、ピキッ——て、奇妙な音がして、それからスポーッン! って、――簡単に抜けちゃった」


 セシリアは足をバタつかせ、リングが外れた様子を両手をパァーッと広げて表現している。


「んで、オメーはリングが外れたことを喜んでたけど、よく見たら割れてたってんだな?」


「そう、それっ! よくわかったわね」


 オレをビシっと指差す。――単純過ぎるオメーのことなんざ簡単にわかるつっての。


「でも、借りたもの割っちゃったのはさすがにマズいわよね」


 そうしてからため息を吐き項垂れる。――まぁ、状況は手に取るようにわかった……が、相当落ち込んでやがるな。


「リングを使うように言われて、それで使って割れたんだ。オメーが気にするこっちゃねー。あくまでもオレとの戦いで使ったら割れたって事実だけ話せ、要らんこと言わんかったらそんで良いだろ」


「そうね、実際その通りだもんねっ。でも、このリングの価値を想像したら気が重いわ……」


 マルコムのヤローが本当に心配してリングを渡したってだけ……ならな。

 んで、リングが割れた翌朝にオレが目覚めたか。もし割れなかったら、一騎討ちで負けて死んでだオレは兎も角、セシリアはどうなっていたのやら?

 悪い予感しかしねーが、もう少し情報が必要だ。なんか仕組まれているようで引っかかる。


「明日、騎士団訓練終わってから、マルコムのヤローに返しに行くんだな? リングの呪いのことや、オメーにリングを渡した真意を探るぞ、いいな?」


「えっ? ジェリドも付いてく……るしかないわよね」


 オレは、セシリアのカバンに付いている、うさぎのチャーム(ミミちゃん)をビシッと指差した腕で示した


「あぁ、ミミちゃんに入って行くから外見えるとこに持っとけよ。だが、オレはしゃべらねー方が良いだろうな」

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